7話 お花の水やり 再び
「おはようございまーす」
週末、また花の種を買ってから砦の厨房へ。作戦室というのも一応あるんだけど、3人とも大体ここに集まっている。
「え……」
「……おう」
挨拶をすると、グレンさんとジャミルが目を丸くしながら挨拶を返してくれた。
「? あの……何か変でした??」
「いや……来てくれたんだな」
「へ?? ああ、前の……」
とんでもない直径の水の玉をぶつけられたのは先週のこと。
「大丈夫です。その……ちょっとヘコみましたけど」
「……そうか。あんなことをしたけど、好きは好きらしいから……許してやってくれ」
「アイツ、ああやって『好き』『嫌い』言って、嫌いなヤツに水ぶっかけてさー。そらみんな辞めてくわ。……レイチェル、これ切っといてくれ」
「わっ」
カゴに大量に積まれた玉ねぎを1個、ぽいっと投げ渡される。
「くし切りで頼むわ」
「はーい」
わたしが玉ねぎを切っている最中も話は続く。
「……そんでアンタが妙に肩持つから、みんな辞めてくんじゃねーかよ」
「都度都度怒ってるじゃないか……。それなのにみんな『シスコンキモい』『お兄ちゃまとかありえないんですけど』って……」
グレンさんが机に突っ伏してぼやく。長身のイケメンが顔をテーブルにくっつけて座って落ち込む姿は少し異様だ……。
「……そういえば、そのルカはどうしたんですか?」
「ああ……そういえば見てないな。まあパンケーキでも焼いてればそのうち現れるだろう」
(そんな、のろしみたいな……)
「……パンケーキ」
「あっ」
――うわさをすれば。
ルカが厨房の入り口に立って、こちらをのぞき込んでいる。
「……ルカ、『瞬間移動のお約束』ちゃんと守れたじゃないか。よし、褒美にこの変な形の野菜をやろう」
と言いながらグレンさんがルカに、皮を剥いてある玉ねぎを手渡す。
『瞬間移動のお約束』も気になるけど、『変な形の野菜』という単語もとても気になる。……グレンさん、まさか玉ねぎを知らない??
「あの、生の玉ねぎをまるごとそのまんまはあんまりおいしくな……」
シャリ。
「ああっ……」
ルカは玉ねぎをかじりそのまま咀嚼する。
「辛い。ツンとする」
「リーダー、辛いそうです」
「当たり前だろ、生で丸かじりするヤツがあるかよ。ってかそもそも、生で渡すなよな」
(今日もハチャメチャだなぁ……)
ルカは無言で玉ねぎをかじり続けていた……。
◇
――翌日。
「んー! 今日もいい天気! よーし!」
先週のあれで花の種がどっかに流れて行っちゃったから、また買ってきて植える用意を始めた。
グレンさん達が拾い集めてくれていた植木鉢にまた土を詰めていると……。
「あ……ルカ」
「……」
少し離れた所にルカが立っていた。
「お、おはよう……」
内心ビクビクしながら、笑顔で挨拶する。またお水かけられたりしないよね……?
挨拶したけど、ルカからのリアクションはない。また無言でわたしに視線だけを送ってきている。
しばらくして、ルカは少しずつわたしに歩み寄り、少し息を吸ってから「ごめんなさい」と言った。
「え……?」
「お兄ちゃまに『謝っておくように』と言われたわ。これは謝罪の言葉なんでしょう」
「あ……うん。わたしは大丈夫だから、気にしないで。ええと……ルカは、魔法使いなんだよね」
「そう」
「すごいなぁ。わたしも魔法使いになりたかったんだけど資質がなくて。ねぇ、魔術学院とかに通ってるの?」
「光の塾」
「ひかりの……じゅく? 塾。ふうん、そういうのがあるんだ」
話しながら3つの植木鉢に土を詰め、またそれぞれに花の種をまいた。
「また……水をかけるの」
「うん。……あっ! 魔法はいいからね! そんなに大量に水はいらないから――」
言っているそばからルカは手のひらに水の玉を出現させ始めている。
水の玉はみるみる大きくなり、直径15センチくらいにまで膨れあがってしまった。
――ダメだ、これじゃあ前と同じになっちゃう……!
「あ、あの……! その玉、もう少し小さくできない?」
「小さく……?」
ルカが指をつまむような動作をすると、水が少し小さくなった。
「あ……そうそう、うーん、もうちょっと小さく……」
「……こう?」
「あっ、そうそう! いい感じ! そのままそこの植木鉢にかけてみて」
ルカが指を下にすると、ビー玉くらいの大きさになった水の雫が植木鉢の土にポトリと落ちた。
疲れたのか、ルカが小さくため息をついた。
「小さくするのは……難しいわ」
「魔法で出すより、じょうろ使った方が早いんじゃない?」
言いながら、ブリキのじょうろをルカに手渡す。
ルカは不思議そうにじょうろを見つめている。
「……これは、何?」
ルカはじょうろを知らないみたいだ。
水の術使いだったら水を簡単に出せるし、使うことがないのかもしれない。
「これは"じょうろ"っていうの。水やりに使うんだよ」
ルカと一緒に水道まで歩いていき、じょうろに水をくむ。
この前は気づかなかったけど、水道はこの畑のすぐ近くにあったらしい。
――うーん、先にグレンさんかジャミルに確認しておけばよかったなあ……。
じょうろの中ほどくらいまで水を入れたあと、またルカに手渡した。
「はい。これをちょっとずつ傾けて。……うん、そんなかんじかな」
ルカがじょうろを傾けると、先端から幾筋もの水がサァっと流れた。
太陽の光で小さな虹ができる――ルカは流れる水と虹を不思議そうに見つめている。
残り2つの植木鉢にも同じように水をあげた。
ルカはじょうろを持ったまま動かない。大きな目を見開いたまま、じょうろと鉢とわたしを交互に見ている。
「どしたの?」
「これは……このあと、どうなるの」
「これ? うん、多分1週間くらいで芽が出るんじゃないかなぁ」
「芽? ……その後は」
「葉っぱがついて、つぼみがついて、花が咲くよ」
「それは『育つ』ということ?」
「そう……だね。そういうことだね」
「これが『ヒト』……」
「ん? うん……?」
――『ヒト』って前も言ってたような。一体なんだろ??
「不思議……」
藍色の瞳をキラキラさせ、頬を赤くしながらルカがつぶやく。
表情は少ないけれど、とても綺麗な子だ。思わず見とれてしまう。
(ルカの方が不思議だけどなぁ……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます