6話 夢のシチュエーション!?
「っと、う――ん……!」
「フランツ? どうしたの」
翌週、中庭の大きな木の下で棒を片手にわたわたしているフランツを見つけて声をかける。
「ハンカチが風で飛んでっちゃって、あの木に引っかかっちゃったんだよ」
「あ、ほんとだ。ちょっと貸してみて。……うーん、わたしも無理みたい」
木の上の方に白いハンカチ。
フランツが持っている木の棒を受け取って引っかけようとするもギリギリ届かない。
「ダメかぁ……。アニキやジャミル兄ちゃんが帰ってくるの待った方がいいかなぁ」
「よーし。わたしが取ってきてあげる」
「えっ! 登るの?」
「大丈夫。わたし、子供のときは木登り得意だったんだから!」
「や、やめなよ! あぶないよー!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! ……よっ、と!」
昔は活発だったからこれくらいの木、なんてことない。
あっという間に登ってしまい、ハンカチのある枝まで辿り着いた。
「ねー! 簡単でしょ! もうちょっと……でっ!」
引っかかっているハンカチをするりと抜き取る。
「どうどう? すごいでしょー!」
「すごいけどー! あぶないってー! 早くおりてきてー」
フランツが木の下であわあわとして足をばたつかせている。
(大げさだなぁ……やっぱり貴族だと木登りなんかしないのかな……)
そして戻ろうとして枝に手をかけたその瞬間、手を滑らせてバランスを崩してしまう。
「ひゃっ!?」
「危ないっ!!」
(……え?)
誰か男の人の声がしたかと思うと、わたしは木から落下してしまった――地面に落ちたと思ったけど、不思議と衝撃はなかった。
「う……」
「――大丈夫?」
――上の方から男の人の低い柔らかい声がする。
「え……?」
目を開けてみると、クライブさんだった。
しかも……あれ? 何か宙に浮いて――??
そう、わたしは彼に抱きかかえられていた。お姫様だっこで。
「え、え、え……!? きゃっ!! すすすすすすみません! 受け止めてくれたんですか!?」
やだ、何、何? 憧れのお姫様だっこがこんな形で!? 心臓がドキドキとうるさい。
クライブさんがわたしをゆっくりと地面に下ろしてくれる。
「――怪我はない?」
「あ、は、は、はい! あの、お陰様でっ! あ、ありがとうございます……」
顔が真っ赤になってしまい、わたしはオドオドと下を向く。
「……そう、よかった。あまり木とか登らない方がいいよ。気をつけてね――レイチェル」
「あ、は、はい! あのっ、ありがとう、ございました……っ」
か、かっこいい……。
でもでもわたしこの人に名前言ったっけ……? グレンさんから聞いたのかな? フランツとか、誰かが呼びかけてるとこ見たのかな?
とかあれこれ考えつつ、顔から湯気が出そうになりながらもわたしはペコペコと頭を下げる。
と、その時、ヒューと口笛の音が聞こえた。
「……さーっすが先輩。行動がイケメンっすね」
「グ、グレンさん……」
行動がイケメンじゃないイケメンが来た……。何、この下っ端の感じ……。
「近くにいたし、咄嗟に体が動いただけだよ」
クライブさんが呆れたようにため息をついた。
「咄嗟に動くとか、王子かな? ……ま、それはともかくとして。レイチェル、大丈夫か?」
「あ、はい……」
「次こういう事があったら誰か男手を呼ぶようにしてくれ。……頭打ったりしたら大変だしな」
「う、はい、すみませんでした……」
さっきまでふざけた感じだったのに、普通に注意受けちゃった……うう。
「何事もなくてよかった。じゃあ、そろそろ行くか」
クライブさんがグレンさんに促し、スタスタと去っていく。夕食を食べに行くのかな……。
歩きながらグレンさんがクライブさんを指さして何事か話しかけると、クライブさんはグーでグレンさんの肩を押す。すると二人は肩を揺らし、くつくつと笑った。何か冗談を言い合っているようだ。
「レイチェルー! 大丈夫だった?」
「あ、ベル。うん、クライブさんのお陰でなんともないよ」
食堂から様子を見ていたのか、ベルがパタパタと駆けてきた。
