第16話「郷土愛好部創部!」
「んー♪ おいしーっ♪ 流香たんに食べ物を持ってくるとは、あんたたち意外と気が利くわねぇー♪」
で、とりあえず俺たちは保健室にやってきた。
ちなみに、保健室はH字の左下の部分にある。なお、職員室は左上。真ん中に、進路指導室や事務室がある。
流香先生は俺たちが持ってきたイチゴを食べてご満悦だ。ふたついっぺんに食べて、ほっぺたを両方膨らませている。
「まぁ、先生には世話になってますから……」
すっかり保健室が居場所みたいになっちゃってるし。
「まー、あたしも暇で仕方ないしねー♪ あんたたち意外に、利用者いないし。サイタマスーパースクールの生徒って、みんな健康すぎるのよねー。恋の相談とか持ってくれば、流香たんの『拳で語り合う☆恋愛レッスン』してあげるのにー♪」
この人に相談をしたら、恋愛が成就するどころか木端微塵になりそうだった。
「まーでも、あまり溜まり場になりすぎるのもよくないのかな。ちゃんと仕事しないと、弓姉にボーナスカットするって脅されてるし……」
確かに、いつも俺たちがいるというのも公私混同だろう。本当に体調が悪い人間が来たときに邪魔になる恐れがある。それは本意ではない。
「というわけで、じゃ~~んっ♪ 創部届~♪」
流香先生は白衣のポケットから、一枚の紙を取り出した。『創部届』ってことは、もしかして……いや、もしかしなくても、新しく部活を作るための用紙だろう。
「大宮っち、流香たんの昼寝スペースを確保するためにも、早いとこ『郷土愛好部』作って、部室を確保しなさいっ♪ 保健室で寝ているの見つかったら、ボーナスカットされるだろうから、あんたたちの部室を使わせてもらう♪」
どうしても、この人は寝たいらしい。
「いや、さすがに保健の先生が持ち場を離れて寝るのはマズいんじゃ……?」
「保健室に『流香たんコール』置いてくから大丈夫♪ それを押したらすぐに跳ね起きて飛んで行くからっ♪」
ナースコールみたいなものか……。きっと、流香先生はサイタマスーパースクール時代は授業をサボって寝てたタイプだろう。
しかし、まぁ。顧問を楽に確保できたのは悪いことではない。雛子ちゃんも普通に学校に通えそうな気もするし、さっさと部活を作るのもいいかもしれない。
「創部届けは、今週中だしねー♪ 普通は二年が三月の間に準備して、このタイミングで部を作ることが多いらしいけど、一年だけで作っちゃいけないって校則はないしねっ♪ 今なら、部室空いてるし、早い者勝ちっ♪ ほかに開いてた部室はすでに二年生の創部で埋まってるし。これを逃すと、あとは空き教室になっちゃうからっ♪」
となると、善は急げ状態か。
「えっと、それじゃあ、みんな……『郷土愛好部』に、入ってくれる……かな?」
大宮が、いつものようなグイグイ押して突っ走っていく感じではなく不安げな表情で訊ねてきた。
「どうした? らしくないな」
「あ、えっと……ちょっと、あたし、グイグイ行きすぎてたかなって……その、さっきも食堂で調子に乗ってサイタマトークしちゃってたし……いつも、実は反省してるんだよね。話し終わってから、熱くなっちゃったって……みんな、迷惑じゃないかなって……」
「そうだったのか」
意外だ。そんなことを気にするタイプではなかったと思ったのだが。確かに、あまりに熱心にサイタマトークをするものだから、少し引き気味になりそうなところもある。
オタクが自分の趣味の話に熱中して、周りをドン引きさせる――というシチュエーションと、似ているものがあるかもしれない。
――だけど。大宮が本当にサイタマのことを愛していることが伝わってくるから、不快な思いなんてなかった。普通はファッションだの芸能人だのに夢中な女子高生が一生懸命にサイタマトークをしている姿は微笑ましいところもあるし、地域の意外な知識や特産物を知ることができて、俺もサイタマに対する思いが変わりつつある。
「ひ、雛子っ……全然、大宮さんの話を迷惑だなんて思ってませんっ……! 大宮さんの話、とっても面白くて楽しくてっ、もっともっとサイタマのこと、知りたいって思いましたっ……! ですから、雛子っ、『郷土愛好部』に入りますっ……!」
