過去と未来を守る現在
みやおん
第1話 日常を遠ざける邂逅
21時30分。
ノートPCを閉じ、いつのまにかオフィスに1人になっていた俺は深く溜息をついた。
今日は金曜日。華金と呼ばれる日に同僚達は予定があるのか、我先にと終業時間とともにオフィスから居なくなっていた。
忙しい中ですれ違い、お互いの気持ちもやがて冷めていったのだ。
別れ際もそんなにズルズルと行く事なく、円満かつスムーズだった。
彼女がいたころは金曜日に予定を作って会ったり、土日を一緒に過ごしたりしたけど、別れてからというもの高校や大学の時の連れと遊ぶ事が増えていった。
だが最近になって周りが続々と結婚。気がついたら何かと予定が合いにくくなり、最近は家でテレビやらスマホやらをいじって日が暮れるなんて日々だった。
自分でもだらだらと生きている実感はあった。あー、そろそろ新しい彼女でも作るかなんて思い、合コンとかにも顔を出すが気が乗らない。社会人3年目になると、今の職場で色々思う事もあり、俺はなんとなくすり減っていってる気がしていた。
オフィスを出るとそこは繁華街が近く、金曜日ということもあってか賑わっていた。時間的に二次会なのかカラオケ店に行列を作ったり、飲んだ後の締めなのかラーメン屋に列をなしたり、あとなんかカップルがちちくりあっていたり。
なんてことのない光景がそこにはあった。
家に帰る為、電車に乗ると、多くの人がスマホをいじり倒していた。
疲れた表情、ニヤニヤした顔、口をあけて爆睡している人。これも変わらぬ日常だ。
かく言う俺もそんな様子を眺めるのに飽きてスマホを弄っていた。
お気に入り登録したニュースサイトを見たり、スマホゲームに興じたりしていると、家の最寄駅にいつのまにか着いている。
スマホをポケットにしまい、電車を降りる。すると歩きスマホをしていたおじさんとぶつかりそうになり、慌ててよける。
「あ、すみません」
するとおじさんは軽く舌打ちをしてきた。俺はこの人も大変なんだろうななんて理解を示す姿勢も無く、ただ一言、「死ねばいいのに」と思った。
大人になってというか社会に出てからより一層思うようになったのは、思った以上に多くの人間が自己中心的であった事。自分が良ければそれでいい、タチが悪いのは他人に迷惑かけてないから別にいいといった思考に陥っている人間だったり、俺の上司のように面倒毎を下に押し付けて、上には媚びへつらうようなやつだ。
ちょっとしたことがトリガーになって、自分の中に苛々した気持ちが噴き出る事が最近多い気がする。
いつも立ち寄るコンビニでビールとおつまみ、春夏秋冬問わず食べるアイスクリームを持ちレジに並ぶ。これがここ数ヶ月、日課だった。
最近の俺はこれまでの人生の中でも酷く「消費」する人生になっていた。
学ぶ事をやめ、世の中になんの価値も生み出していない。このままいたずらに歳をとってやがて消えていく。
何か満たされないものがあるけど、それがなんなのか探す努力もしない。それが時折 司だった。
コンビニから家まで歩きつつ、缶ビールをあけ喉を潤す。
この瞬間はいつも頭はからっぽだ。何も考えず、明日への不安も希望も抱かない。別に病んでいるという自覚は無いし、死にたいなって思った事も無い。ただ自分で何かを成し得ようという気持ちが全く湧かないだけだった。
駅から10分程度歩いたところに俺の住むアパートがあった。
1LDKで家賃は10万。流行りのリノベーション物件という事もあり、築年数の割には内装はかなり綺麗だ。まあ独身の男なんてだいたい部屋に足の踏み場が無いぐらい散らかっている。キッチンなんて凄惨たるものだ。
玄関の前に着くつと俺は飲み干したビールを袋に戻し、ポケットから鍵を取り出す。
「ん?」
閉め忘れたのだろうか。玄関の鍵がかかっていなかった。
オートロックだから不用意に他の人が・・・なんて事はないが物騒な世の中だ。
実は人一倍警戒心の強い俺はビニール袋を地面に置き、手提げ鞄をまるで機動隊員の盾のように構え、ゆっくりとドアを開けた。10cmほどの隙間から覗くと中は暗かった。すかさず玄関に明かりを灯し、部屋にはいる。そしてトイレ、洗面所、はたまた風呂場を覗き込む。どうやら誰もいない。完全に閉め忘れただけだと思った。あとはリビングだけだが人の気配も無い。
完全に警戒心が解かれた俺は
「ただいまーっと」
誰もいないのに言ってしまった。
寂しい男の慟哭だ。反応なんて帰ってくるわけがない。
「おかえりー」
「え?」
リビングの扉を開けた瞬間に確かに聞こえた。
空耳だよなとおもったが、次第に恐怖がこみあげてきた。
子供の声だった。といってもそこまで幼さは感じない。
霊感はないが、お化け屋敷ですらちょっと入るのは無理。それぐらいビビりではあった。ここで部屋を見渡したら見てはいけないものを見てしまう気がする。
部屋はリノベーションしても霊はエクスキューション出来ていないのだろうか。
だれか暇なやつ捕まえて飲んでいっしょに家に来てもらおう。そうしよう。
一気に心拍数が高まるのを感じながら、ゆっくりと部屋から離れようとする。
「え?どこいくの?ちょっとー!」
「ぎゃああああああああああああああああ」
思わず大声をあげた。また聴こえてきた。こんどこそ間違いじゃない。子供の声だった。あまりに動揺して俺はすっ転んだ。
立ち上がろうにもうまく立ち上がれない、どうやら腰が抜けたようだ。
ああ、テレビでドッキリ番組か何かをみた時に腰を抜かしている人を見て大笑いしていたが、いざ自分がその立場になると全くもって笑えなかった。
「だ、大丈夫!?」
声の主が近づいてきた。直視できないし、声が出ないし、立てない。
なんとか絞り出した声は「助げでくだざい!」なんて、とても情けないものだった。
「ぷっ!!ははははははは!」
声の主が笑っている。追い詰めた獲物を刈り取る前の笑いだろうか。俺が一体何をしたんだ。というかなんなんだ。一向に思考がまとまらない中、俺は恐る恐る目をあけその姿を見る。
中学生ぐらいの男の子が俺を笑いながら見つめていた。
ああ、ついに24歳にして霊感が開花したのかもしれない。そんなの望んでいないのに。3年に1本ぐらいのペースで抜いている親知らず以上に俺にとっては需要がない。新たに会得した霊感を持って可視化されたであろうその声の主を恐怖と戦いながら見つめた。
その姿にはどこか不思議と懐かしさを感じた。友達の子供でもないし、親戚でもない。でも、見ればみるほどそれは確かに知っている姿だった。
「んー。顔は悪くないなあ。でも、なんていうかかっこ悪いなぁ。」
何やら霊が俺に向かってブツブツいっている。しかし霊とはここまでくっきりとした存在なのか。するとその少年霊は手を差し伸べてきた。
「うあああああああ」
今度こそやられる。そう思った。しかし霊はちょっと呆れた顔を浮かべていた。
「はぁ。。。。ったく。しっかりしろよ!《俺》!」
「・・・・・・はい?」
その日を境に俺は否応無しに非日常的な世界へと誘われるのであった。
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