サブミッション

あらきんぐ

チョーク・スリーパー・ホールド

『なぁ健太、チョークスリーパーで締め落とされるのって、セックスよりも気持ちいんだぜ』格闘技好きの貴史は言った。


『へぇ〜、そんなに気持ちいいんだ。』


同じ中高一貫の男子校に通う俺も貴史も、基準となるセックスがどのくらい気持ちの良いものかもわからず、締め落とされる気持ち良さをひたすら想像した。


貴史はその次の週から家の近くの総合格闘技のジムに通い始めた。


少し興味はあったものの、格闘技と切っても切り離すことのできない、痛さとキツいであろう練習が嫌だったので、俺は通おうとは思わなかった。


だが、頭の中で無限リピートされているものが、国民的女性アイドルユニットの最新曲から、貴史のあの一言に変わっていた。


3か月ほど経ったある日、貴史と一緒に東西線で下校していると


『昨日のMMAキングみた?』と貴史はふと思い出したかのように、深夜の格闘技番組の話を興奮気味に始めた。


『観てないけど、なんか面白い試合でもあったの?』


貴史は待ってましたとばかりに、格闘技界で圧倒的な人気を誇る色白の日本人が、屈強な黒人をマウントポジションからパウンドアウトしたことを大ぶりなジェスチャーで伝えてくれた。


ひとしきりその試合の内容を伝え、達成感に浸ったあと


『あとMMA甲子園今年もやるらしいよ。今年は格闘技未経験でも出られるらしいから、健太も一緒に出ようよ!』

興奮気味に貴史は言った。


MMA甲子園とは昨年から開催された総合格闘技の高校生No.1を決める大会だ。


恐怖心を抱くこともなく咄嗟に『いいよ』と答えていた。


家に帰り一応母親に参加する旨を報告した。


止められると思ったが、ジムに通って練習するならいいよ、と条件付きでOKをもらった。

そして、参加費の1万円とジム代を支払ってもらい、近所の総合格闘技ジムに通うことになった。

すでに大会まで約1ヶ月となっていた。


次の日、貴史が通う近所の総合格闘技ジムに行った。


ジムの会長にMMA甲子園に参加したい旨を話した。

『うちのジムからは出せないなぁ。格闘技って団体のしがらみがあって大変なんだよ。』

急に会長がハッとした顔をした。


『ちょっと待て。今日はMMA日本チャンピオンの青山が練習で来てるんだよ。話してみたらいけるかもな!』そう言って、その場から会長がいなくなった。


数分経ったあとに、ジムの会長と女性が一緒に戻ってきた。

話を聞くと、その女性はあの青山の姉だった。


とても気さくに話をしてくれた青山の姉から

『田中くんも一緒に練習しようよ!』と言われ、


思わず『はい!お願いします!』と言っていた。


そして青山のいる練習場に言って、直接挨拶することになった。

青山は70キロライト級を主戦場に戦っている選手だが、常人離れした手足の長さには圧倒された。


『田中くんよろしく!』と言い握手を求めらた。


ここから青山と青山に師事する数名の選手とともに練習をすることになった。


MMA甲子園の参加申込書は、青山のお姉さんが大会委員に提出してくれることになった。



次の日、いつも通り貴史と帰る時に、昨日起きた出来事を話した。

『健太ツイてるな!俺はジムの会長にダメって言われたから出られないんだよ、、練習は付き合うぜ!』そう言いながら貴史はホッしたような目をしていた。


そのあと、初めての練習に参加した。

ジムの一角で青山たちとの練習が始まった。


練習が始まるといきなり青山から直接指導を受けることになった。


青山との地元時代の友達の高橋さんに生まれて初めてヘットギアをつけてもらい、

12オンスのグローバルを着けて、スパーリングが始まった。


スパーリングではいきなり顔面に衝撃が走った。

なにが起きたのかはわからなかったが、どうやら顔を殴られたらしい。


衝撃に驚いていると、身体は宙に浮いていた。


どうやらタックルを受けたようだ。

殴られないように必死に逃げようとしたが、青山にバックを取られていた。


バックになった青山は、俺の手の隙間にスッと手を入れ、首に腕を巻き付けた。


痛みは感じないが、スッーっと意識が遠くなるのがわかった。

危ないと思い、タップすると青山は力を緩め、意識が戻ってきた。


5分間のスパーリングで、同じ攻撃パターンを何度もやられた。

その時、初めて生身の人間から死の恐怖を植え付けられた。


やっと、ピリリと音がなり、スパーリングが終わった。


スパーリングを見ていたトレーナーの高橋さんは笑いながら、

『青山のチョーク・スリーパーはプロでも簡単に逃げれないからね!

7秒立つと落ちちゃうから、キマって抜け出せなかったら3秒くらいでタップしな!』言い放った。


その時、貴史の言っていた言葉を思い出した。


タップしないで落ちたら、「セックスより気持ちいいのか」と考えると、

練習で疲労した身体を嘲笑うかのように、自分のモノが顔を見上げていた。

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