「ひ、雛子ちゃんっ……」
雛子ちゃんから真っ直ぐに思いを伝えられて、大宮の瞳が潤んだ。本当に喜怒哀楽がわかりやすい。誰よりも明るいようで、一番泣き虫なのは大宮なのかもしれない。
「……最初は気が進まなかったけれど」
そして、次は浦和が口を開いた。いつもの無表情だが、どこか声は優しく感じられた。
「……私も、入っていいのならば、入らせてほしい」
「浦和っち……うんっ、もちろんっ、大歓迎っ!」
あの無表情で掴みどころのなかった浦和の心を動かしたのだから、大宮の突破力は大したものだ。
きっと、大宮が話しかけなければ、そして、刀香先生から副ホームルーム長を任されなかったら、浦和はずっと一人で学生生活を送ったと思う。
それは、俺についても当てはまるかもしれない。
大宮と出会わず、刀香先生のクラスにならず、浦和や雛子ちゃんと知り合わなかったら、才能のなさを思い知らされた俺は、クラスの隅でひっそりと毎日を送って帰宅するだけの青春時代を送ったかもしれない。
「……あんたも、入ってくれる? やっぱり……だめかな? あたし、ちょっと暴走ばっかりしてたし……けっこう失礼なことも言っちゃったし……」
これまでのことを思い出して無言になっていた俺を見て、大宮が不安そうな表情になっていた。
……ほんと、俺なんかのために、そんな顔をしてくれるなんてな。まだ会って一週間ぐらいなのに、本当にこいつは。
「俺なんかでよければな。俺も、『郷土愛好部』に入っていいのなら、入らせてもらうぞ。ただ食べるだけじゃなくて、大宮からいろいろ解説を聞きながら食べると、よりご飯がうまく感じられるから」
俺の言葉を聞いて――大宮は笑顔になった。にっこりと、そして、目の端にちょっと涙を溜めて。
「ありがとうっ! 雛子ちゃんも、浦和っちも、流香先生も、与野っちも……っ!」
大宮は笑いながら、涙を溢れさせていた。
「あはっ……! なんだろ、なんで泣いてるのかな、あたし……! 嬉しいのにっ!」
たぶん不安だったんだろう。おそらく……大宮は、過去になにか『拒絶』か『疎外』の記憶があったんじゃないかと思う。サイタマ愛が強すぎるばかりに。
そうではないと、あの不安そうな瞳に説明がつかない。明るい笑顔の裏側に、傷ついた記憶がありそうな気がした。
……でも、そんな過去のことは今はどうでもいい。大宮が自ら話したいときに、聞いてあげればいいことだ。
「ともかく、これで『郷土愛好部』結成だな。創部届、昼休みに書いちまおう」
部室があるとないとでは大違いだ。空き教室じゃ広すぎて落ち着かないし、やっぱり部室でみんなで駄弁るというのが、ある意味で、部活動の醍醐味のような気もする。
「うふふ~♪ あんたたち、私が見込んだとおりだわ♪ 青春って、本当にいいわね~♪こうやって次々と成長していけるんだから♪」
「でも、そんなに簡単に創部の許可って出るんですか?」
「大丈夫よ、心配ないから♪ なんてったって、流香たんが顧問なのよ? 異議を唱えるような奴がいたら、拳で語り合うもん♪」
いやいやいやいや……。大丈夫なのだろうか。顧問自らほかの教師に暴力を振るって、創部する前から部活解散になったらシャレにならない。
「ま、弓姉も刀香もいるしね~? そもそも郷研部があんなことになっちゃったから、代わりの真っ当な郷土系の部活はないとサイタマスーパースクール的にもね? 観光部はちょっとミーハーすぎるうえに、サイタマ意外にも旅行とか行っちゃうしね~。あれじゃ、大学のサークルと変わらないし。やっぱり、もっと地に足のついた、泥くさい部活が必要なのよ♪」
ミーハーそうな流香先生から、こんな発言が出るとは……驚きだ。
「ま、寝る場所確保するには観光部は人が多すぎってのもあるけど♪」
でも、結局はそこか。
「ともかく、ほら、さっさと書いちゃいなさいな♪ 名前書いて、活動目的書いて、活動内容を書けばいいだけだから♪」
流香先生は、テーブルの上に創部届とボールペンを置いた。
「よし……んじゃ、書いていくか。まずは、部長の欄だから、大宮」
「あ、うんっ……! じゃ、じゃあ……書くよっ」
