第543話 男なんていつだって単純で、単純なくらいがちょうどいい

「え、ちょ、え?」


 エリア入場から5分、戦闘開始から3分。

 俺のコントローラーが動かなくなる。

 いや、コントローラーは動く。ただ、〈Zero〉が動かないのだ。

 

「ふふんっ」


〈Jack〉『ごめんこれはしてやられたーーーーw』

〈Earth〉『ひーw』


 そんな俺の死に、最早俺の仲間達は笑うしかない。その気持ちは、正直分かった。


 だって、あまりに呆気なく死んだのだから。


 正直まだ頭が受け入れてないところもあるが、戦闘の経緯はこうだ。

 まず双方1分強、バフの時間を取った後、俺たちはゆっくりとしたペースで前進した。

 今回もらったバフは攻撃力上昇、クリティカル率上昇、命中率上昇、移動速度アップの4つ。他にもジャックは回復用の魔法と相手のバフを1つ打ち消す魔法をセットしたようだった。

 で、そんな万全なバフをもらったにも関わらず、俺がいかように死んだかと言えば……まず3人で進んでいた俺たちの前に、大和が単身突っ込んできた。

 その大和を俺は迎撃せんと攻撃したが、どうやら大きな背中の背後には真実がいたようで、その攻撃はダメージを与えた直後、ことごとく回復された。

 しかも立ち位置的にちょうど大和が盾になっていたせいで俺に真実ヒーラーを狙うことが出来ず、そのままイタチごっこのように削っては回復され、結局じわじわ大和たちの接近を許す結果となったのだ。

 そう、ここまで俺は完全に大和と真実に意識を奪われていたのは間違いない。

 そしてそれに気付いた俺は姿を見せないだいはどこだと探し出し、どこにいるのか分からないだいへの警戒心を強めた。その結果俺の攻撃間隔が大きくなったのだが、おそらくそれに気づいたのだろう。ここまで移動速度上昇バフを受けていたことを隠していた大和が一気に俺たちのパーティと距離を詰め、あーすの横を突破してパーティ最後方に控えたジャックに襲いかかったのだ。

 当然そこにあーすが対応しようとしたが、そこに真実の移動阻害魔法が炸裂し、あーすがその場から動けなくなった。

 そしてジャックは大和からタックルを受けて硬直のデバフとなり、やべぇと思ったその時に、突如俺の画面に黒髪の少女が現れて、俺の背中から激しい一撃を見舞ってきた。

 そう、だいのシャドウスタッブだ。

 これ以上なく綺麗に、背後からのダメージボーナスを乗せた一撃が炸裂し、バフ効果もあったのだろう、俺のHPの1/4を削る一撃が炸裂した。

 そしてそこから逃げようとした俺よりも、自身のスキルと真実の魔法で二重に移動速度アップ状態となっただいがさらに迫り、カラドリウスエッジが発動し、俺のHPを大きく削る。

 さらに攻撃速度上昇も加わっていたのだろう、そのまま激しく迫る猛攻に、大和に狙われたジャックも移動が出来なくなってるあーすも俺に何かすることは出来ず……完全ワンサイドゲームで俺死亡。

 

 そしてこんな解説をしている間に何が起きたかは、最早語る必要もないだろう。


〈Jack〉『これは無理ーーーーw』

〈Earth〉『ばいばいきーん☆』


 そう。だい、無双乱舞。

 俺の死亡から割とすぐジャックが落ちて、そしてあーすはフルスキルで一定時間耐えはしたが、当然そこから逆転の目などあるわけなし。

 

