3話 黒い剣

 ――その日の夜、子供の頃の夢を見た。

 わたしとジャミルともう一人、彼の弟カイルと遊んでいる夢。

 彼――カイルは、わたしと同い年の男の子。

 子供の頃のわたしは背が高い方で、わたしが4月生まれで彼が12月生まれだったから、同い年なのに弟みたいな感じだった。


 家が近くて親同士も仲がいいから3人でよく遊んでいた。

 かっこいい竜騎士に憧れて、竜騎士団領に家族同士で遊びに行った時は竜騎士の証の赤いスカーフのレプリカをお土産屋で買ってもらって3人で大はしゃぎ。

 早速みんなで巻いて、竜騎士だ! って駆け回ったりしたっけ。

 それからは3人で遊ぶ時は必ずスカーフを巻いて「竜騎士団」ごっこをした。

 二人が「ジャミル竜騎士団」か「カイル竜騎士団」かで派手に兄弟ゲンカしたりとかもあったけど、とっても楽しかった。


 だけどわたし達は成長につれてだんだん遊ばなくなり、スカーフもなんだか気恥ずかしくなって巻かなくなってしまった。それはジャミルも同じだった。でもカイルだけはずっとスカーフを巻いていた。


 ジャミルはだんだん子供っぽいカイルを粗雑に扱うようになり、わたしは女の子同士の遊びを楽しむようになり「カイルってば子供よね」なんて生意気なことを言うようになっていた。

 カイルはカイルで別の子達と遊ぶようになって、やがてそれが当たり前の日常になっていた。

 そんなある日、カイルが失踪してしまった――。

 

 

「ふあーぁ……。あれ、もうみんないないなぁ……。はいた……じゃなくて、冒険に行っちゃったのかな?」


 朝が弱いわたし。遅くに起きていつもみんなが集まる食堂に行ってみると、誰もおらずがらんとしていた。

 トーストを焼いて食堂のテーブルにつき、ぼんやりとトーストをかじる。


(久しぶりに子供の頃の夢見ちゃったなぁ……)


 仲良しだったカイル。

 背が低くて、いつもわたし達の後ろを半べそでついてきていた。

 買ってもらったスカーフに自分で「カイル」って名前を縫い付けてジャミルに「だせぇ」って笑われていた。

 わたしがこけそうになったら支えようとしてくれたけど、わたしの方が背が高いから結局二人共倒れになってしまった。

 優しいカイル。でも今は、いない――。


(あ……泣きそうになっちゃう……)


 頭をプルプルふってこらえる。ふと窓を見ると、中庭にルカが立っていた。


(あれ……みんな出かけたんじゃなかったんだ)

 

「おはよう、ルカ」

「……おは、よう」


 つい最近から、ルカは挨拶を返してくれるようになった。


「もう冒険に行ったのかと思った」

「お兄ちゃまは朝から別の仕事。ジャミルは土を売りに行った」

「そっか」

 

 ルカは植木鉢にじょうろで水をあげている。前に出た小さな芽は成長して、少し葉っぱが大きくなった。


「また、大きくなったわ」

「ルカがわたしがいない間にも水をあげてくれてるからだね。『守って』くれてるもんね」

「……」


 ルカの顔が少し綻ぶ。


「次、また何か植えようと思うんだー」

「植える? 何を」

「んとね、ひまわりとかかなぁ」

「ひまわり……」

「夏頃に大きな花が咲くよ」

「見たい」

「ん。分かった! 今度買ってくるねー」

 

 

 ◇

 

 

 中庭で会話したあと、わたしとルカは食堂に戻ってきた。

 

「……パンケーキ食べたい」

「分かった。温めて食べよっか! ……あれ? 剣が置いてある」

「それは、ジャミルの剣」

「そうなの? 帰ってきてたんだ」


 食堂の椅子に立て掛けてあるジャミルの剣。少し細くて、黒い鞘に入っている。何か、よく分からないけど禍々しい感じがする。

 

(黒い剣……)


「何やってんだ!!」

「えっ!?」

 

