6話 隊長、食の神と闇取引をする(前)

「ウーッス……あれ?」


 いつものように、ジャミルがノックしないで入ってきた。


「よう、グレン」

「ジャミル君……何度も言ってるがノックを――」


 と言いかけた所で、はたと今の状況を思い出す。

 ……ノック? ここは砦の隊長室じゃない、図書館だ。

 それも、今日は営業していない。扉には休館日の札を下げて鍵をかけており、今は9月末の閉館日に向けて片付け業務をしている。

 ……どこから入ってきた?

 

「ハハッ! ……ノックいる?」


 ジャミルがメガネをクイッと上げて笑う。弟のカイルから胡散臭さを抜いた正真正銘のさわやかな笑顔だ。

 さわやかではあるが……。


「…………!?」


 ジャミルが今開けたドア。

 壁もない空間に紫色の煙を伴う扉が浮き出ている。

 扉はやがて紫色の霧になり小さい渦を描き玉のような形状になり、やがて小鳥の姿に変貌してジャミルの肩に止まった。

 ジャミルの使い魔になった『ウィル』という名前の小鳥だ。元は闇の紋章の眷属けんぞく、ジャミルを闇に引きずり込もうとしていた黒い剣。


「ジャミル……なんだ、その扉は」


 目の前で起こったことを理解できず、思わず率直に聞いてしまった。いや……本当に何なんだ、それは。


「ああ、これ? 実はさぁ……」

 

「マクロード君、そろそろ……おや? お客さんかね」


 テオドール館長がやってきた。

 どこから入ってきたか分からない妙な鳥を連れた怪しい青年がいても落ち着いた対応。年の功だろうか。


「いえ、客というか……」

「あ、どーも。その節は世話になりまして」

「いえ、いえ」


 俺が言うより早くジャミルは館長にぺこりと頭を下げ、館長もそれに応える。


「……知り合いか?」

「ああ、ちっと前に世話んなってさ」

「……そうか」


 レイチェルの幼なじみで、元々ここの地元民だったならそれも不思議ではないか。

 

「ちょうどいい。マクロード君、そろそろ昼休憩にしようと言いに来たんだよ。お友達と一緒に行ってきたらどうだね」

「いや……」

「あー、お気遣いども。ハハッ」

「……」 


 またも俺の返事を待たずしてジャミルが館長に返答した。


(どうなってるんだ……)


 あの扉は何なんだ……の前に、こいつキャラ変わりすぎじゃないだろうか。

 別に昼を一緒に食うのはいいが、どうなってるんだ。

 

 

 ◇

 

 

「昼メシかぁ。アンタ何がいい?」


 図書館のテラスに出てきた所でジャミルが聞いてくる。


「ここから15分くらい歩いた所に喫茶店がある……というかそこしかないな」

「なるほど。カツ丼でいいか?」

「……カツ丼? まあいいけど……」

「分かった。……ウィル!」


 喫茶店の話をしてるのに『なるほどカツ丼でいいか?』という返答は何なんだ……と言う暇もなく、ジャミルは使い魔の小鳥『ウィル』の名前を呼ぶ。

 すると使い魔は二周くらい宙返りして紫の霧状になり、更に扉に姿を変えた。


「…………!?」

「じゃ、ちょっと待っててくれよな」


 ジャミルはその紫色の扉をガチャリと開けて入っていく。

 扉は閉まると同時に、砂時計の砂が落ちるようにサラサラと消えていった。

 図書館のテラスには俺だけが残され、東向きのテラスにさわやかな風が吹き抜ける。


「なんだ……あれ……」


 今目の前で起こった事象が分からなすぎて、俺はテラスに置いてあるイスに力なく座り込んだ。

 

 ――この世界には魔法が存在する。

 もちろん転移魔法もある。ルカがしょっちゅうやっているし、俺も1日1回くらいならできる。

 俺の知識不足かもしれないが、何もない空間に扉を出現させて開けて……というのは見たことも聞いたこともない。

 あれは闇魔法? でもあいつは魔法使いじゃない。

 きっと使い魔にやらせているんだろうが、使い魔ってそんなことができるのか? 伝令・運搬程度のものじゃないのか?

 あいつどうなってるんだ? なんでそんな不思議なことになってるんだ?

 冒険とか戦闘に用立てるようなことは考えていなかったはずだが、考えを変えたのか?

