半年間で配信者のトップになった俺が捨てた羞恥心
あるむ
第一章 街行く人の会話が気になってきました
1.名前を入力してね!
「鈴木さん、これ午後イチに行きたいからそれまでに連絡しといてもらえる?」
「この資料年度間違ってるよ! 全部やり直しして」
「内勤は楽でいいよな。俺らの苦労も少しは分かってもらいたいもんだわ」
「お疲れ様でしたー」
代わり映えしない毎日の連続に、ほとんど惰性で生きている感覚になっていた。
毎日似たような出来事の積み重ね。ハイハイソウデスネ。大変申シ訳ゴザイマセン。アリガトウゴザイマス。何も考えなくても口をついて出てくる、社会人という仮面を被った言葉たち。
誇れることと言えば、俺が身を寄せている会社が超絶ホワイトだということだ。土日祝日休み、仕事はデスクワーク中心、就業時間は定時が基本という、最早都市伝説じみている単語の数々。そんなところに滑り込めたのは、奇跡としか言いようがない。
ただ、生きがいも、やりがいも、夢も希望もない俺にとって、この先何十年と続く変わり映えしない時間をどうやってやり過ごすか。最近では、それが悩みである。
そんなことを考えたとしても、何かが急に変わる訳じゃない。いつも通りコンビニで弁当を適当に物色して、温めてもらわずに帰る。
今のまんまでいたところで、別に不自由している訳じゃなし、つまりはそういうこととして、自分すらも平凡な日常の一部として溶かしてしまう。
アパートに帰ると電子レンジに弁当を突っ込み、その間に部屋着に着替える。レンジから取り出した弁当をもそもそと食べながら、YouTubeを見る。
このご時世、YouTubeは本当に便利なツールだ。休日前の一人の孤独感を紛らわすのにこれほど最適なものはないだろう。子供たちの就きたい職業ランキング1位にYouTuberが躍り出て久しいが、そんなところも現代っぽい。隣にいる人間や、対面で話をしている人間よりも、スマホ画面の向こう側や、ネットを介したコミュニケーションの方が楽しいと思うのはどこか歪んでやしないだろうか。
そんなことをつらつら考えてはいるが、俺にも配信をしてみたいという欲求はある。こんな味気ない毎日には、俺以外の誰かの手が必要だ。
だが最初から顔出しは気が引ける。そもそも顔に自信があれば、そんな配信などする必要もない人生を送っていることだろう。
今では様々な配信アプリが世に溢れていて、一体どれがいいのかと迷ってしまう。ネットサーフィンをしながら、各配信アプリの違いや民度などのデータを調べたサイトを今日も眺める。
俺が求めるのは①顔出ししなくていいもの、②民度の高いもの、③そこそこ人気があるもの、である。①については先に述べたとおりだ。②は息抜きや楽しさを求めて配信するのに、荒らしや面倒くさい人間にエンカウントする率を下げたいから。③はあんまり大きすぎて有名な場所だと、俺みたいな人間の配信は誰にも見られない可能性があるから。
その条件に合うアプリが何個かあるが、このまとめサイトを眺めて早2週間。明日は休みだし、とりあえず試してみることにしよう。
一番上にあった名前は、FORKというアプリだった。TwitterやFacebookと連携してアカウントをすぐ作れるようだ。
「名前を入力してね!」
名前か。どこにでもいるザ・日本人という名前、鈴木一郎が俺の名前だ。ありきたりで普通過ぎて、なんの個性も感じない。俺自身、名前の如く無個性な人間だと思う。
むしろ、本名のままの方が嘘っぽくてそれっぽいか……?
どうせならド派手な名前にしてみるのも面白そうだな。
だが、身に余る名前はやはり気が引ける。自虐も込めて「只野人間」としてみよう。面白さを誰かが見出してくれるかもしれない。
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