第23話「勝利の行方」

「やあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 そのとき。オオミヤ公園に雄たけびが響いた――いや、男ではなく、女の子の、叫び声。


『大宮っ!?』


 雛子ちゃんの後方から、大宮が龍神の剣を手に火の玉鉄球に突っ込んでいた。退場時間ギリギリの四分五十八秒。大宮は、大上段に龍神の剣を構えて、鉄球に向かっていく。


 そして、激突する――。大宮の持つ龍神の剣と、川口の火の玉鉄球が。


 先ほどは吹き飛ばされた大宮だが、今回はそんなことにはならない。空中で、大宮と川口の力が拮抗していた。


『っ、今だっ! 浦和っ! 雛子ちゃんっ!』


 今ならば――川口は鉄球を動かすことができない。大宮が一か八かで突っ込んで止めてくれた『一瞬』――それを無駄にするわけにはいかない。


「はぃっ……! 『雛嵐』 ……桜乱舞っ!」


 雛子ちゃんの叫びに呼応して、雛人形たちが一気に川口に殺到する。桜の名所のオオミヤ公園に、雛人形の桜吹雪が巻き起こる!


 仕丁・随臣・五人囃子・三人官女・右近の橘・左近の桜・雪洞・男雛・女雛――、道具は失われたものの、全ての雛人形たちが川口に縦横無尽に襲いかかった。


「うっおおぉおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 鉄球を放って大宮と拮抗している川口は完全な無防備だ。すさまじいばかりの『雛嵐』を受けて、全身に傷を負っていく。一つ一つの攻撃は弱くとも、吹雪のような猛烈な攻撃は、大きなダメージになっていくはずだ。


「……はっ!」


 そして、浦和は手にした薙刀を投擲して、川口の胸部に突き立てた。


「ぐっあああぁ!? ぐっ、冗談じゃねぇぞぉっ! こんなんで、やられてたまるかよっ! ……お、らぁああああああああああああああっ!」


 しかし、川口は鉄の防御力を誇っていた。急所を外れたのか、斃れない。

 ならば、残りは大宮しかいない。


『大宮っ! 振りぬけっ!』


 気がつけば、俺はそう指示していた。


『いっけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!』


 俺の言葉に迷うことなく応えて大宮は上段から下段に向けて剣を振りぬき、火の玉鉄球を川口に向かって弾き返した。


「なっあぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 それはあたかも、ピッチャー返しの弾丸ライナー。


 ――ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 川口は、自らの放った火の玉鉄球の直撃を受けて、バトルフィールドから消し飛んだ。

