チキンウィング・アームロック
『健太はキムラロックだけで戦え』
MMA甲子園に向けて練習を続けていたある日、青山から告げられた。
キムラロックは伝説の柔術家木村政彦の得意技として知られている。
『どうせ試合出てくるのって、人殴りたくて総合格闘技始めたアホでしょ。タックルしてサブミッション決めれば勝てるよ。』と恐ろしいほど淡々と解説した。
本当に強い男から言われると、どこからともなく自信が湧いてきた。
そこから試合まで本当にキムラロックしか練習しなかった。
そして、試合当日を迎えた。
70キロから62キロまで体重を落としたが、ハードな練習のため減量という減量はせず、勝手に落ちていた。
試合会場には、青山さんだけでなく、総合格闘技の有名選手たちがゾロゾロといた。
また、テレビ局の取材もあり、いつもテレビで見ている女子アナもそこにはいた。
会場にいるほとんどの選手が打撃の練習をしていたが、
俺だけはタックルに入ってからキムラロックまでの流れをおさらいしていた。
1ラウンド5分1本勝負のトーナメント戦だった。
そして自分の試合の番が回ってきた。
相手はボクシング歴10年と恐れていたが、身体は自分より一回り小さかった。
試合が始まった瞬間に頭が真っ白になった。
練習していたことを忘れ、ひたすらパンチを繰り出していた。
無鉄砲に打ったパンチは何発か当たっていたが、明らかに自分が殴られいる数が多いことだけはわかった。
しかし、痛みは全く感じなかったため、恐怖心が一気になくなった。
『ケンタ!タックル、タックル!ケンタ練習通り!』
セコンドに入っている青山さんたちの声が聞こえた。
声が聞こえた瞬間に、正しい距離感かはわからなかったが、タックルを仕掛けた。
すると見事に一発でテイクダウンを成功させた。
その時、応援に来ていた友人やセコンドの歓声が確かに聞こえた。
そして、パスガードも成功し、有利なポジションをキープしていた。
『残り3分だ!仕掛けろ!』とセコンドから聞こえた。
俺は強引にキムラロックを狙いにいった。
相手の腕は曲がっては行けない方向にどんどん向いていった。
気づくと相手が苦悶の表情をして、変な方向に向けられている腕とは逆の手でタップした。
勝った喜びよりも、試合に送り出してくれた青山の顔に泥を塗らなかったことの安堵の方が大きかった。
2回戦は終始寝技でコントロールして判定勝ち、3回戦はまたしてもキムラロックで一本勝ちを収めた。
『このまま優勝しちゃうんじゃないの!?』と青山さんのお姉さんが陽気に語りかけていた。
ダメージがなかったが、腕に力が入らなくなってきているのがわかった。
そのことを青山さんに告げたが、『もう、やるしかないから』と冷たくあしらわれた。
格闘技という怪我して当たり前の世界に首を突っ込んでしまったことを再確認した。
準々決勝に駒を進めたが、次の相手は昨年もMMA甲子園に出場していた寝技を得意にしている優勝候補の選手だった。
『とりあえず顔面膝蹴りだけ狙え!相手が見えなくなった瞬間にとりあえず膝蹴りを高い位置に蹴れ!』青山さんの作戦はここに来て変更された。
素人に毛が生えたレベルの寝技では勝てないと判断して、相手が寝技を仕掛けてくるタイミングで膝蹴り一発で終わらせる奇跡に賭けたのだろう。
そして、ついに準々決勝が始まった。
すると開始早々相手が、タックルを仕掛けてきた。
それに合わせて膝蹴り繰り出すと、膝が完全に相手にめり込んでだのがわかった。
しかし、膝が当たっていたのは相手の顔面ではなく、ボディであった。
相手は苦しそうな顔をしていたが、再度タックルを仕掛けられ、寝技に持ち込まれていた。
下から決めようとしたが、逆に左腕が相手の両手でコントロールされていた。
腕が限界まで曲がってはいけない方向にいったので、ヤバいと思った次の瞬間
激痛とともに『バキッ!』と会場の歓声を掻き消す音がなり、静寂が訪れた。
その時、自分の腕が折られたと確信した。
対戦相手はこっちを見てニヤリと笑った。
会場の端で泣いているのをテレビカメラが追って来ているのを見て、少しだけ顔の映りを気にした。
病院に送られる時に、青山さんから『キムラロックの防ぎ方教えておけば良かったね』と笑いながら声を掛けられた。俺は愛想笑いだけして、下を向いた。
病院では、全治半年の大怪我と診断された。
格闘技はもう辞めようと心に誓った。
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