5話 彼の好きなもの
「あ、ジャミル……おはよう」
「……おう」
翌朝早くに目が覚めたわたしが厨房に行くと、ジャミルが何かをせっせと作っていた。せいろで何かを蒸している。
「あ……」
ジャミルがせいろを開けると、もわっと蒸気がたちこめる。その中には肉まんが三つ入っていた。
「……肉まん」
「……ああ」
「それ……カイルが好きだった」
「ああ」
いつか竜騎士団領に行ったときにおみやげで買った「ドラゴン肉まん」。
竜の顔の形をしてて外はふわふわ、中にはジューシーな肉がたくさん詰まっててとてもおいしかった。ちなみに牛肉。竜の肉はもちろん使ってない。
カイルが特に気に入って、どこか出かけたら必ず肉まんを買ってもらっていた。幸せそうに頬張る姿が思い浮かぶ。
「食えよ」
「あ……うん」
ジャミルが食堂に肉まんを持って行き、テーブルにつく。
わたしはその向かいに座る。もう一つの肉まんは誰も座ってない席に置かれた。まるでカイルがそこにいるかのように。
わたしは肉まんを一口食べた。……おいしい。
「すごい、おいしい……」
「やっと、アイツの話したよな」
ジャミルが肉まん片手につぶやく。
「うん……ごめん、やっぱり気まずくて」
「いや、オレも昨日はその……悪かった。あんなもんあそこに置いといちゃダメだったのによ」
「あの黒い剣、どうしたの」
「あれは……3ヶ月くらい前、仕事の帰りに道端に落ちてるのを見つけたんだ。見るからに怪しい紫色のオーラみてえのが出てて……。どう考えてもやべえって分かってるのに気づいたら吸い込まれるようにその剣を手に取ってた。すぐに捨てたんだけど、朝起きたら枕元にあった。それから何回捨てても手元に戻ってきやがる」
「……」
にわかには信じがたい……ルカのいた『光の塾』に続いて、また現実感のない話だ。ジャミルがそんなことに巻き込まれていたなんて。
「ミランダ教会の司祭の話では呪われた剣らしいぜ。人の心の闇とか、後ろ暗いとこを察知して持ち主を選ぶんだと。へっ、オレは選ばれたってわけだ」
伏し目がちに肉まんを見ながらジャミルが自嘲的に笑ってみせる。
「後ろ暗い……それって、カイルのこと?」
「……だろうな」
――カイルのいなくなったあの日。よく晴れた日だった。
ジャミルは友達と遊ぶ約束をしていて、それにカイルがついていきたがった。
ジャミルはそれを鬱陶しく思って、嘘の集合時間を言ってカイルを置き去りにした。
カイルはそれに怒りながらも仕方ないと諦めて、湖まで釣りに行った。
――夕方、大雨が降った。でも帰ってこない。
わたしの両親も含む近所の人たちでカイルを捜し回ったけど見つからない。その日は結局見つからず、次の日もその次の日もやっぱり見つからなかった。
そして翌週、湖のほとりでばらばらに散らかった釣り道具と、彼の血で濡れたブーツが片方見つかった――。
ブーツには穴がいくつか空いていた。
何か牙を持つ魔物に襲われて脚を噛まれ、そのままぬかるみで足を滑らせて湖に転落した可能性があるとして、ギルドで冒険者や傭兵なんかも雇って湖を捜索してもらったけど見つからなかった。今もまだ、遺体はあがっていない――。
また、カイルを襲ったであろう魔物の捜索と討伐も依頼したけれど、やはりこちらも見つからなかった。
あの日は本当によく晴れていた。カイルは一人でよくあの湖に釣りに行っていたし、あの辺りに魔物が現れたなんて話聞いたことがない。
――全部全部、ただめぐり合わせが悪かったとしか言いようがなかった。
だから誰も彼を責めなかったけど、ジャミルは誰よりも自分を責めてふさぎ込むようになった。
やがて彼の両親は、彼がこれ以上自分を責めないように、色々と思い出の残るこの地にいるよりは……と引っ越すことに決めた。
ジャミルは「弟を置いて引っ越すなんて」と泣いて抵抗したけれど、彼の両親が何日もかけて説得して、最後には受け入れた。
わたしはカイルがいなくなった時も、ジャミルが引っ越していく時も何も言葉をかけることができなかった……。