 地面に、大きな鉄球の跡を残して――。


「はぁっ、はぁっ……! や、やったぁっ!」


 大宮は地面に下り立つと、肩で息をする。


 よくあのタイミングで意識を取り戻してくれた。そして、迷うことなく、飛び込んでくれた。完全に、大宮に助けられた。


「あ、ありがとうございますっっ、美也さんっ……!」


 雛子ちゃんが大宮に駆け寄る。


「……危ない!」


 しかし、そこを狙っていたのだろう。


 空から銃声が、振ってきた。……空から小銃の銃弾が降ってくるだなんて、非現実的だ。

 でも、それが実際に起こるのがサイタマスーパーバトルだった。


「へっ……」

「ぁっ……」


 雛子ちゃんの代わりに、ふたりを体当たりでどかした浦和が肩に銃弾を受けていた。

 そして、空から迷彩服に身を包んだ女の子が地上に着地した。

 かと思うと、ゴロリと横に転がって匍匐(ほふく)の姿勢を取り――銃を連射し始めた。


「きゃあぁあっ!?」

「ふわぁあっ……!?」

「……くっ!」


 鉄球が地面に炸裂した影響で、土煙が立っていた。それが、不幸中の幸いだった。

 おかげで、朝霞が放った銃弾は、三人にかする程度で済んだ。


『散開だ! 隠れろっ! 撃たれるぞ!』


 固まっていたら、まとめてやられる。俺は絶叫した。

 まだ、勝負は終わっちゃいない。


 俺の叫び声に弾かれるようにして、三人はそれぞれ散る。

 大宮と浦和と雛子ちゃんは半ばから折れている木々の陰にそれぞれ隠れ隠れた。


「……ご、ごめんなさい、浦和さん、私がぼやっとしてたせいでっ……」


 浦和のいるほうへ顔を向けて謝罪する雛子ちゃん。

 だが、それは相手にこちらの場所を知らせることになる。


『雛子ちゃん、しゃべっちゃだめだっ!』


「ふぇ……ひゃっ!?」


 すぐに銃弾が、雛子ちゃんの頬をかすめていった。

 もう少し顔を出していたら、やられていただろう。


『声や気配を確実に読んで狙撃してくるぞっ。極力、物音を立てちゃだめだ』


 俺の声は、チームの皆にしか聞こえない。だから、この場合は俺が指示を出すのが合理的だ。

 個別の視界のほかに、俺は三人の背後から見られる俯瞰モニターがあるのだから。

 前方を窺えない状態の三人にとっては、重要な目となる。


 しかし、相手の隠蔽能力は高かった。アスファルトのところに転がったあとは、どこに隠れたのか、わからない。おそらく、道路側の木々のうちのどれかに身を潜めていると思うが。


 そして、こちらは弓矢が離れたところにある状態で浦和は取りに行くことができない。雛子ちゃんの雛人形も相手を目視しないと攻撃できない。大宮は遠距離攻撃ができない。召喚獣は、水地じゃないと出せない。


 つまり、膠着状態だ。


 優勢であるから、このまま時間切れを待ったほうがいいかもしれない。それが、無難だ。相手を無理に倒そうとすれば、こちらがやられる恐れがある。リスクを冒す必要はない。


『……みんな、聞いてくれ。ここは時間切れを狙おうと思う。ただ、相手に狙撃以外にもスキルがあるかもしれないから、油断はしないでくれ。浦和は……怪我は大丈夫か?』


 浦和は無言で頷いた。 


『わかった。それじゃ、警戒しながら、待機だ。前方だけじゃなくて、周りこんだり空からの奇襲も考えられるから、気をつけてくれ』


 最後の最後で厄介な敵だ。浦和が身を挺して雛子ちゃんを救ってくれなかったら、雛子ちゃんはやられていた。


 そこで相手の狙撃が不成功になったおかげで、その後の連射の精度も下がったと思う。狙撃はメンタルがもろに出るだろうから。


 相手も、プロではない。そこは、女子高生ということだ。しかし、相手にはまだなにか武器がありそうな気がする。朝霞の妄想力は強そうだから、あるいは召喚獣を使える可能性だってある。


 そんなことを思っている俺の耳へ、ディーゼルエンジンを駆動したような音が聞こえた。そして、地面を蹂躙するキュラキュラという特徴ある音。まさか――!?


 そのまさかだった。前面に戦車が現れたのだ。

 ……そうだ、なにも武器だけとは限らない。戦車を召喚するなんて想像もありえたはずだ……!


 ドォオオッ……! ドガアアアアアアアアアアアアアアンッ!


 戦車の砲塔が火を噴き、大宮の近くの木を粉砕する。


『逃げろっ! この場にいると全滅するっ!』


 時間切れだなんてせこいことをしている場合じゃなくなった。戦車は圧倒的な火力で、次々と木々を破壊していく。川口の鉄球なんて目じゃない。まさか、戦車なんて出してくるとは……! 


 想像できるものならなんでもありなのだが、これは最後の最後の最後で強敵が出てきた。

 剣や薙刀では、戦車の装甲に傷をつけることぐらいしかできない。


「もうっ、なんてもの出してんのよっ!」

「……戦車を召喚するなんて予想外」

「はぅぅ……ど、どうすればいいんでしょうか……」


 三人は砲撃に追われるようにして、の北側へ逃げていく。しかし、そのまま永遠に逃げることはできない。作戦エリアの境界には『見えざる壁』が立ちはだかっている。


 朝霞の巧みな砲撃で、大宮たちは逃げ場を失って追い詰められている。しかし、それは空を飛べないことが前提の話でもある。


「そうだっ! 空に逃げればいいんじゃない!? 戦車なら、真上に向かって弾を撃てないでしょ!?」


 俺もそう思った。でも、それに気がつかない朝霞じゃないだろう。


『おそらく、朝霞はその瞬間を狙ってると思う。戦車の上に立ちながら、狙撃ということだって考えられる。見かけは戦車だが、召喚獣の一種だからな。わざわざ自分で操縦してはいないだろう。となると、ライフルを構えて、大宮たちが痺れを切らして空に飛び出すタイミングを待っているかもしれない。空には遮蔽物は一切ないんだから』


