5話 竜騎士団領にて

 竜騎士団領。ロレーヌ王国の東に位置する、竜騎士が統治する地。

 

 昔はロレーヌの領地だったらしいけど、200年くらい前に独立国家になったとか。

 周りを高山に囲まれているため交通の便が悪く、交易も行き来も飛竜で行う。

 高山地帯なためか気候は少し厳しめ。気温の低い環境が飛竜の生育に適しているらしく、人々は竜とともに生きる。

 騎兵用の飛竜、運搬用の飛竜、さまざまな目的で育てられる飛竜。

 当然、そこにいる騎士もみんな飛竜を駆る。

 昔独立戦争が起こった時、ロレーヌ王国軍は高山地帯にて竜騎士を擁する独立軍には成すすべもなかったらしい。

 

 独立当初はロレーヌとの行き来は出来なかったらしいけど、今では大型の飛竜を用いた空を飛ぶ客船を使って観光ができるまでになった。

 独立記念日には国をあげてのお祭りがあり、よその国からも観光客がたくさん訪れる。

 

 わたしは子供の頃そのお祭りに行ったことがある。

 ……あれは確か10年前の春。

 両親と両親の友達レッドフォード夫妻の子供ジャミル、そしてカイルも一緒だった――。




 

「わあああ……」

「すげー!」

「あっ! 飛竜だぁ!」


 竜騎士団領の首都、バルドル。

 独立記念祭が行われている街中は花で彩られ、建ち並ぶ店では様々な食べ物やアクセサリー、名産品が売られていた。

 旅芸人が歌を歌ったり踊ったり、飛竜との触れ合いコーナーなんかもあった。


「お父さん! あれ買って!」

「おれ、肉まん食べたい!」

「カッケェ! このフィギュア!!」


 わたし達は親にあれこれおねだりして、りんご飴とか飛竜のフィギュアとか高山地帯の珍しいお花の髪飾りとか、色々な物を買ってもらった。

 ――それから、竜騎士が腕に巻いてる赤いスカーフのレプリカ。みんなで早速巻いて大はしゃぎして街を駆け回っていた。

 

「3人とも! 勝手に先々行くなよー!」

「はーい!」

「シャキーン! カイル竜騎士団けっせーい! うぇーい!」

「バーカ! ジャミル竜騎士団だから! しねぇい! ズグシャー」


 と言いながらジャミルがお土産屋で買った短い木の槍でカイルを突く。

 

「うわずりぃ! おれが先に言ったんだから、カイル竜騎士団だから!!」

「は? 年上が一番エライんですぅ! チビはぁ、リーダーにぃ、な れ ま せ ぇ~~ん!」


 ジャミルが槍を上下させる謎の動きでカイルを煽ると、カイルが顔を真赤にして叫ぶ。


「チビでも大きくなればなれますぅ――!! バァ――カ! ジャミルバ――カ!」

「呼び捨てにすんな! チービ! チービ! チビチビチビチビ!!」

「エラソーにすんな! バーカ! バーカ! バカバカバカバカ!!」

「やめろ! みっともない!!」


 二人の父親があきれてたしなめる。

 そこからも二人は「バカ」「チビ」と言い合い、腹を立てたジャミルが木の槍でカイルを突くとカイルも木の剣で応戦。

 しまいに楽しくチャンバラし始めて、結局知らない間に仲直りしてた。

 ――のはずなんだけど。話題は、竜騎士団ごっこする際の竜騎士団の名前にまた戻っていた。


「レイチェルはカイル竜騎士団とジャミル竜騎士団どっちがいい?」

「えー? わたしは、お花の名前がいいなぁ、すずらんとか」

「ハァ? すずらん竜騎士団とかダッセェ! 合唱団かよ!!」

「なによー! ジャミル竜騎士団もカイル竜騎士団もふつーにダサいからー!」

「ダサくないよーん! ダサいのはジャミル竜騎士団だけーっ! いぇーい」


 そう言いながらカイルが両手を広げて駆け出す。


「こら! カイル! 勝手に行くなって何度も言ってるだろー!!」


 何度目か分からない怒り声。

 カイルに続きジャミルも、そしてわたしも大笑いしながら駆け出す。

 そして、先に走っていったカイルが曲がり角の所で足を止め、キラキラの目で大声をあげた。

 

「兄ちゃん、レイチェル、見ろよ! 飛竜だ、飛竜がいる! ……すげーなー! 見せてもらおうぜ!」

 

 カイルが指をさした先には飛竜に食べ物を食べさせている竜騎士の男の人がいた。

 今考えると竜との触れ合いコーナーは街の広場にあったから、あそこは竜の厩舎みたいなものだったのかもしれない。

 走り回ってて、ちょっとお祭りからは外れた所に行っていたのかも。

 