 わたしがその黒い剣をまじまじと見つめていると突然怒声が響いた。

 驚いて声の方に目をやると、ジャミルがこちらを睨みつけながら立っていた。

 こっちに向かってドカドカと早歩きでやってきて剣を乱暴に手に取る。

 そして「勝手に触るんじゃねぇよ!!」と、まるで鬼気迫るといったような憎々しげな目でわたしを睨み、思い切り怒鳴りつけた。

 

「えっ……、ご、ご、ごめん……。でもわたし、触ったわけじゃ……」

「うるせぇな! つーかムカつくんだよお前!! いっつも奥歯に物の挟まったような言い方しやがって!!」

「えっ そんな……なんで、そんな急に……」


 見たことのない彼の剣幕にわたしがオドオドしていると、不意に「ゴン、ゴン」という音がした。


「おーい、ジャミル君。ちょっとカッカしすぎじゃないか?」

 

 食堂の入り口に酒瓶を持ったグレンさんが立っていた。さっきのは瓶で入り口を叩いた音だった。


「レディにそんな思い切り怒鳴ってさ……また辞めちゃったらどうすんの。あやまれーあやまれー」

「く……う……、ああ、悪かった」


 ジャミルは胸の辺りの服をつかみながら、バツが悪そうに謝る。


「えと、うん……大丈夫」

「……ところで二人の内どっちか、この酒いらないか?」


 グレンさんが持っていた酒瓶をテーブルに置いた。


「お酒……ですか」

「ああ。依頼主が『これはノルデン人のあなたに是非』ってくれたんだけど、俺酒飲めないから」

 

 ノルデン人――かつて大災害の起こった国の人達。黒い髪と灰色の瞳、白い肌の人種。グレンさんはその典型だ。


「オレは、いらねぇ。家で酒飲まねぇし。その酒、料理にはクセが強いんだよな。……オマエ持って帰ったら? おっちゃん酒好きだろ」


 ジャミルがわたしに話をふる。その目や表情はいつもの彼で、憎々しげな様子はなかった。

 まるで、さっきのことなんてなかったかのように――。


「あ……うん」

「じゃあ、これ」


 グレンさんが酒瓶をわたしに差し出す。


(――『カラスの黒海』……)


 瓶にはカラスがデザインされたラベルが貼ってあった。赤ワインかな?


「ありがとうございます」

「……グレン、今日はいつから出るんだ?」

「昼過ぎくらいだな。……ちょっと寝たらどうだ。疲れてるんだろ」

「ああ……そうする。レイチェル……悪かった」


 そう言ってジャミルは食堂を立ち去る。

 

 

「ジャミル、水が淀んでいる」


 ルカがボソッとつぶやいた。


「水が、淀んで……?」

「ああ。まあ寝れば治るだろ。……レイチェル、大丈夫か?」

「あ……はい。驚きましたけど」

 

 ――いっつも奥歯に物の挟まったような言い方しやがって――

 

 怒鳴り方は尋常じゃなかったけど、言われたことは事実だからなんとも言えない。

 彼と話そうとするとどうしても彼の弟カイルの話も出そうになってしまう。それを無意識に避けているのを彼は見抜いて、それでイライラしてたんだ。


「はぁ……」

「時々ああやってカッとなって大声で怒鳴っちゃうんだよな、彼。いい奴なんだけど……って、それは君の方が知ってるか」


 わたしがため息をつくと、怒鳴られたことで落ち込んでいると思ったのかグレンさんがフォローを入れてくれた。


「あ、はい……昔はあんなじゃなかったんですけど」

「ふーん」

「……えと、あまり興味ない感じですか」


 あまりにどうでもよさげな返事が返ってきたのでわたしは思わず突っ込んでしまう。

 

「……ん? そうだな……興味あるかないかと聞かれると……ないね」

「う……仲間、ですよね」

「そうだけど本人の問題だから。彼も大人だし、俺担任の先生じゃないからな」

「それは……そうですが」


(ドライすぎない……?)


 ……でもわたしだってジャミルと幼なじみで、言うなれば付き合いの長い「仲間」だった。

 だけど彼の弟が行方知れずになった時、落ち込む彼に何もできなかった。

 いや――しなかった。どう声をかけていいか分からずに見ているしかできなかった。

 そして今も当たり障りのない話題でお茶を濁そうとしている……。

(イライラされて当たり前だ……)

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