「あ――ん! かっこいいなぁー クライブさんって! いいなぁ いいなぁ! 王子様みたい!」
「うん……えへへ、びっくりしちゃった」
……まだ心臓がドキドキしている。
いつか、図書館でグレンさんに高いところの本を取ってもらった時すらドキドキしてたくらいなんだから、お姫様だっこなんてされたらドキドキして当然だ。
「はぁ……」
わたしはドキドキを落ち着かせるため、大きくため息をひとつ吐いた。
◇
「みなさん、手袋はしてますね? いいですかー? この『ドルミル草』は睡眠導入薬として使われる草です。触ったあとはたとえ手袋してても絶対に手を洗うこと! 直接触った手で食べ物とか食べたりすると、眠たくなってしまいまーす」
ハーブを育てる園芸の授業。わたし達生徒はみんな作業着にマスクと手袋で、新学年が始まった月に植えた草を収穫していた。
わさわさと鎌を片手に草を刈りながら、わたしとメイちゃんはおしゃべりタイム。
「へぇえ、何その胸キュンエピソードはぁ!?」
「こ、声が大きいよ。そして、危ないよ……」
両手の拳をほっぺに当てて目をうるうるさせるメイちゃん。右手には草を刈るための鎌を持っているのでなんだか不釣り合いだ……。
「それからこれを飲むときは葉っぱ一枚をお茶に浮かべる程度にしましょう~! 飲みすぎると翌朝ボーッとしちゃいますから。それから間違えてもすりつぶして飲んじゃダメですよー」
「なんか、王子様みたいでドキドキしちゃって……」
「おやおや~ そっちにシフトチェンジですかぁ?」
「ううん……わたしもう反省したの」
「えー?」
「見た目がかっこいいからって、中身がイケメンとは限らないの。中身を見なきゃね。うん」
「まあ、そりゃそうだ。ポンコツ隊長で懲りたもんねぇ」
「ポンコツとは言ってないけど……。隊長とその竜騎士さんだって、二人で話してる姿はかっこいいけど意外とつまらない話してるのよ、きっと。うん」
「あー 確かに。『カツオダシか昆布ダシか』みたいなこと言い合ってるかもしんないよねー」
「ちょ、ダシって! やめてよー」
わたしは一瞬二人がそれを言い合ってるところを想像してしまい吹き出してしまう。……どっちがどっち派かな?
「こら、そこの二人! 聞いてますか!?」
「あ、すみませ~ん」
わたし達は鎌を持ってドルミル草をわさわさと刈りまくった。
◇
「あのー、これ借りていきますー」
「ああ」
図書館でいつものように本を借りる。
本を片手に貸し出し表を書くグレンさん。伏し目がちになるとなんか物憂げでとてもかっこいい。
黙っていたら、『お兄ちゃま』『アニキ』と呼ばれていて、お玉でなぐられてロクデナシと怒鳴られていた人とは思えない。
あと「ヒュー」とか口笛を吹いてはやし立てるような人にも。……クライブさんは分からないけど、グレンさんはダシがどっちかとか言ってそうだな……。
ああ……どうしよう。グレンさんがどっちのダシ派かすごく気になってきた……。
「あ、あのー……」
「ん?」
「え、えっと……」
(……ダメ、聞けない……!)
さすがに『どっちのダシ派ですか?』なんて聞けるほど気軽な関係じゃない……。
「えーっと……、グレンさん、クライブさんのこと『先輩』って呼んでましたけど、竜騎士さんだったんですか」
いい感じに質問を切り替えられた。それも気になってたんだよね! ……あ、でもプライベート詮索禁止だっけ?
「いや、ちがう」
「そうなんですか? じゃあ、なんの……」
「うーん。………………人生?」
「……人生」
冗談か、本気か、分からない……。
「うん。というわけで、これ」
グレンさんが中指と薬指でカッコよくメガネを上げながら本を渡してくる。
「あ、はい……」
――その日のわたしはなかなか寝付けなかった。
よく分かんない発言で煙に巻かれて。
彼ら二人、どっちのダシが好きなのかが気になって気になって。
「う――、こんなのどうでもいいのに――!」
――今のわたしには、ドルミル草が必要だ……。
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