 先ほどは3-0の完全勝利を収めたが、今回は0-3の完封負け。しかも俺たちは相手のHPをほとんど削れていないという、完敗も完敗。

 完全敗北を喫したわけである。


〈Senkan〉『ぶいw』

〈Hitotsu〉『勝ちました!』

〈Gen〉『はや!!w』


 この圧勝劇に勝ちチームは大歓喜。

 それに別チームで戦闘中のリダが反応するが、こちらチームは笑うしかないのも超えて完全沈黙のお通夜モードなのは言うまでもない。

 当然俺も、茫然自失。

 だってこの負け方さ、認めたくないけど……アタッカーとしてガンナーが弱いから、だよな。

 他のアタッカーはガードがあって、接近戦でもそれなりに対応出来る。

 でもガンナーは長距離から攻撃出来るメリットがあるとはいえ、接近戦に対して無抵抗すぎるのだ。

 逃げるにも足は早くないし、殴られれば照準はズレる。

 あの展開になったら、詰みなのだ。

 もちろん盾を大きく前に出して相手アタッカーを止めてもらえば戦えるが、その戦闘位置を読み違えれば即終了。

 ……少なくとも、今までの戦い方じゃ、トリオ戦じゃかなりお荷物だ。

 5人のスタンダード戦とか、15人のマッシブ戦ならもっと遊撃的に動けるだろうけど……ううむ。

 これ、亜衣菜と組んだところで、何とかなるのか……?

 楽しむことが1番ってのは考えとして変わんないけど、流石にこれは、楽しむとこまでもいけないぞ……?


 そんな悲観的な考えに陥って、口元に手を当てながら俯き加減に苦悩する俺だったのだが——


「いい作戦だったでしょ?」

「うおっ!?」


 不意にやってきたのは楽しそうな声と、柔らかな感触と、背後から俺をつかまえるように回された細い腕。

 全て予想していなかったもので、俺は思わず驚きの声を上げてしまったが、それは当然、俺たちのチームを木っ端微塵に粉砕してくれただいだった。

 こっちは負けチームなんだけど、という怒りは……別にない。負けは負け。1試合目は勝ちだったから分かる、勝つにも負けるにも理由がある。そういうもんだ。

 今の戦いの負けチーム目線で言わせてもらえば、言い訳しようのないこちらの完敗なわけだし。

 それにきっと、だい・真実・大和のメンバーを考えれば作戦立案もだいだろう。

 自分の作戦で勝てた。俺だけならまだしも、ジャックがいるチームにだ。

 だからこいつは、今こんなにも喜んでいる。

 それはよく分かった。


「ふふんっ」


 というか、そんな絶賛超ご機嫌なだいは、Tシャツごしにノーガード状態の二山が俺の肩とか首に当たってるって、気付いてるんだろうか?

 や、別にそこばっか意識してるわけじゃないぞ?

 でもほら、あの柔らかさはやはり至福の柔らかさ。それ故に無条件に気づいてしまう、それだけだからな?

 それにきっとだいは、今そんなこと気にしてなどいない。

 声の弾み方が試合前とは段違い。最早別人レベルと言っても過言ではないのだから。

 試合前の俺の煽りを見事跳ね除けて、自分の作戦で俺をかませ犬にすらならないレベルで倒し切ったのだから、それはもうかなり嬉しいのだろう。

 背後からギュッとされてるので振り返ってその表情を見ることは出来ないけれど、そのスマイルはスマイリーを超えて間違いなくスマイリスト。うん、絶対そう。

 ……え、そんな言葉ねぇよって?

 うん、俺もそれだと衣装とか合わせてくれる人みたいだなってちょっと思った。

 つまりまぁ、こんなどうでもいいことを考えなくては意識を完全に持ってかれるくらい、思いっきりダブルマシュマロが俺に当たってるのだってことはきっとお分かり頂けただろう。


「完敗だったよ。これじゃ2戦目前に俺が言ったことはただの俺の負けフラグじゃんな」

「ふふーん」

「いや、どんだけご機嫌なんだって……」


 そんなギリギリのラインでマシュマロと戦っていた俺は、冷静を装ってだいに言葉を返しながら顔を真上に向けると、見上げる俺の視線と天井の間に、それはもうニコニコの極みの笑顔が現れた。

 その可愛さったら……まるで少女のように純粋で、その笑みの前に俺はもう、負けて悔いなし。

 さっきの戦いでガンナーの弱さに悲観してなかったら、きっとそのまま押し倒してたレベルだね!


