第658話 良いものは良いが真理です
北条倫>武田亜衣菜『アホなのか、お前ほんとにアホなのか』13:42
北条倫>武田亜衣菜『LA脳になりすぎて常識を欠落させたのか』13:42
武田亜衣菜>北条倫『あり?』13:43
武田亜衣菜>北条倫『まぁまぁw』13:43
武田亜衣菜>北条倫『とりあえずOKってことでよい?』13:43
北条倫>武田亜衣菜『ああもう、わかったわかった。だいがOKだせばそれでいいよ』13:44
声を大にして虚空へとツッコミを放った俺は、その勢いのままタタタタッとメッセージを作成し送りつけた。
だが、そんな俺の気持ちは伝わらず。むしろ話を進めるように何故か同意を急かされて、俺はやけくそ気味に返事をした。
武田亜衣菜>北条倫『じゃあ菜月ちゃんに聞いとくね!』13:44
武田亜衣菜>北条倫『で、公式見た?』13:45
北条倫>武田亜衣菜『仕事中なんだな俺は!』13:45
そんな俺に
そして思う。本当にもう、どこまでいっても
変わった事もあるけれど、人の根っこなんてそうそう変わるもんじゃない。好奇心に逆らえない、それが武田亜衣菜という奴なのだ。
つーかさ、そもそも昔俺を振ったのはあいつなんだから、亜衣菜が俺の前科じゃなく、俺が亜衣菜の前科だろ。こっちが何年引きずったと思ってんだよ全く。……いや、でもLAと出会わせてくれたことを思えば、結果オーライってことでもあるんだけど。
って、いかんいかん。今はこんなことはどうでもいい。
とりあえず今は仕事しなきゃ。大会前に時間取られる要素は消せるだけ消しておきたいし。
そんなわけで、俺は脳内から
☆
「っしゃ! 終わったーっ」
窓の外が真っ暗になった午後5時26分、俺は既に全員が退勤し誰もいない社会科準備室内で大きく伸びをしながら、込み上がる達成感を口にした。
ちなみに途中で一度大和がやってきて多少の
とはいえ、この採点終了の快感はかなり大きい。冬休み前の大仕事の一つが終わった感が堪らない。……まぁ、成績付けって山場はまだ残ってるんだけどね。
あ、ちなみにそらは平均62点のところ、43点でした。……ううむ。
で、でもまぁ赤点じゃないからな! そこは返す時に褒めてやろう。どうせ数学とか英語はやばいんだし、倫理はクラス最下位でもないからな、うん。褒めるとこは褒めてやらないと。
ちなみにちなみに俺の補習を受けなかった十河は87点でクラス3位でした。……まぁあいつはお兄ちゃんが進学校の生徒なわけだし、学校ちゃんと来て授業ちゃんと聞くようなったし、そもそも地頭がいいんだよな。
とはいえ、みんな違ってみんないい。ペーパーテストの点数で人の努力は測れても、その本質は測れない。
なんて、採点を終えての振り返りをしつつ、俺は帰り支度を進めながら久々にスマホの画面に明かりを灯す。
そして色々来てた通知を無視し、ささっとだいに『これから帰る』と連絡する。
なんていうかね、こういうのちょっと夫婦っぽくて嬉しいよね。
そして大して荷物も入ってないビジネスリュックを背負って冷え切った廊下を歩き出しながら、ぱーっとスマホをチェックする。
スルーしたメッセージを確認すれば、グループトークの中で亜衣菜が合宿の場所が俺んちになったことを伝えてて……佐竹先生はOKか。レッピーは……まだ仕事中なんだろう、どうやら返事はないようだ。
これ以外にも風見さんからしょっちゅう送られてくるいつも通りのだる絡みみたいなメッセージとか、うみさんからのカステラ屋の営業メッセージが来てたけど、とりあえずこいつらへの返事は後でいいや。
とりあえず今俺には見るべきものがあるのだから。
そう考えて、俺は駅に着いたらすぐ見れるようにブックマーク登録したアイコンをタップしてから、足早に職場を後にするのだった。
☆
12月2日、水曜日、完全に日が落ちた午後6時10分。
ピンポーン、と聞き慣れた音を外側から聞くことへの違和感にそわそわしながら、俺は俺が今年1番開けたドアランキングNo. 1の扉が開くのを待つ。
そして待つ事数秒——
「おかえりなさい」
「ただい、まっ……っ」
「? どうしたの?」
「あ、や、ううん。その……」
「うん?」
「可愛いなって思っただけ」
「えっ……あ、ありがと」
「お、おう」
現れた黒髪美人に、俺は我が目と思考を奪われて、ちょっと童◯みたいな反応を見せてしまう。
いや、でも考えてもみてくれよ?
俺の好きな黒髪清楚なスーパー美人が、俺に会えて嬉しそうな控えめ笑顔を浮かべながら、シンプルながらちょいちょいフリルがあしらわれた可愛い水色のエプロン姿で出迎えてくれたんだぞ?
好き×綺麗×可愛い×笑顔×エプロンのコラボレーション。これぞ幸せのクインテット。そら照れるってもんだろう。
そんな俺の褒め言葉にだいも少し照れていて、さっきの幸せに×照れも足したらハッピーセクステットじゃん。なるほど、眼福とはこのためにある言葉だな!
と、そんな視覚情報に気を取られていたが、室内に入ってだいがコートとカバンを預かってくれ、俺が洗面所に行こうとしたところで、ハッとする。
「めっちゃいい匂いするっ」
「時間あったからね。今日は鱈を煮付けてみました」
「なにそれ絶対美味いやつ」
「んー、たぶん美味しく出来たかな?」
「だいの美味しい発言はそれ確定じゃん。やった」
視覚の次に働いた嗅覚が見つけた幸せに、俺はさらに喜びを募らせる。
本当もう、語彙力無さすぎるかもしれないけど、「好き!」としか言えないよね、これはもう。
昨日一昨日と色々あったけど、やっぱり二人でいると改めて好きだと実感する。
そして俺が手洗いとうがいを終えたところで、甲斐甲斐しくもコートとカバンをしまいに行ってくれただいが戻ってきて——
「みんなとの練習の前に色々済ませておきたいけど、ご飯とお風呂、どっちにする?」
「っ!!」
その問いかけに俺の脳が興奮する。
だってアレだぞ? これは古典的幸せの美学だぞ?
良いものは良い、そう思わせる幸せの二者択一だぞ?
あ、アレだぞ? 俺がいわゆる旧態依然の夫唱婦随みたいなことをだいに求めてることなんかないからな? これは全てだいの優しさがもたらす振る舞い。だから好きも溢れちゃうってわけですよ。
でも、こんな問いをもらったら——
「それともわ——」
「それは聞いてません」
「はぅ」
そして感じる、だいの眼差し。
真面目にやりなさい、そう告げる真剣な瞳が俺を捉えていて、俺は心の中でしょうがないと切り替える。
たしかに実際、残された時間は短いから。
「飯にはまだちょっと早いし、風呂入ろっか」
「ふふふ。実はもう沸いてます」
「おお、さすが」
そして三択目を失った俺が改めて最初の問いに答えると、だいは満足気ににこっと笑って俺の手を取る。
たぶんだけど、俺ならこう言うと思ってたんだろう。
さすがだい。
そして——
「ほら、着替えとかタオルとかもう出しといたから、早く一緒に入ろ?」
楽しそうに俺の手を引くその姿は、最早天使にしか見えなかった。
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