第634話 夜風に吹かれて
「それじゃおやすみなさいっすっ」
「またねっ」
月明かりを感じない雲がかって冷え切った夜空の下、静まり返った街中に気を使うような挨拶を交わしてから隣室の扉を開け、その中に消えていく二人のギャル。
「莉々亜ちゃんとカナちゃん、本当にりんりんの隣のお家に行くんだね」
そんな去って行った二人が帰って行った場所のあまりもの近さに亜衣菜が驚いていたのだが——
「そうみたい。でも莉々亜、鍵持つようなったんだね」
「あ、たしかにっ」
だいが気付いたことに俺は心からハッとした。そしてその内容に、胸の内でガッツポーズ。
だってそれはつまりもうあれだろ? 風見さんが夜中にやってくることがなくなった、ってことになるわけだろ?
すごいぞ
と、一人でそんな喜びを感じつつ——
「じゃ、おつー」
「失礼します」
階段上での隣家に消えた二人との別れの挨拶もそこそこに、先に階段を降りていた二人のところに辿り着けば、そこではブォンと夜の静寂を切り裂くエンジンの駆動音が響いていた。
その音が思い出させるのは数時間前のこと。俺も後ろに乗せてもらって……って記憶がじわじわ甦る。だが俺がそんなことを思っている間に、佐竹先生を後ろに乗せたレッピーが愛車の黒いバイクを駆って夜の住宅街に消えていく。
姿が小さくなっていくのは、あっという間だった。風になるってのは、たぶんこういうことなんだろうな。
そんなことを思っていると、ヒューっと吹いてきた風に「さむっ」と亜衣菜が身を縮こませた。俺が乗せてもらった時間と比べたら夜が更けるにつれ気温がけっこう下がってるし、少し風も出てきたみたいだから、正直かなり寒そうだ。レッピーは慣れてるのかもしれないけど。
「バイク女子かっこいいですよねー」
「恋々亞ちゃんの可愛さとのギャップやばいねっ」
「うん、分かる」
と、俺が寒そうだなぁなんてことを思う中、今また去っていった二人を見送り、俺の周りに残るのは三人。
その四人で夜の街へ歩を進めだし、沈黙になることなく穏やかに喋りながら5,6分住宅街を西進したところで——
「じゃあ私ここ曲がった先なので、失礼します。今日はありがとうございましたー」
「うみちゃんバイバイっ」
「おやすみなさい」
本当に家近所なんだなぁと思わざるを得ないが、うちとだいの家の中間くらいで、うみさんが変わらぬ笑顔のままペコっと頭を下げ一礼してから去って行った。
そして俺たちはついに三人に。
俺とだいと亜衣菜。なんだかんだで慣れ親しんだ三人になったわけである。
そんなトリオのフォーメーションは俺が真ん中で両サイドにだいと亜衣菜に……なんていつぞやの夢の国みたいなことはなく、車通りは全くないが、流石に路上ってこともあり、俺が一番道路側、真ん中にだい、一番歩道寄りに亜衣菜って形で歩き出す。
しかしまぁ、本当に亜衣菜はだいのこと好きなんだなぁ。さっきまでは俺とだいの前をうみさんと並んで話してたのに、いなくなったらすっとだいの横に来てすげぇ自然に腕を組むんだから。
……え? いや、別に嫉妬なんか今更しないよ。というか元々したことねーよ。だってだいが嫌がらないというか、そうやって仲良くしてくれることを喜んでんだからさ。ギスギスするよりは何倍もマシだしな。
隣を歩く美女二人に、俺はそんなことを思っていると——
「実を言うとね、今日の提案なかったら、りんりんにガンナー以外やってみてよって言おうかと思ってたんだ」
「え?」
雲がかった夜空から少しだけ月明かりが顔を見せた時、俺の顔を覗き込んでくる楽しそうな顔つきから、静まり返った夜の街に迷惑をかけないように配慮されながらも何故かどこか楽しそうな、無邪気な声が発せられた。
でもその声が告げた内容は全く予想してなかったものだったから、俺は思わず問い返す。
「だって全然勝てなかったじゃん?」
「それは、まぁ、そうだな」
「でしょ? もちろんみんなで戦略話してるのも楽しいけどさー、さっきも言ったけど、やっぱ結果出ないとだんだんしんどくなるじゃん?」
「まぁ、うん。分かる、けど……」
そんな俺の問い返しに答える亜衣菜の表情は、ついさっきまでの俺とだい以外がいた頃とは全然違った。そこにあるのはものすごく自然体の、ありのままのこいつを感じさせるもので、まるで小さい子どものような自由さがあった。
