第7話「悪の郷土研究部」


 放課後になった。まだ入学したばかりの俺たちは、部活に行くこともなく、それぞれ帰宅となる。


 ちなみに、サイタマスーパースクールと言えど、体育系文科系合わせて部活はいろいろとあるらしい。一年生が帰るのを待ちかまえるように上級生たちがビラなどを持って立っているのが窓から見える。


 部活は別に強制加入というわけではないそうだ。サイタマバーチャルバトルの個人練習をするのもいいし、ある程度強いなら強化チームみたいなところに入るのが普通らしい。それらの情報は、以前、サイタマスーパースクールに通ってた姉の情報だ。


「大宮は……やっぱり、強化チームに入るのか?」


 俺は、帰り支度をしている大宮に訊ねてみた。あれだけ強ければ、引く手あまただろう。というか、上級生のほとんどを倒せてしまいそうな気がする。


「え? 別にそんなの入らないわよ?」

「えっ? そうなのか?」


 それは意外だ。てっきりサイタマバーチャルバトルに青春のすべてを捧げるタイプかと思ってたのに。


「じゃ、帰宅部か?」


 早く家に帰って、トレーニングをするというのも考えられる。あるいは、意外と勉学をしっかりやるタイプなのか。


「ううんっ! 帰宅部なんてつまらないじゃないっ! あたしはね、郷土研究部に入ろうと思うのっ!」

「きょ、郷土研究部……」


 ものすごい地味だった。明るく騒がしい大宮の印象とは、あまりにもかけ離れている。そもそも、思考力に乏しそうな暴走地雷女の大宮がまともに郷土の研究なんてできるのだろうか。


