第5話「大宮VS浦和~龍神伝説~」

「それでは、サイタマバーチャルバトル、開始だ!」


 刀香先生の声を受けて、池の岸で向かい合う形になった大宮と浦和が動き出す。

 大宮は池の南岸、浦和は北岸。


 どちらも背後には木々が生い茂り、傾斜がある。

 ちなみに、俺たちは二人を俯瞰して眺められるような高さの特設観客席にいた。


「よぉしっ! 一気に決めるよっ! くらぇええええええええええっ!」


 大宮は剣を下段に構えると、池の水面を滑るようにして、対岸の浦和に迫る。仮想武装を纏った者は、空を飛ぶことすら可能だ。

 思い描くことさえできれば、すべてのことができる、それがサイタマバーチャルバトルなのだ。


「……真正面から来るとは、バカですか」


 浦和は手に持っていた薙刀と背中の弓矢を一瞬で武装変換する。そして、目にも留まらぬ速さで矢を放ち始めた。


「そんなの想定内っ!」


 大宮は、飛来する矢を左右に身体を揺するようにして、かわしていく。まるで、スケート選手のような身のこなしだ。


「こちらこそ想定内です。……はっ!」


 大宮がよける動きを読んでいたように、大宮の身体の真正面に矢が飛んでくる。


「くっ……!」


 大宮は両手剣を目の前にかざし、剣の腹でその矢を受け止めた。自分から突っ込んでいきながら、向かってくる矢を正確に止めるとは神業だ。

 ちょっとでもズレたら、首か顔に刺さっているところなのだから。


「……まだまだですよ?」


 動きが止まった大宮に対して、浦和は次々と矢を射る。

 その動きは、まるで機械のように正確で無慈悲だった。


「あんっ、もうっ……! キリがないじゃない! いいわよっ! こうなったら、矢がなくなるまで全部凌いでやるんだから!」

「仮想武装の矢がなくなるわけがないじゃないですか」


 浦和は冷たく告げながら、さらに矢を放つスピードを上げていく。


「このぉ……! それなら、とっておきを出してあげるわよ! この日のために思い描いていた妄想を、見せてやるんだからっ!」


 大宮は飛来する矢を弾きながら、徐々に後ろに下がっていく。

 そして、元の対岸に戻ったところで――。


「お願い、出てきてっ! 龍神様……!)」


 大宮が叫ぶとともに、


 ――ザバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 突然、池から巨大な龍が現れた!


「――っ!?」


 あれだけ冷静だった浦和の表情が驚愕の色に染まる。もちろん、俺やクラスメイトたちもだ。

 なんで、いきなりあんなものすごい龍を召喚できるんだっ!?


「ほう、召喚龍を呼ぶか」


 ただひとり刀香先生だけが面白そうな表情をしていた。


「サイタマには龍神伝説があるんだからねっ……! その伝説を知ってからずっと妄想し続けてきたあたしの龍神は本物なんだからっ!」


 確かに……聞いたことがある。サイタマのとあるエリアに伝わる話だ。


 かつて江戸時代に湿地だった場所に用水路と新田を作ろうとした井沢弥惣兵衛(いざわやそべえ)が娘に化けた龍神から開拓を中止するように懇願された話や、龍神の祟りで村人が死んだ話など、いろいろなパターンの民話が伝わっている。龍神の鱗が納められているという伝承のある神社もある。


 ……まぁ、実際の龍神は、こんなバリバリのRPGみたいな西洋風の龍じゃないだろうが。そこは、大宮の妄想によるものか。


「龍神様! お願い!」


『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 大宮の言葉に呼応するように、目の前の巨大な龍神が咆哮する。それによって、洪水のような濁流が起こり、対岸の浦和へと襲いかかった。


「っ……!」


 浦和はまともにやりあうことを放棄して、斜面を駆け上がる。背後には『サイタマ百年の森』と呼ばれるエリアだ。ここは、それなりに高い。


 ――ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 龍神の放った洪水は対岸の木々をまとめて薙ぎ倒していく。浦和もまとめて木端微塵にされてしまったかと思われたが――……その中、斜めに飛び出していくひとつの影。


