4.本当のこと

 グスグスと鼻をすすっていたが、それもようやく落ち着き、呼吸も整ってきた。


「すみません。クレしんさんの配信なのに、こんなふうに、自分語りをしてしまって。どうしても、みんなに謝りたくて。本当にごめんなさい。俺が言いたかったのは、それだけです。コラボありがとうございました」


 そう言って、通話を切ろうとするとクレしんさんが話しかけてきた。


『待って。只野さん、落ちなくていいから』


「え……。でも、俺、落ちますよ」


『いいから。そのまま聞いて。オレも只野さんに言いたいことあるし』


 どくん、と、落ち着いてきた脈が再び跳ね上がる。怖かった。でも、それを聞かなきゃいけないのも分かっていた。


「分かりました」


 そう返事をして、深く、深く息を吸って吐いた。


『オレさ、本当のことを言うと、只野さんがちょっとだけうらやましかったんだよね。ほら、こういうアプリを長くやってると、大手をけなしたりとか、課金アイテム投げる人を嫌ったりする風潮ってあるじゃん。それをディスるのがカッコイイって言うかさ、そういうの。オレはそっちだったわけだけど、只野さんは純粋に喜んで、純粋に嬉しがって、ありがとうって言えて、その素直さがちょっとうらやましかった』


 そんなこと。俺は何も知らないだけで、みんなからの気持ちを無視してしまったのに。


『そういう純粋な反応見ると、やっぱり一緒に楽しくなるし、もっと喜ばせようとかって気持ちにもなるんだけど、でも、そういうふうになってほしくなくてさ。せっかく仲良くなれたのに、どんどん遠くに行っちゃうのが悔しくもあったしね』


 俺もみんなが遠くへ行ってしまった気がしていた。それは、クレしんさんも同じ気持ちだったのか。


『だから、只野さんがいないところで只野さんのことを盛大にディスって、こき下ろして、他のリスナーが離れていかないように囲ったりしてさ。みっともないよな。今日だって、一言目で只野さんだって分かったけど、リスナーのみんなが反応しなければ、そのまま気づかないフリをしてやり過ごそうって思ってた』


 クレしんさんが丁寧に言葉を紡いでいく。今まで、場の雰囲気を一番に考えて核心を言わなかった人が、ちゃんと向き合ってくれている。


『でもやっぱ気づくしさ、わーオレどうしようって思ったね。ぶっちゃけ、話したくなかったし、悪口を散々言ってた手前、かなり罪悪感っていうか気まずい気持ちもあったし。それなのに、只野さんはきちんとオレらに謝ってくれたわけじゃん。すげーと思うよ。そういう誠実で真面目なところは、やっぱ変わってないんだなって思ったら、なんかちょっと嬉しくなっちゃったよ。そんで、オレも謝らなくちゃなって思った』


「クレしんさん……」


『やっぱり、只野さんは時間が経っても只野さんだったね』


 へへっと照れ臭そうに笑った声が耳に届く。それで、俺もなんだかふっと軽くなった気がした。ケンカ別れした友人と、ようやく気持ちが通じ合えたような、照れ臭いけど嬉しくて、心がじんわり温かくなる気持ち。


「ありがとうございます。話してくれて」


『こちらこそ、ありがとう。オレのこと、覚えててくれて。ネットだから簡単に切れちまう縁なのに、こうしてまた来てくれてさ』


いちご

「只野さん、わたしもごめんなさい」


ねぐせ君

「なんだか青春の一幕みたいですねっ!」


古美

「また仲良くおしゃべりしたいなと思ってたので、僕は嬉しいです」


児島

「男の友情ってやつだな。只野、やっぱお前は良い奴だよ。クレしんも」


グングンぐると

「俺はまだ根に持ってますけどね~。女の子たちと仲良くしゃべりやがって! うらやましい!!!」


ぴゑんマン

「仲直りも済んだことだし楽しい話にでも切り替えましょうかッ!」


 コメントが一気に流れて、みんなが反応してくれた。それだけで、俺は充分だった。


『そうだな、そういや、あの泣き黒子の彼女とはどーなったんだよ? 引っ越す前に何かしら行動を起こしてきたんじゃないのか? ほれほれ~、話してみろよ~』


 いつもの調子で明るく話題を振ってくるクレしんさん。


「えっ、まあ、はい。……クレしんさんには敵わないなぁ」


ねぐせ君

「く!わ!し!く!!!」


ぴゑんマン

「懐かしの泣き黒子の彼女ッッッ!!!」


『じゃあその話、さっそく聞かせてもらいましょうか』


「あはははは、はい。じゃあまずは、ちょっと前のところからお話を……」


 すっかり酔いの覚めた頭で、視界はクリアだった。すうっと冷えていく空気とは対照的に、俺の心は温かいもので満たされていった。

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