「……なんか、すごい失礼なこと考えてない?」

「いや……気のせいだろ」


 疑念がそのまま顔に出ていたみたいだ。ポーカーフェイスとは程遠い俺である。

 そして、ポーカーフェイスの塊のようである浦和はせっせと教科書を鞄に入れて帰宅する準備をしていた。


「ねぇ……浦和さんは部活入るの?」


 大宮が、話しかける。一度無視されているからか、ちょっと口調が自信なさげだ。


「………………入らない」


 また無視かと思ったが、浦和は低い声で答えた。そして、鞄を手に持って教室を出ていってしまった。


「……うー、なんであたし、こんなに嫌われてるのよ……」

「いや、誰に対してもあんな感じなんじゃないのか? それに、一応返事してくれただけいいじゃないか」


 答えたときには、もうすでに歩き出していたが。


「はぁ、気を取り直して郷土研究部に行こ――」


 そこで、ピンポンパンポンッ♪ と音がして、教室の上部に設置してあるスピーカーから校内放送が流れ始めた。


『んーっと、大宮とヨノッチ。あ、ヨノッチって与野のことね、1-3の。至急、保健室までレッツゴー♪』


 なんだこの自由すぎる校内放送は。もちろん、声の主は流香先生だ。


「なんだろ?」

「とりあえず、ろくな用事じゃなさそうな気がするな……」


 それとも、一応養護教諭らしく、今朝の怪我の具合を見るということだろうか。頭部の痛みはいつの間にか消えていたが。


「あーもー、めんどくさいなー……!」

「同感だが、無視するわけにもいかないだろ」


 別に放課後に用事があったわけではない。部活にも興味はないし、そのまま帰るだけだったからな。郷土研究部に行こうとしていた大宮にとっては災難だろうが。


 ともかく、俺たちは保健室へ向かうことにした。


☆ ☆ ☆


「やーやー、よく来てくれた、若人(わこうど)たち! そこへ掛けたまへ♪」


 俺と大宮が保健室に入ると、流香先生からえらく歓待される。

 教室で使うものとは違う応接用のテーブルと四脚の椅子がある。そして、テーブルの上にはティーポットがあって、クッキーまである。


「あの、何か用ですか?」


 大至急で呼ばれたのだ、これで何の用事もないはずが――


「へ? 別に用事なんてないわよ?」


 だめだこの人。校内放送を私物化している。そもそも、俺たちも私物化されている。これでは玩具扱いだ。


「ま、表向きは今朝の怪我の様子を確かめるってところだけどねー。でも、若いから大丈夫でしょ! 唾でもつけとけば治る! で、真の目的は、暇だから私の話し相手♪」


 なんてだめな養護教諭なんだ、この人は……。


「青少年の悩みを聞くのも仕事だからね♪ ほら、頼りになるおねーさんに、どんと相談なさい♪ 秘密は厳守するから♪」


 悩みなんてないし、こんな人に相談しても、なんら解決する気がしないのだが。


「あ、じゃあ相談ですけど……」

「大宮っ、お前、こんな危険な養護教諭もどきに相談するのか!? 年甲斐なく自分のことを『流香たん』だなんて呼ぶようなぐふはぁっ!?」

「それ以上言ったら、ぶっ飛ばす♪」

「いや、ぶっ飛ばしてますから! ぶっ飛んでますから、俺!」


 いきなりグーパンチで生徒をぶっ飛ばすとは、なんてぶっ飛んだ養護教諭なんだ。一応、俺、怪我人なのに。


「いやー、ごめんごめん♪ 生徒と拳で語り合うのが私の教育方針だから♪ もちろん、手加減しているうえに、さりげなく健康にいいツボとか突いてるから♪」


 とんだ地雷養護教諭だった。俺の周りには地雷しかいないのか。スクールライフは地雷原なのか。ツボじゃなくて秘孔だったらどうするんだ。


「えっと、レディに齢を意識させる失礼な与野っちは置いておいて……大宮っちの相談ってなぁに?」

「あ、はい……その、郷土研究部について、流香先生はなにか知ってますか?」

「あー……郷土研究部かぁ……」


 流香先生は遠い目をし始めた。


「えっと……この部活紹介の冊子を見ると、郷土研究部は活動を無期限停止するので新入生の募集を停止するって書かれてて……これから事情を調べに部室に行こうとしてたんですけど……」


 大宮は鞄から小冊子を取り出した。そう言えば、そんなものが机の中に入っていた気もする。俺と大宮が朝のホームルームに遅れていた間にでも配られていたのだろう。


「私も赴任したばっかりだから噂しか聞いてないけどねー、去年いた郷土研究部の連中が部費を使ってオオミヤの繁華街『南銀(ナンギン)』で豪遊した挙句、他校の生徒と揉めて喧嘩沙汰起こして、解散になったらしいわよー? しかも、けっこうな人数を大怪我させちゃったらしくて、四人全員退学らしい」


 なんという武闘派郷土研究部だ。荒くれものの集まりだったのか? 普通、郷土研究部って地味なタイプの人が部員なんじゃないかと思うんだが。


「そ、そうなんですか……」

「そ。だから、部室はたぶん閉鎖されてると思うわよー? なにっ? 大宮っち、郷土研究部に入ろうと思ってたの?」

「はい。もっとサイタマの歴史とか文化とか深いところまで知っておかないと、観光振興するにも底が浅くなっちゃうかなって」

「えらいね~、大宮っちは! どっかのフランクフルトとは大違いだ」

「そのあだ名はやめてください」

「じゃ、フランク与野! おっ、かっこよくない?」

「俺を謎の日系人にしないでください」


「もー、わがままだな、与野っちは~。ほら、どうせあんたみたいなタイプはどの部活にも入らないで無為に放課後を過ごすだけでしょ? どうせ暇なんだから、困ってる大宮っちのために、ひと肌脱ぎなさい!」

「全裸の変態扱いされるのは嫌なので、ひと肌脱ぐのは嫌です」

「もー、ちっちゃいなー、与野っちはー。せっかくだから、あんたたちであたらしい郷土研究部作っちゃいなさいよー♪ 郷土研究部の悪名は繁華街に轟いちゃってるから、別の名称にしてさ♪」