 想像にすぎないかもしれない。でも、その想像力というものが、サイタマスーパーバトルの勝敗を左右する。


「じゃ、じゃあ、どうすればいいのよっ……!」


 このままじゃ、ただ大宮たちを混乱させるだけだ。サポーターとして、なにかアイディアを提示しないといけない。


『空に……龍神を召喚してみるんだ』


 俺は、ひとつの可能性に気づいた。


「え、ええっ!? 無理よっ! だって、水の龍神なんだからっ!」

『でも、龍は空にも昇っていくものだろ? それに龍神は雨だって降らせる。ならば、空にだって龍は召喚できるはずだっ! 常識に囚われていたら、現実の戦いと変わらない。これは、想像力の戦いだ! それが、仮想バトル――サイタマスーパーバトルだろっ!?』


 俺の言葉に、大宮はブルルッと身体を震わせた。


「そ……そうよねっ! うん、サイタマスーパーバトルは、想像力の戦いなんだもんね!うんっ、あたし、やってみるっ!」


 大宮は素早く、その場で空に向けて呪文を詠唱する。

 その間にも、砲弾が次々と飛来してきて、近くに炸裂した。


「……龍神様っ! お願いっ! 出てきてっ!」


 大宮が空に向かって叫ぶとともに、青空は一転俄かに掻き曇り、雷鳴が轟き始めた。

 そして、突如として暴風雨が起こり、龍の姿が現れる――。


 空を圧する、龍の雄姿。

 大宮が以前、水面で呼んだ西洋風の龍神じゃなくて、今出現している龍は東洋風の神龍だった。


「お願いしますっ、神龍様っ……! 私たちを守ってくださいっ!」


 大宮の言葉に応えるように神龍の蒼い瞳が光る。そして、暴風雨がすさまじい勢いで戦車に向かって吹き始めた。


 濛々と上がっていた煙は吹き飛ばされて、戦車に乗っていた朝霞の姿を露わにする。そして、砲塔から撃ちだされた砲弾は暴風雨によって次々と爆破されていく。さらには、かなりの重量があるはずの戦車を浮き上がらせた。


「な、なんだとっ!?」


 驚愕した朝霞の声を残し、そのまま戦車は竜巻に包まれて、天高く飛ばされていく。朝霞が持っていたライフル銃も手から離れた。そして、朝霞自身は地上に転げ落ちていった。


「やったっ……!?」


『まだだっ! 勝利判定が出ていない! ライフルは手から離れたが、拳銃とかナイフとか持ってるかもしれないぞ』


「わかったっ! 最後は一対一で決着つけるっ!」


 大宮は龍神の剣を握り直すと、朝霞の落下点に向かって駆け始めた。


『ちょっ、大宮、暴走するなっ! 浦和と雛子ちゃん、フォローをっ!』


 走る大宮を追いかけて、浦和と雛子ちゃんが続く。

 そして、大宮の視界の向こうには、ボロボロになった迷彩服姿の朝霞の姿があった。手には銃器はなく、代わりにアーミーナイフを持っている。


「みんな、手出さないでっ! 最後は一対一で決めるからっ!」


 大宮は龍神の剣を構えて、朝霞と対峙する。


「ふっ、最後に小生に見せ場を作ってくれるとはな……! 恩に着るぞ、大宮殿! しかし、その甘さが命取りだっ!」


 朝霞はアーミーナイフを腰だめにして、大宮に突っ込んでくる。……速いっ!?