「ロバーもファイターも、強くていいなー」


 でも、そんなだいの笑顔を見上げたまま、俺はポロッと外に出すつもりのなかった言葉を漏らす。

 そう、これは俺の胸の内に留めるべきだった言葉なのだ。

 だってそれは、口にしたら認めることになっちゃうから。

 他の武器をやってる奴からの言葉ならなにくそと反論できるけど、他ならぬガンナーである俺がこれを発言するのは、意味が違う。

 だからせめて思っても外に出さないようにしようと思ったのに、屈託のないだいの笑顔の前に、俺の無意識は弱さを見せてしまった。

 蓋をしたかった心の声を、漏らしてしまったのだった。

 そんな俺にだいは少し驚いた顔をして——


「……落ち込んでる?」


 そう聞いてきた。

 いや、そりゃ負けたり自分が強いと信じてやってきた武器が弱いって思ったら、落ち込みもするだろよ。

 言葉にせずとも、俺はそれを視線で訴えた。

 すると——


「ダメ」

「は?」


 意味のわからないダメ出しに、俺は思わず顔をしかめて問い返してしまったが——


「らしくないよ?」

「え?」


 逆に問いてきたその言葉、見上げる俺の顔を見下ろしながら、慰めも笑いもなく告げられた。

 いや、でも「らしくない」ったってな、流石に俺だって落ち込むことくらい……そう思って、言い返そうと思ったのに。


「私の知ってるゼロやんは強いもん。何があっても気付いたら自分の盤面に持ってっちゃう。困っても負けても、ここからどうすればいいかを考える人だもん。だからそんな落ち込んでるの、らしくないよ」


 そんなことを、真顔で言ってくるわけだ。

 いや、そんなことない——

 でも今回は——

 だって現実に——

 「いや」、「でも」、「だって」。そんな言葉を使って言い返したい。

 言い返したいのに、今度は吐き出したい言葉が、喉から外に出ていかない。


「負けたからこそ、どうするべきか考えるの、好きでしょ?」


 そしてまた、ニコッとだいが笑ってみせる。

 そんなだいの顔を、俺はどんな顔して見上げていたんだろう?

 自分にはちょっと、分かんなかった。


「今回は私がたまたま上手くいっただけ。ゆめは強いからさ、勝てたらゼロやんはやっぱり強いって言えるよね」

「え? あ、あぁ。そうかもしれないけど——」

「じゃあ勝ってカッコいいとこ見せてよ?」

「っ」


 分かんないまま、見上げていると、今度は何かを思いついたような顔をだいが見せてくる。

 そしてゆめに勝てたらなんて、現実味のないことを言ってきて、それに俺が今度こそ弱音を吐こうとしたら、眼前にだいの顔が大きく広がって、天井なんかもう、全然見えなくなった。


「これは先払いね?」

「え?」


 そして数秒の後、すっと顔を離して、だいが俺に笑いかけてくる。

 その笑みはまるで唇に触れた柔らかな感触を俺に思い出させるかのように、美しくて優しくて——魅力的だった。

 でも、先払いって?

 そんな疑問を抱く俺に——


「ゆめに勝ったら、何でもしてあげる」

「え?」

「だからカッコいいとこ見せてよ?」

「……ったく」


 何でもなんかしてもらわなくても、もう既にたくさんもらってるのに。

 そんなこと言われたらなぁ、やるしかないじゃんか。


「言ったからな? 何でもだぞ?」

「うん。言ったよ?」

「明日は日曜だからな、その言葉後悔すんなよ?」

「ん、頑張ってね」


 売り言葉に買い言葉。

 本当は何も考えてないというか、だいならこんな約束なくたって、何でもしてくれるだろうと思うけど、俺はちょっと意識して、オラついた感じを出してみた。

 だってその方が強そうじゃん?

 ただそれだけのための言葉だったけど、だいがニコッと笑って応援してくれた。

 きっと俺の言葉に中身がないのは分かってる。

 でも、笑って応援してくれた。

 それだけでもう、頑張るには十分な理由がそこにはあった。


 カッコいい俺、か。

 それがお望みなら、見せてやるしかないじゃんな。


 そう心に決意して、俺は次の試合にどうやって勝つか、全力を尽くして考え出すのだった。

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