「あのね……こんなことしか言えないけど、やっぱりジャミルのせいじゃないよ……」
「……」
「わたしあの日、カイルに釣りに誘われたんだけど、断っちゃったんだ」
「……そうだったのか」
「うん。『わたし釣りなんてもう興味ないよ』なんて言っちゃった」
「そうか」
「……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「一緒に釣りに行ってればって思っちゃうよ、やっぱり……。カイルは今年13歳なのに子供っぽくて、未だにお土産屋の赤いスカーフなんか巻いててかっこ悪いなんて思ってた。だから少なくとも、わたしは『ジャミルのせい』なんて言うことできない」
「オレも……同じだ。2歳しか違わねえのにガキ扱いして。オレら年上の集まりについてくんなって、そう思ってた。スカーフ巻いて、いつか竜騎士の人と撮った写真を大事に飾って眺めて。その竜騎士に『君には竜騎士の素質がある』なんて言われたのを本気にして『自分もいつか竜騎士になりたい』なんていつまでも言って。バカじゃねぇのか恥ずかしい、現実見ろってよ」
「うん……」
年も変わらないのに、自分たちはもう大人になったって勘違いしてた。子供じみた夢を見て、変わろうとしないカイルにイライラしていた。
どうして、何を根拠にそんな勘違いができたんだろう――。
「アイツは死んだかもしれねえけど、生きてるかもしれねえ。少なくともオレは生きてるって思ってる……。けどオヤジもオフクロも、オレが気に病むからってオレの前ではカイルの話はしねえんだ。……なんかそれじゃ、ホントにアイツがいなくなったような……オレがアイツの思い出すら殺したような気がしてよ。だから、こんな剣も手にしちまったし今は一人で暮らしてる」
「そんな……考えすぎだよ。おじさんとおばさんが、寂しがるよ……」
「オレは、オレを許すことができねえ。この剣がそう思う気持ちに反応したんだとしたら、オレは一生取り憑かれたまんまかもしれねえ。コイツを持ってるととにかくイライラムカムカして怒鳴り散らしたり、ひどい時には相手を殺してやりたくなっちまう。……グレンのやつにも斬りかかったことがある」
「え……嘘……」
「返り討ちにあったけど」
「返り討ち……」
「全部かわされて一太刀で気絶するほど吹き飛ばされた」
「そ……そんなに強いんだ」
ジャミルはジャミルで、彼のお父さんに鍛えられてなかなかの腕って聞いたことあったけど……。
でもグレンさんも服の上からも分かるくらい筋肉あるし、やっぱり強いんだ……。
「だから……もしもの時に襲いかかっても平気だからってことで、呪いを解く情報集めの旅に協力してもらってる」
「え……そうだったの?」
「手紙の配達とかなんやらは、ついでだ。街に立ち寄ったら教会に行って情報聞いて、そんでそこで聖水とかもらってんだ」
「そうなんだ……『ラクして稼ぎたい』なんて言ってたからわたしてっきりダメな人かと……」
「や、ダメはダメだけどな」
ジャミルが肉まんを思い切り頬張る。
「……うめえな。オマエも食えよ。話しこんでたら、ちっと冷めちまった」
「うん」
わたしは少し冷めてしまった肉まんを口にする。昔食べた「ドラゴン肉まん」と同じ味がした。
「おいしいー! ドラゴン肉まんの味再現できてる!」
「だろ? なにせ天才だしな、オレ」
グレンさんの『天才だな』という言葉を借りてジャミルがおどけてみせる。
「ほんとだね。……竜の肉なんて、よく手に入ったよねぇ」
「ちげぇよ、牛肉だわ」
「知ってる。ふふっ」
「……へっ」
わたし達は5年ぶりに普通に会話をして笑い合った。
わたしは空席に置かれた肉まんに目をやる。カイルがいないことは辛いけど、もしまた会うことができたらまたみんなでこれを食べたい。その時は、この席に彼も――。
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