「……ふっ!」


 洪水を避けるように飛び出した浦和は、斜めに傾いた姿勢のまま矢を放つ。


「……へっ?」


 その矢は、巨体を誇る神龍の横を高速ですり抜け――大技を繰り出して慢心していた大宮の胸に向かって、吸い込まれるように突き刺さった。


「……きゃ、ぁっ……!?」


 大宮はそのままもんどりうって倒れこんだ。それとともに、龍神は消滅し、大宮の仮想武装も消滅する。


 浦和が流木の上に着地したときには空に『浦和文乃WIN!』というデジタル文字が表示された。


「ふむ、勝者は浦和だ。大技を繰り出された直後だというのに、実に冷静な判断だったな。なにも強敵である召喚龍を相手にすることはない。使い手を仕留めればいい。しかし、回避しながら正確に一撃で決めるとは、たいした腕だ。感心したぞ」


 勝敗が決して、バトルフィールドは元のグラウンドに戻っていく。そこには、ジャージ姿で呆然と立ち尽くす大宮と、涼しい顔をした制服姿の浦和がいるばかりだった。


 当然、どちらも傷一つ負っていない。仮想とはいえ、胸を矢で貫かれた大宮に精神的なダメージはあるだろうが。


「……う、うぅ…………あ、あたしが……負けるなんて…………」


 大宮は悔しげに呻く。


「……なにもショックを受ける必要はないわ……。わたしがサイタマで一番、仮想武装を使いこなせるのだから……」


 そう言って、浦和は踵を返して大宮から遠ざかっていった。


 ……『サイタマで一番』か。たいした自信だな。なぜそこまで言いきれるのかわからないが。

 しかし、尋常じゃない動きだから、説得力はある。


 とはいっても、大宮の召喚獣は本当にすごかった。これまでサイタマバーチャルバトルの映像を見てきた中で召喚獣を呼び出したサイタマバトラーを見たことはあるが、あれだけの召喚龍を呼び出した者は見たことがない。


「うぅ……もっと……もっと妄想しなくちゃ……! もっと妄想力を高めて、サイタマバトラーとして活躍して、サイタマの魅力を広めないと!」


 そして、大宮は単純にバトルバカというわけでもなさそうだった。

 サイタマの観光振興にも熱意があるみたいだ。


「それでは、残りの時間は各自、仮想武装と仮想魔法を使った自由稽古とする。バトルフィールドはさっきと同じ『オオミヤ公園』にする。各自、周りに気をつけて練習してくれ。ひとりで練習するもよし、相手を決めて戦うもよし。怪我をすることはありえないが、精神的にダメージを負ったものは無理をしないように。一応、保健室にメンタルケアの専門家がいるから、ケアを受けたいものは申し出てくれ」


 流香先生って、あれでもメンタルケアの専門家だったのか? さっきは傷ついた俺の心にさらなるダメージを与えていたんだが。


「……とにかく、練習だ、練習」


 朝のことを思い出して憂鬱になるが、とにかく目の前に集中する。大宮と浦和のような圧倒的な力を見せつけられたあとだと、自分のショボさに泣けてくるけど。


「ええと、火炎っ!」


 思い描きやすいように、具体的に名称を言いながら、火の魔法を使う。

 すると、ほんのりと手のひらが温かくなってきた。


「なによ、全然だめじゃない……。あんた、妄想力が足らなすぎなんじゃない?」


 傍にいた大宮から呆れたような声で言われる。


「し、仕方ないだろっ……! お前のように妄想力豊かじゃないんだから……! ええいっ、火炎球!」


 気合を入れて念じたおかげか、今度は手のひら全体に火炎球みたいなのができた。

 おお、これは上出来だ!


「見てろよっ! うぉおぉおおおお! ファイアーボール!」


 格好良くぶっ放すそうとしたのだが、


 ――ボトッ……!