その様子から理解する。さっきまでのみんなと一緒にいた時のこいつは
いや、もちろん全て着飾ってたわけではないし、風見さんに土下座してた時なんかは素の亜衣菜だったと思うけど、さりとて、って感じがそこにはあった。
「もちろんあたしがガンナー以外なるのが一番編成のバリエーションあるけどさー……それやっちゃったら、たぶんダメじゃん?」
「それはそうだな」
「うん。それやったらゼロやんが叩かれそう」
「だよねー」
そしてズバズバと実は密かに思ってたらしいことが明かされたけど、初のPvPの大会で〈Cecil〉が【Vinchitore】のメンバーと組まないことすら危ういのに、その上ガンナーまでやらせなかったらどうなるかなんて、そんなの想像するに難くない。
それは流石に亜衣菜も分かってたようで、俺とだいの反応に苦笑いを浮かべていた。
「でもよく分かんない人とは組みたくないというか、話しづらい人はやだなって思ったからさ、菜月ちゃんから提案を受けてすぐに話し合いたいって言ったんだよね。でもやっぱり話してよかったっ。恋々亞ちゃんも弥生ちゃんもいい子そうだし、全然OKって感じだったよー」
そして表情を戻してまた語る亜衣菜の様子に、これから一緒に組んでいく二人への信頼感が伝わって、その様子に俺も改めてホッと胸を撫で下ろした。
佐竹先生については俺は分からないけど、少なくともレッピーはプレイヤーとして信頼出来る。きっと亜衣菜たちとのパーティプレイでも上手くやってくれることだろう。
いや、プレイヤーとしてだけじゃなく人としても……と、考えたところで、じわっと今日みんなと合流する前のことを思い出しかけて、俺は二人にバレないように小さく首を振った。
帰り間際のレッピーの様子は普通だったし、うん。きっと有耶無耶になるだろう。いや、なる。大丈夫。
そんな風に亜衣菜とだいが話す傍ら、思い出すと胸がざわざわすることを俺は一人ひっそり考えたり。
そう、結果的に俺たちはいいパーティを組めた。今日の出来事はそれだけだ。
そして——
「送ってくれてありがとね」
「ありがとっ」
「ん、おやすみ」
「おやすみゼロやん」
「りんりんおやすみっ」
そんなこんなで我が家を出てから歩き出すこと12,3分の0時23分、ようやくだいの家に到着する。
いつもならここからだいの家の玄関先で軽くイチャつくとこだけど、流石に今は亜衣菜がいるし夜も遅いしってことで、だいの頭をぽんぽんするに留め、俺はだいの家のオートロックの自動ドアの手前で爽やかに二人に別れを告げた。
ちなみに俺に頭を撫でられただいが一瞬甘えたそうな雰囲気を見せてきて、危うく亜衣菜の前で抱きしめかけたのは秘密である。
まぁ亜衣菜は亜衣菜で明らかに「いいなー」的な顔してたんだけど……って思うのは、流石に調子乗ってるか。
そして二人の姿が見えなくなったところで俺はだいの家に背を向け歩き出し、なんだか随分ぶりに一人になったなぁと、改めて広い夜空を見上げて感じていた。
本当に今日は色々あった。
笹戸先生と話したのなんかめっちゃ前のことに感じるし、我が家に七人もの美女を招き入れてたたか、正直なんでってレベルの話よな。
とは言え今日一番の出来事は……やっぱりレッピーとのことだろう。
いや、自分でもなんであんなことになったのかと聞きたいくらいだが……とりあえず言えることは一つある。
なんだかんだあいつ可愛いんだよな。俺に話してくる時の距離も近いし。
昨日の会話も思い返せば……もしかしたら出会う順番が違ってれば、ってことも一概には否定出来ない気がしてくる。
いや、とはいえ……。
と、俺は厚みを増した気がする雲がかった夜道を一人歩きながら、一人になったからこそ考えられることを考えだす。
これは誰にも伝えたりしない胸の内の話だが、性格を度外視して顔のタイプで言えばレッピーよりうみさんの方がタイプだし、面倒見の良さとか頼りがいを考えれば太田さんの方が上だし、なんだかんだほっとけないのは亜衣菜だし、ずっと一緒にいたいのは当然だい、なんだけど。
なんというか、レッピーには不思議な感覚を覚えるのだ。
……なんでだろ? 付き合いが長いからか?