「ホントだ、飛竜! うわー、すごいね!」

「すげー、めちゃめちゃ肉食ってる……」


 大きい塊の肉をたいらげる飛竜。

 いろんな色の飛竜がいるけれど、その飛竜はすこしくすみがかかった青色の竜だった。


「わあ、キレイ……光ってる」

「なあ、なあ、もっと近づいて見せてもらおう?」


 カイルがトタタタと飛竜と竜騎士に駆け寄っていく。


「こんにちは! あの、飛竜を見せ――」


 カイルが言い終わるよりも前に、肉を食べていた飛竜がキュ――ンといななく。


「うわっ!?」

「「カイル!」」


 驚いて尻もちをついたカイルにわたし達が駆け寄ると、飛竜はさらにキュンキュンと鳴きながらカイルに顔を近づけた。

 

「うわっ! なに? なに!?」

「こ、こら! シーザー! やめろ!」


 竜騎士の男の人が飛竜に慌てて声をかけると、飛竜はすぐに首を上げた。

 そして、彼は座り込んでしまったカイルに手を出して助け起こす。


「大丈夫? 君。……ごめんね」

「だ、だいじょーぶ。……びっくりしたぁ」

 

「こら! カイル! ジャミル! レイチェルも! 勝手に行っちゃダメだろ!」

「すみません、騎士様。子供が――」


 両親たちがやってきて、竜騎士にペコペコと頭を下げる。


「……いえ、構いません。こちらこそ、こいつが驚かせてしまって」

「ねえ、ねえ、竜騎士のお兄さん! 飛竜をさわってもいい!?」


 飛竜におどかされてもカイルはめげず、竜騎士にワクワクした顔で話しかけた。


「あ! わたし! わたしも!」

「オレもオレも!」

「こら! お前ら! そういうのは広場の『触れ合いコーナー』でしろって旅のしおりに書いてあっただろ――」

「……ああ、いえ。構いませんよ」

「……本当ですか? すみません、騎士様。お忙しいところ」


 両親たちがまた竜騎士に頭を下げる。

 

「やったー! おれが一番にさわる!」


 カイルがぴょんぴょん飛び跳ねると、飛竜がまた「キュイー」と鳴いて、カイルの方に顔を寄せる。


「わっ! わっ わっ!」

「あー! いいなぁ」

「さっきからカイルばっか近づいてんなー コイツ。オマエ、なんかいい匂いでもすんのか?」

「わかんねー。ドラゴン肉まん食べたからかなー」


 そんなような話をしながら、カイルに顔を寄せる竜を3人で触ったり撫でたりしていると竜騎士の人が口を開いた。


「こいつはそんなに人懐っこい方じゃないんだけど、ずいぶん君を気に入ってるな……。ひょっとしたら君は竜騎士の素質があるかもしれないね」

「えっ!? ほんと!? うぇーい! やった――!」


 カイルがガッツポーズを取りながらまたぴょんぴょん跳ねると、竜もまたキュンキュンと鳴いた。


「えー! ほんとにカイル、この子になつかれてるみたい! いいなー」

「へへっ! 未来の竜騎士だぜー! いいだろー」

「んだよー チョーシのんなよなぁ」


 腰に手を当てながら人差し指で鼻をこすって得意げなカイル。それにふてくされるジャミル。

 この兄弟は、どっちかが得意げにしてるともうひとりがふてくされる、それが日常だった。

 

「あの、竜騎士のお兄さん! 飛竜と一緒に、写真とってもいいですかっ!?」

「え……ああ、いいけど」

「やーったぁ! 父ちゃん、おねがい! ホラ、ホラ、兄ちゃん、レイチェル!」


 わたし達はキャッキャとはしゃぎながら、竜の周りに集まる。


「竜騎士のお兄さんも入ってよ!」

「えっ? ……いや、俺は」

「すみません騎士様。どうか、入ってやってくれませんか」

「え、ええ……それじゃ」


 最初は渋っていた竜騎士のお兄さんも、ジャミルとカイルのお父さんに促されて一緒に並ぶ。


「ほら、いくぞー」

 

 

 ――こうして竜騎士の人と竜とみんなで撮った写真。

 しばらく飾っていたけど、わたしはそのうちアルバムに貼って整理して、見返すことはなかった。

 ジャミルは、カイルも持っているしって理由でそのうちに失くしてしまったらしい。

 ただ一人、カイルはずっと自分の部屋に飾って大事にしていた。思い出と一緒に――。

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