 

 頭の中に疑問がどんどん沸いてくる。

 そしてまだ疑問が全部出きらないうちに再びテラスに扉が出現して、ガチャリと開いてジャミルが出てきた――両手にひとつずつどんぶりを持って。

 できたてのカツ丼だ。ホカホカだ。


「おまちどーさん。じゃ、食おうぜ」

「あ、ああ……」


 わけが分からなすぎる……とりあえずカツ丼を食いながら頭の中を整理したい……。

 

 

 ◇

 

 

「ジャミル君……俺は聞きたいことがありすぎるんだが」


 カツ丼をおいしくいただいたあと、改めて疑問を投げかける。


「あー、オレもアンタに聞きてえことがあってさー。まあ後でいっか。先に質問どーぞ」

「……さっきの扉は一体何なんだ? その鳥の力か? 瞬間移動か? どうやって身につけた――」

「ハハッ! 質問多いな~」

「…………」

「まあいっか。カイルのヤツに説明しても全然理解してくんないんだよな~。アンタならちっとは分かってくれんのかな? 紋章持ってんだろ?」

「……」


 左手の甲にある火の紋章。

 これがなければ死んでいた局面もあり、助けられたことも確かにある。だが正直煩わしいことが多い。

 だから基本的に紋章のことは誰にも喋らないできたんだが、ルカが喋りまくっているため砦の連中全員――フランツすら知っている。

 唯一ジャミルには言ってなかったような気がするが……。


「ああ、まあ、そうだ。……言ったことあったか?」

「コイツが剣だった時に『火の紋章の男』とかなんとか言ってたぜ」


 そう言って、ジャミルは自分の頭の上でのん気にピヨピヨ鳴いている小鳥を指差した。


「そうか……」


 ――誰も彼も、カジュアルにすぐバラしてくれる……。

 

「……で、順を追って説明するとさあ、オレ紋章について研究してんだよな」

「紋章を……? なぜそんな事を」

「前言ったことあると思うんだけどさ、オレの友達に紋章使いがいて」

「ああ……そういえばそんな事を言っていた気がするな」

「魔術学院に行ってたらしいんだけど、そこじゃ紋章は魔器ルーンなしで魔法撃てるからって魔法の使い方しか教えないんだってよ。けどオレの友達は魔法を撃つのはからきしダメでさ。そよ風くらいしか出せねえらしくて……でもとにかく『える』んだって。風の紋章だからか知んねーけど、人間がまとういい風とかダメな風とか。アンタも闘志の色とかなんとか言ってたじゃん? それと同じだと思うんだけど」

「……確かに、俺も魔法は得意じゃないし、視えるものはあるが」

「ソイツもさー、紋章使いだからって魔力がすごいんだって周りに思われてて、でもそんなに魔法使えないから『なんだ全然大したことねーな』とか言われまくって、魔法も使えなくなってとうとう病んじまったんだよな」

「……そいつはどうなったんだ」

「闇堕ちしかかったらしいけど、数年間環境のいいとこで療養してなんとか回復したって」

「それは……良かったな」

「ああ。つーわけでオレはソイツと一緒に、紋章の戦闘以外の可能性について模索中ってわけよ」

「戦闘以外の可能性……」

 

 ――ここの館長がやっているようなことだろうか。

 館長は風の紋章を持っている。

 彼の魔法の力で光の魔石の入った魔法の玉状の灯りが浮いている。風の力で空気が循環して常に快適な気温が保たれているし、定期的に弱いつむじ風が吹いてそれがホコリを巻き上げ、特定の場所にひと纏めに落ちて清掃が行われる。

 俺は戦闘以外全くロクなことに使っていなかったので最初は驚いたものだ。

 

「でさあ、アンタの紋章のことをちょっと聞きてえんだよ」

「え?」

「まあ無理にとは言わねえけど、ルカに聞いてもたぶんワケわかんねーだろなって思って――」

「い……」

「い?」

「嫌だ……」

「ハハッ! やっぱそうかー」


 以前ジャミルに『常識を色々ぶち壊してくれるのが楽しかった』とは言ったが、さすがにそこには分け入られたくない。

 自分から少し言う分にはいいが、誰かが解き明かそうとしてくるのは正直苦痛だ。しかもこんな軽いノリで。

 

「まあ、全部話してくれってわけじゃねーんだ。それにただでとは言わねえよ」

「……悪いが金は間に合っているし、何を言われようと俺は――」

「お礼にこれから1ヶ月、昼にカツ丼をデリバリーするからさ」

「…………」


 少し、いやかなりイライラしてきている所に思わぬ提案。正直魅惑的だ……いやいや。


「カツはちゃんと揚げたてをご提供するし」

「…………」

「どう?」


 いつかルカに酢豚を勧めていたのと同じ、悪い笑顔。弟にそっくりだ――なぜ兄弟だと気が付かなかったんだろうか。


「……ジャミル君」

「ん?」

「俺の扱いを……よく知っているじゃないか……」

「ハハッ! じゃあ決まりだなー。ご協力感謝」


 

 過ぎた干渉は嫌いだ。

 だがそれ以上に俺はうまい飯には全くもって弱かった。

 食の神の作ったカツ丼、うますぎるんだ――。

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