「っ……!」


 大宮は迎えつこともできずに、どうにかかわした。剣と違って、ナイフは構え直す必要がほとんどない。そのまま追尾するように大宮に突っ込んでくる。


『大宮っ! 剣を捨てろっ!』


 剣を持ちながら回避するのは無駄な動きが生じる。そして、相手の突撃は鬼気迫るものがある。

 ここは、反撃だなんて甘いことを考えていたら、やられる。


「う、うんっ……!」


 大宮は俺の言う通りに剣を手放して、回避に徹し始めた。


「ふっ、懸命な判断であるっ! よき参謀を持っているな、大宮殿! しかし! 小生は負けぬぞっ!」


 朝霞は劣勢にもかわわらず、楽しそうだった。強敵と出会い、闘えることが、なによりも嬉しい――そう表情が物語っていた。


「あたしだって、負けないんだからっ!」


 大宮は攻撃を回避しつつ、拳を叩きこもうとする。


『だめだ、大宮っ! やられるぞっ! 態勢を立て直して三人で当たれ!』


 嫌な予感がして、俺は大宮を制止する。


「もらった!」


 朝霞の頭部に拳を叩きこもうとした大宮の腹部がガラ空きになる。そこへ、朝霞の鋭利なアーミーナイフが繰り出された。


「――っとぉ!」


 しかし、大宮は攻撃を寸前で中止して身体を回転させて、間一髪、回避した。そして、回転の勢いを利用しながら、朝霞から距離をとり、背中を向けて逃げる。


「背を向けるとは、ぬかったな、大宮殿っ!」


 大宮の背中へ、朝霞がナイフを振り上げて襲いかかる。それなのに、大宮はそれ以上逃げない。

 なぜだ――!?


『大宮っ!』


「これで、終わりっ!」


 大宮はその場で、『オーバーヘッドキック』をした。


「はっ? ……ぶげごはぁっ!?」


 その場で回転する大宮に、驚きのあまり、間の抜けた声を発する朝霞。

 次の瞬間――大宮の渾身の蹴りが、見事に顔面に炸裂した。


「……最後は、サッカーで決めたかったんだよね。さっきは、野球だったから! 大宮公園には野球場とサッカー場あるからね!」


 そう言って、大宮はニッコリと笑った。


 ほんと、最後の最後まで埼玉ネタを抑えることを忘れない大宮だった。

 おまえが、埼玉ナンバー1だ。


 ……まぁ、思いっきりパンツの中が見えていたが……そんなところまで想像できているとはさすがというかなんというか(水玉パンツだった)。


 ともあれ、朝霞はもんどり打って倒れ込んだ。手からナイフは離れ、気絶したようだ。

 残り一人で気絶が出たということは、即ち、勝敗が決する。


「勝利チィ――――――――――――――――――――ム! サイタマ県央サイタマスーパーーーーーー! スクゥ――――――――――――――――――――ーーール!」


 間髪入れずに、司会の声が轟いた。


「ご覧のとおりぃっ! ただ今の試合はぁっ! サイタマ県央サイタマスーパースクールの勝利と相成りましたぁああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 皆様ぁ! 死闘を繰り広げた両チームにぃぃい! どうぞぉ、惜しみない拍手をぉおお! お願いっ、いたしっ、まぁぁあああああああああぁああああああああああああああああああすっ!』


 司会の声が響き渡るとともに、仮想フィールドが蜃気楼のように消えていって、元のサイタマハイパーアリーナに戻る。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 待っていたのは、興奮。歓喜。怒号。絶叫。人の言葉の嵐、嵐、嵐。

 数万人の観客から上がる声に、圧倒される。


 …………俺たちは、勝ったんだ。


 ついさっきまで夢の中で闘っていたような気分だったので、いきなりの観客の声に呆然としてしまった。それは、大宮たちもだったし、相手チームの四人も同様だった。

 そんな中、新座がいち早く爽やかな微笑を浮かべて、俺に手を差し出してきた。


「やりますね、サイタマ県央SSS。僕らの完敗です」

「いや……勝てたのはたまたまだ。一歩間違えば、俺たちは惨敗していたからな」


 俺は、新座と握手をかわす。


「ちっ……あたしが油断しなければっ……!」


 戸田は短い髪をぐしゃぐしゃとかき回した。


「ふっ、小生は十分に暴れられたから満足だ。よい闘いであった!」


 朝霞は晴れやかな表情をしていた。


「ま、やられちまったもんはしょうがねぇ! 俺たちの負けだぜっ!」


 川口はサッパリとした表情。切り替えが早いらしい。


「はぁ~、一時はどうなることかと思ったけど……うんっ! 楽しかった!」

「……最後の暴走はいただけないと思う」

「と、とにかくっ、憧れのサイタマスーパーバトルで戦いきることができてっ、本当に、よかったですっ……」


 大宮と浦和、雛子ちゃんも、それぞれ相手チームのメンバーと握手をかわす。こうして、俺たちの初めてのサイタマバーチャルバトル公式戦は勝利で終わったのだった――。


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