3.しょっぱいのは何

『ハロハロー? 次郎さん、聞こえてる?』


「あ、クレしんさん、こんばんは。ご無沙汰してます。皆さんもお久しぶりです」


 震える声を押し殺して、努めて冷静に、硬くなりすぎないように話したつもりだった。


『んー? 次郎さん、今外にいる? 若干、声が遠いような?』


ぴゑんマン

「あら、この声は、まさかッ…?」


児島

「聞いてる方はボリュームバランスいい感じだぞ」


古美

「只野さん……?」


 やっぱり声で気がつくんだ。心拍数が上がって、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。誰にも気づかれないまま、新たな関係を作ればよかったと、後悔が胸を締め上げて苦しい。それでも、俺は言わなきゃいけない。


「古美さん、そうです。只野人間です。あの、皆さんにどうしても謝りたいことがあって、今日はサブ垢で来させてもらいました」


『只野さんだったかー! 久しぶり。元気してた?』


 クレしんさんが変わらないトーンで応えてくれるのがありがたい。


「あ、元気です。クレしんさんも、皆さんもお元気そうで」


いちご

「お久しぶりです」


ねぐせ君

「どーも」


グングンぐると

「元1位の配信者がここに来るなんてね~」


 やっぱりリスナーのみんなは俺のことを警戒している。そりゃそうだよな。罪悪感で心を突き刺される感じがする。


「1位なんていうのは名ばかりの虚構でした。すみません、あの、少し話を聞いてもらえませんか」


『言いたいことがあるなら言っていけ~』


 クレしんさんの間延びした声がありがたくもあり、俺を責めているようにも感じる。それでも言わなきゃいけない。


「FORK始めたての時の楽しかったこととか、みんなが俺を大事に思ってくれてたこととか、全部捨てて、無視して、みんなの気持ちなんかこれっぽっちも考えなくて」


 声の震えが止まらない。鼻の奥の方がツンとする。


「真面目に誰かの話を聞くとか、楽しいことを共有することとか、相手に対して誠実であることとか、そういうの全部なかったことにして1位にまでなったけど、それもあっけなく消えてって」


 見えている世界の輪郭が滲んでぼやける。スマホ画面が発するブルーライトの光だけが目に痛い。コメントなんか、もう読めやしない。


「リアルでも色々ゴタゴタが重なって、今はもう前に住んでいたところにはいなくて、誰も知らない場所に立っていて、俺、何してるんだろうってすごく思って」


 鼻水だか涙だか、もう分からない。こんな誰も居ない夜の公園で。


「ここでみんなと一緒に過ごした時間が、俺にとってすごく大切なものだったって、俺、ようやく気がついて。それで、だから、例えみんなが許してくれなくても、謝らなきゃいけないって思って、でも只野人間で来るのは怖くて。本当に、本当にごめんなさい、ごめんなさい」


 スマホをベンチに置いて、袖で溢れる涙を拭う。思い出してハンカチを取り出し、自分の顔面をゴシゴシとこする。顔だけが火照ってひどく熱い。冬の気配を孕んだ夜風がそよぐ度に、その冷たさでハッと我に返る。


 コメントは動いていない。クレしんさんも黙っている。俺が鼻をすする音と、少なくなった木の葉が重なる音、時折通る車のエンジン音だけが響いていた。

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