「そんなこと、できるんですか? 俺たち一年で入ったばかりなんですよ? というか、『あんたたち』って、なんで俺が部員になることが確定してるんですか!?」

「確か部長を除いて部員を三人集めて、顧問が一人いればいいっていう話だからさ♪ 私が顧問になってもいいから♪」

「へ!? ほ、本当ですかっ!?」


 大宮は大いに乗り気のようだ。こんな危ない人が顧問だなんて郷土研究部と同じ末路を辿る気がしてならない。この人、街中でも平気で暴れそう。


「私だってサイタマスーパースクールにいた頃は自分で部活作ったからね~♪ ほんと、楽しかったなぁ♪」


 そんな経験があったのか……。サイタマバーチャルバトルのトップバトラーとして君臨しながら、部活までやっていたとは知らなかった。いったい、どんな部活を作ったのか。気になるので、訊ねてみる。


「ちなみに、どんな部活だったんです?」

「私が作ったのは『道場破り部』♪ 最初は各サイタマスーパースクールの空手部とか柔道部とか剣道部を潰していって、途中からはサイタマ制覇のために繁華街とか夜の公園で怖い人たちとストリートファイト♪ いや~、あれは燃えたなぁ~♪」


 だめだ。こんな危険な人を部活の顧問になんて迎えられない。郷土研究部といい、なんでこんなに武闘派ばかりなんだ、この学校は。


「ま、名前はいつでも貸してあげるから、部員をちゃっちゃと集めちゃいなさいよ。あと二人なら楽勝でしょ?」


 やっぱり、俺も頭数に入っているのか……。


「うー……この変態もいないよりはマシかなぁ……」

「だから、俺は変態じゃないから! あれは不幸な事故であって、そんなもの好き好んで見せつけるわけないだろっ!? 俺だってけっこうショックを受けてるんだぞ!?」


 入学翌日に局部露出で退学とかあまりにも酷過ぎる。目撃者の教師がいてくれて本当に助かった。


「もうっ、怒りたいのはあたしのほうなんだから! うら若き乙女になんてもの見せてくれたのよっ!? 思い出しちゃうじゃない! このバカ!」

「そもそもお前がちゃんと前を見ずに自転車で暴走して池に突撃した挙句、足が攣って溺れるから悪いんだろ!?」

「し、仕方ないじゃない! 初日から遅刻だと思って焦ってたんだから!」


 やっぱり、俺と大宮が一緒に行動するのは無理があるだろう……。

 そう簡単に水に流せる話じゃない。


「まったく、与野っちもちっちゃい男だね~! そんなもの見られたぐらいで、ウジウジしないの! むしろ喜びなさい!」


 本当にだめだ、この人……。


「まぁともかく……俺は帰ります」


 結果として、俺の高校デビューは最悪だ。地雷女と地雷養護教諭に出会ったことで、木端微塵に爆散してしまった。さようなら、俺の青春。


 これからは、教室の片隅で静かに、目立たないように、余生を送ろう。来年のクラス替えになれば、新たな人生をやり直せる可能性もある。この一年、耐えよう。いっそ、文芸部なんかに入るのもいいかもしれない。読書好きだし。


「あ、本当に与野っち帰っちゃうの? こんな美人なお姉さんと一緒に話せる機会をむざむざ逃すなんて一生後悔するわよ? これでも私はサイタマスーパースクールにいたときは男女問わず毎日のように告白されたんだから♪」


 まぁ、美人なのは認めるし、見た目が若くて年齢をまったく感じさせない(普通に女子大生で通用する)のも認めるが、面倒事はお断りだ。


「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃない? 楽しい学生生活を送りたかったら、少しぐらい面倒なことをやるのも必要なのよ、若いんだからっ♪」

「いやまぁ、ともかく、今日は帰ります。ちょっと、帰って頭を冷やします」


 このまま流されていったら厄介な学生生活になってしまう気がする。確かに、帰宅部でいる限り楽しいイベントはほとんど起こらないかもしれないが……その分、面倒な思いもしないはずだ。


「保健室に美少女ふたりがいるっていうのに、与野っちの意気地なし!」


 なんか言ってるが無視する。そもそも、片方は少女という年齢ではない。

 俺は保健室から脱出して帰宅することにした。


 ちなみに、大宮の自転車と見られるものは保健室のガラス戸のところに置いてあった。どうやら引き上げたらしい。

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