大宮は椅子に座ると、ボールペンを手に取って、自分の名前を書いていく。意外と、字が上手い。
「……次は、私が書く」
立ち上がった大宮の代わりに浦和が椅子に座って、同じく名前を書く。サラサラと流れるように書いていった。
「次、雛子ちゃん」
「あ、はいっ……えぇと……」
雛子ちゃんは緊張の面持ちで、やや丸っぽい字で名前を書いた。
「よし、最後は俺だな」
三人に比べて字は下手なのが心苦しい。しかし……同じ紙に並ぶ名前を見て、改めて俺たち四人が仲間になったことを感じた。
「あ、流香たんもだったわね♪ さらさらさら~っと♪」
顧問の欄に、流香先生が自分の名前を書いた。……俺よりも、字が下手だった。
「あとは活動内容ね♪ 大宮っち、あんたが書きなさいなっ♪ 下書きがいるようなら、このメモ用紙使っていいよ♪」
「あ、はいっ! ありがとうございますっ、流香先生っ」
大宮は席につき、メモ用紙を前に、うーんと考え始める。
「な、なんて書こう?」
傍らにいた俺に、訊ねてくる。
「いや、別に難しく考えないで、大宮がやりたいことを書けばいいんじゃないか? 郷土への愛着を深めるために、歩くとか、食べるとか、調べるとか……」
「あ、そうだよねっ……! 歩いて、食べて、調べて……うんっ、そして、郷土への愛を深める」
大宮は俺の言葉をベースにして、文章を書いていく。
「あとは……その研究成果を発表するみたいな感じで、壁新聞みたいなのを作るとかすればいいんじゃないか?」
部誌みたいな感じで冊子にまとめるのも手だろうが、それだと労力が大きいうえに、ボリュームがありすぎると一般生徒も読んじゃくれないだろう。壁新聞みたいなものなら、とっつきやすいと思う。
「あ、いいねっ、それっ! うんっ……イラストとか、写真とか、いろいろつけて……みんなにわかりやすいの作ればいいよね! 与野っち、ナイスアイディア!」
まぁ、活動をしている証にもなるだろうしな。ただのレポートみたいなのじゃつまらないし。論文書くわけじゃないんだから。
「壁新聞、とても楽しそうですっ……!」
「……イラストなら、任せて」
雛子ちゃんも浦和も乗り気だ。
「浦和は絵が得意なのか?」
「……ん。写生するのが好き」
写生ってことは、けっこう本格的なのだろうか。『カマクラ文士にウラワ画家』はダテじゃなさそうだ。やはり、写真だけじゃなくてイラストでマップみたいなのがあると、親しみやすいな。観光地図もそういうの多いし。
「うんっ! なんかすっごい楽しみになってきたっ! みんなと郷土を巡って、壁新聞作るの、とっても面白そうっ!」
大宮は活動内容の欄に、『壁新聞の発行』を書き加えた。
郷土を歩き、郷土の食べ物に舌鼓を打ち、郷土のことを深く知る。そして、壁新聞を作って、多くの読者に知ってもらう。うん、これは立派な活動内容だ。
「いいじゃない♪ これで十分よ♪ あとは、流香たんが今日の職員会議のときに反対する教師二、三人ぶっ倒してでも通すからっ♪ 大舟に乗ったつもりでいなさいな♪」
どこまで冗談なのか、本気なのか。まぁ、これだけしっかりと活動内容が書いてあって部員も顧問もいるんだから、大丈夫だろう。流香先生だけじゃなくて、刀香先生や、教頭の弓香先生もいるし。
「あとはゆっくり休んでいきなさい♪ ベッド使ってもいいわよ♪ コーヒーと紅茶をあるから、どうぞご自由に♪ インスタントだけどね♪」
給湯ポットがあるので、好きに飲めるわけだ。喫茶店かここは、と思うも、生徒の相談を受ける場所でもあるので、そういうものも揃っているのかもしれない。
「えへっ、それじゃあ、お言葉に甘えて、ちょっと寝かせてもらいまーすっ!」
大宮が先陣を切って、ベッドに横になる。
「ほら、雛子ちゃんも、寝ておいたほうがいいよ? 久しぶりの学校で疲れてるでしょ?」
「えっ、あっ、は、はい……でも」
「ほら、遠慮しない遠慮しないっ、一緒にお昼寝しよっ?」
「そうそう♪ 休めるときに休んでおくのも大事よ~♪」
流香先生に文字通り背中を押されて、雛子ちゃんもベッドに移動していく。そして、上履きを脱いで、大宮の隣のベッドに座った。