 俺のファイヤーボールは、線香花火のように地面に落ちてしまった。


「ぷっ! ふふふっ! あはははははっ!」


 思いっきり、大宮に笑われた。


「笑うなっ! 傷つくだろっ!?」

「だ、だって……『ボトッ……!』って……あはは、あははははっ!」


 笑うのをやめられるどころか、さらに爆笑されてしまう。しかし、こいつの笑顔って、かなりかわいいな……。笑われているのにドキッとしてしまった。

 一応言っておくが、俺は人から蔑まれて喜ぶドMではない。


 しかし、周りを見てみるとみんなそれなりに仮想武装も仮想魔法も使えている。

 少なくとも、ちゃんと前方に魔法を飛ばすことぐらいはできている。


 改めて、学年最下位――どころか学校最下位レベルであることを自覚させられて凹む。

 わかっていたが、やっぱり俺の仮想能力はぶっちぎりで低い。


「……なんか、コツみたいなのはないのか?」


 変態扱いされていることは遺憾なのだが、やはり上達のためには卓越した仮想能力を持つ大宮に訊くのが近道だろう。


「コツ? そんなものないわよ! とにかく妄想すればいいの! あんなことやこんなこと、できたらいいなーってものを思い描けばいいだけなんだから!」


 なんの参考にもならなかった。これが、天才という奴だろうか? こんな暴走地雷女がすごい才能の持ち主だとは思わなかったが……。


「とにかく鍛錬あるのみだな……。でぇえいっ! ファイヤーボール!」


 妄想を具現化させて、火球を形作る。そして、正面に向かって放つ!


 ――ポロッ……コロコロコロ……


 落ちた火球は頼りなさげに転がっていって、一メートルほど進んだところで消滅した。


「ぷっ! あはははははっ! 線香花火の次はボーリング?」

「ええい、笑うなっ! 前に進んだだけマシだろ!?」


 さっきは落ちて消滅しただけだったからな! かなりの進歩だ!


「ほんと、あんた……仮想能力低いわね」

「仕方ないだろ!? 学年最後の合格者舐めんな!」

「最後って、あんた、試験で一番ビリだったの?」

「……まぁ、そんなところだ」

「あぁ、そっか……。ごめんね、つい面白がっちゃって」

「いや、わかってたことだからな。俺に才はないのは。でもまぁ、サイタマバーチャルスクールに入学することが目標だったから、それだけでも満足だ」


 スタート地点がゴールってのも、どうかと思うが。でも、普通科に行っていたら、絶対に後悔していたと思う。これで、ある意味で諦めもつくというものだ。


 初日にして、ほとんどサイタマバトラーとして活躍する道は閉ざされたようなものだが、こうして目の前で大宮と浦和のすごいバトルを見ることもできたし、あとは通常授業もしっかり受けて学力を上げて、ちゃんと卒業すればいい。


 正直、大宮と浦和の力は別次元すぎる。最初は希望とやる気に満ち溢れていたが、ここまで圧倒的な現実を見せつけられるとな……。


「ねぇ、大宮さん、いろいろと教えて~」

「私も、お願い……どうしても剣のデザインがうまくいかなくて……」


 親しみやすい性格の大宮のもとには、他の生徒たちも集まってくる。


 一方で。


 クラスメイトに背を向けて人を寄せつけないオーラを漂わせている浦和のもとには、誰ひとり近づかない。


 この状態のまま、ずっと浦和はサイタマバーチャルスクールでの生活を過ごしていくのだろうか? まぁ、浦和が孤高を貫こうとどうしようと、俺には関係のないことか。


 しかし、気になる。『サイタマで一番』と言ったときの浦和の表情からは、揺るぎない意志が感じられた。まるで、自分が『一番』じゃなきゃいけないかのような――。


「……それでは、本日のサイタマバーチャルスクールの授業はここまでとする。次の通常授業にもしっかりと取り組むように」


 サイタマバーチャルスクールといっても、サイタマバーチャルバトルに関する授業は二日に一度程度だった。学生の本分は勉強に変わりはない。


 こうして武器と魔法の世界に触れたあとだと、普通の授業が退屈に感じられるだろうが、才能のない俺は特にしっかり勉強しないとと思う。

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