いや、知り合った時期で言えば太田さんが一番古くて、次が亜衣菜だ。でも二人とは関わらなかった時間も長いか。
とはいえ付き合いの長さで言えばだいも長いし、付き合いの密度で言えば圧倒的にだいが濃い。
そう考えるとレッピーとは……。
「あー……」
色んな人と比べてみて、思うことは一つあった。
「一番気兼ねない関係だったのは、レッピーか」
ふと、そう独りごちる自分がいた。
いつも一緒にいてくれるからこそ、対人関係が苦手なのも分かってたから俺が面倒見なきゃって思いもあっただいと違って、レッピーとの関係には何かしてあげなきゃとか、面倒見なきゃなんて思いは欠片もなかった。
だってそれは向こうが求めてなかったし、俺も求めてなかったから。まぁ元々お互いたまたま入ったギルドが同じだっただけの、ただのギルドメンバー同士だったわけだしな。
でもギルド解散後も俺たちはお互いLAは続けてたから、腐れ縁って形でその後もオンの世界での関わりは続いた。
たまたまどっかの街で会えば話し、わざわざ誰かの時間取ってまで話すようなことじゃないくだらないこと言いたくなったらチャットして、ゲームとして人手が必要だったら互いに声をかける。別にインしない日が続いても気にしない、多少くだけた話をするのが多いくらいの、付き合い方としたら他のフレンドと同じ。
そんなちょっとだけ仲が良いだけのありふれたオンの世界のフレンドの一人。それがレッピーだった。
ほんと、思い返せば他愛ないことをたくさん話してきたもんだ。
「つまりすげー気楽な相手、だったんだな」
顔を知らなかったからこそ、LAでの関わりが全てだったからこそ、俺はレッピーに対してそう思っていたのだろう。
そしてそれはこれからも変わらない、はずなんだけど——
「……ううむ」
でも、リアルで知り合ってしまった。
そしてリアルでのあいつの中身は、それこそ俺の知るレッピーのまんまのいい奴だった。
けれどそこにリアルでの姿という情報が加わってしまった。
そしてそれが、俺が思っていた以上に可愛くて、中身と相まってちょっとドキドキした。
そしてたぶん、俺への好意を持っていた。
それがたぶん、今日の色んなことに繋がった。
「……いや、だからなんだって話なんだけどな」
歩きながら一人ぼんやり考えてみて、俺は立ち止まり自分の心に毒吐いた。
正直に可愛いなと思ったり、ドキッとさせられたことは、ここ数ヶ月他の人でもないわけじゃない。いや、ぶっちゃけ可愛い人はいっぱい出会った。
でも、俺の一番大切な人がだいなのは変わらない。
この考えがスッと浮かぶのに変なことを思ったのは、それはつまり都合の良い関係が……なんてことを本能的に考えたからに他ならない。
気づいてしまえばなんとまぁ己のクズなことだろう。
だいの家を離れて歩くこと12,3分。我が家の外観が見えてくる。
なんとなく立ち止まって空を見上げれば、そこには月の一切を隠すようにずっしりとした黒が広がる夜空がある。そんな暗い街中に、時折冷たい冬の風が吹く。もう師走だからな、そりゃ夜は寒い。
その寒さを思い切り吸い込むと、身体の中が一気に冷え込んでいくのを感じた。その冷たさが、俺の頭をクリアにしてくれる。それと同時に自嘲の笑みが思わず浮かぶ。そんな自分を嘲笑うかのように、もう一度冷たい風が吹く。
こんな自分はこの夜の風に吹き飛ばしてもらわねば。
俺の優先順位は決まってる。そしてもうすぐ始まる大会前に、リアルで変なことをしてパーティの関係に不和を与えるなんてあってはならない。
そう心に決め込んで、俺は再び歩き出す。
そんな矢先——
「……ん?」
歩き出し、我が家の階段が見えた頃、階段下に見慣れない、だが見たことのあるような物が見えたのだった。
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