「うふふっ♪ 本当にかわいいわね~、この子♪ 家に持って帰りたくなるわ~♪ よしよしっ♪」
「はわわわっ」
雛子ちゃんは流香先生に軽く抱きしめられる。
「ですよねっ! あたしもわかりますっ! 雛子ちゃんかわいくて、ネコみたいにモフりたくなりますもんっ!」
すっかり雛子ちゃんは大人気だった。女の子はかわいいものが好きだからな。
「……私もモフりたい」
あの浦和ですら、雛子ちゃんのかわいさにやられている。こういうとき同性だとスキンシップが取れていいと思う。俺が雛子ちゃんをモフったらセクハラにしかならない。
「ま、冗談はおいておいて♪ 少し寝ておきなさいな♪ ずっと張り詰めてると、疲れちゃうから♪」
昼休みが長いので、こういう時間の使い方もできるわけだ。食後はやはり休憩を取らないといけない。少しでも寝ると、シャッキリした頭で授業を受けられるし。
「浦和は寝なくて大丈夫なのか?」
「……問題ない」
浦和は籠に置いてある紅茶のティーパックをカップに入れると、ティーポットからお湯を注ぐ。
「……飲む?」
「え? 俺か? ああ、飲む、ありがとう」
もうひとつカップを取り出して、同様にお湯を注いでくれる。まさか、浦和からお茶を入れてもらう日が来るとは。
立って飲むのも行儀が悪い。浦和が席に座ると、俺も反対側の席に腰かけた。そのまま、ふたり揃って、紅茶を口に運ぶ。
会話は特にないが……こうして、向かい合ってお茶を飲んでいる時間というのも悪くない。大宮と雛子ちゃんは静かなところからすると、目を瞑って休むことにしたのだろう。
「与野っちも浦和っちも疲れてるなら寝なさいよー? 人間、なによりも大事なのは睡眠と食事とストレス発散だから♪」
まぁ、ここで浦和と俺まで眠ってベッドを全部占有するのもな……。もし誰か具合が悪い生徒が来たら、マズい。そもそも、あまり眠くないし。
そのまま、俺と浦和は無言で向かい合いながら、時折思い出したように紅茶を飲む。しかし、気まずさみたいなものはない。
「なんかあんたたち、老夫婦みたいね……」
俺と浦和は比較的口数が少ないから、そう見えるのかもしれない。
「ま、あの子たちはがんばり屋なところあるから、あんたたちでうまくフォローしながら、これからもやってきなさいね♪」
流香先生は、短い間で俺たちのことをすっかりわかっているようだった。格闘の達人は、相手の本質を見ることに長けているのだろうか。
「特に、与野っち! あんたは唯一の男の子なんだから、女の子たちのこと、しっかりとマネージメントして、プロデュースして、サポートして、ディレクションしないとだめだからね~?」
なんだかえらくやることが多い。アイドルグループのマネージャーじゃあるまいし。
「まぁ……自分のやれることはやっていく所存です」
俺になにができるかはわからないが。そもそも、ここまでほとんど流れで来てしまった。その流れは、流香先生と刀香先生によって作られたものだが。
「ほかのサイタマスーパースクールにも有望な生徒が入ったみたいだし、サイタマバーチャルバトルで勝つためには、与野っちがしっかりと女の子たちを支えないとだめよっ♪ がんばりなさいよー、色男っ♪」
そう。ここのところ郷土愛好部のことばかり考えていたけど、俺たちの本分はサイタマスーパーバトルだ。大宮・浦和・雛子ちゃんの三人には、ぜひサイタマ県央サイタマスーパースクールの黄金時代を築いてほしい。俺も、協力できることはなんでもしたい。
「新人戦は一か月後だから、それまでにチームの絆を深めておきなさいよね? 狭い部室で顔つき合わせてると、自然に仲は深まっていくものだと思うけど♪」
もしかすると、俺たちに部活を作らせたのにはそういう理由もあるのだろうか。
「流香たんもたまに寝に行くから、よろしくね~♪」
まぁ、深く考えすぎか。この人は寝る場所が欲しいだけな気もするし。
そんなこんなで。予鈴が鳴るまで、俺たちは保健室でゆっくりと過ごした。
結局、大宮と雛子ちゃんは疲れていたらしく、すっかり眠っていたようだった。
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