第169話 これからとこれから

 19時20分頃。


「おー! 倫! 元気だったかー!」

「うん、ただいま」


 俺と真実が玄関に行くや否や、両手にスーパーの袋を持った母がテンション高めに声を出す。

 母さんは今年でもう55になったというのに、全くもって元気いっぱい。

 父さんも還暦を迎えてなお元気だし、この前大和と介護の話したけど、この二人に介護が必要になる未来ってみえねぇなぁ。


 ちなみに昔は男前だったんだろうなぁ、という父さんよりも、俺も真実もどちらかといえば母さん似だとは自分でも思う。

 母さんと真実なんかほんとザ・親子って見た目だし、目鼻も口の形も輪郭も、そっくりなんだよなー。

 俺は目元だけは、父さん似っぽいけど。


「母さんも仕事お疲れ様」

「お父さんの給料減っちゃったかんなー、まだまだ頑張んねとっ!」


 おーう。

 まぁ一次定年したからだけど、給料減ったとかね、ズケズケと言われたらちょっとショックだろうなぁ……!


 母さんからスーパーの袋を俺と真実で一つずつ預かって、3人揃ってリビングに向かうと、台所の方からは父さんが揚げたであろう、からあげのいい匂いが漂ってきた。


「でも私も稼いでっから、心配ねーべっ」

「んだなー。でも、真実は嫁入り用にちゃんと貯めねばなんねべ。倫はちゃんと貯金してっかー?」

「はいはい、してるしてる。就職してからずっと貯めっぱなしですよっと」

「あ、でもお兄ちゃん彼女できたって!」

「えっ! ほんとだか!?」

「んだ」


 あ、完全に訛り移った。

 まぁ、俺以外全員訛ってると、もう無理です。

 こればかりは無意識に刷り込まれてんだろうなー。


 と、そんな俺の思いをよそに、母娘で俺に彼女が出来たという話できゃいきゃいはしゃぎだす二人。

 うん、親子だわ。


「孫が楽しみだなっ!」

「親子揃って気がはえって!」


 さっきも妹に言われたのとほぼ同義の言葉をかけられ、ぐったりする俺。

 いや、帰省した時くらいツッコミ休みたいんですけど!


「よし! 晩御飯にするべや!」


 と、ここにさらに台所から父さん登場。

 ほんと、賑やかな家族だよなー。

 思い起こせば、俺は何歳から両親にツッコミをいれるようになったんだったか……。

 

 座りなれた自分の席につき、談笑しながら父さんの作ってくれた夕飯を食べ始める俺たち。


 でもね、うん。ツッコミ疲れはするけど、落ち着く空気なんだ、これが。

 俺が生まれてからの18年間、真実が生まれてからの14年間、ずっと一緒にいた家族は、いつ帰ってきても温かく迎えてくれる。


 この家族なら、きっとだいのこともすんなりと迎え入れてくれるだろう。

 遠くない未来にだいを紹介したい、そんなことを考えながら、俺に彼女ができたトークから、両親の若いころの恋愛トークを聞いたりと賑やかな会話をしながら、我が北条家の愉快な家族は楽しい晩御飯の時を過ごすのだった。




 20時過ぎ。

 父さんの作ってくれた晩御飯を食べ終え、母さんと真実が片づけに行った頃。


「倫は、ずっと東京さいるつもりなんだが?」

「ん? んだよ」


 父さんが飲み始めた日本酒を一緒にいただいている時、少し真面目なトーンで父さんが俺に話しかけてきた。

 ずっと東京にいるつもりかってのは、ずっと東京で働くのか、って意味だよな。

 俺はそのつもりだって、昔話した気がするけど。


「んだば、真実が嫁さいったら、俺と母さんももっと小さいとこさ引っ越すかなー」

「え?」

おめがたお前たちもいつまでたっても子どもじゃねべないだろ?? 母さんと二人で、こんなでっけー家さいる意味ねべや」

「あー、まぁ、んだな」

「倫が戻ってくっかもしんねがらって、思ってたどもよ、東京で嫁さん見つけたんだば、あどは真実次第だな」


 そう言って父さんは小さく笑っていた。

 その姿は、俺のイメージより少し小さく見えた、気がした。


 いやまだ結婚するとか言ってないし。どいつもこいつも気が早い、と言いたいところだが、珍しく真面目なトーンで話してくる父の本音に、俺は何も言えず。

 俺は東京で働き続けるつもりだけど、両親からすればやはり、息子が東京で一人暮らししているというのは、どこか不安もあったのだろう。

 その優しさが伝わるからこそ、何と言えばいいか分からなかった。


「ちゃんとするってなったら、ちゃんと紹介すっから」

「おう、楽しみにしてっからな!」


 そう言っておちょこをぐっとあおる父。

 その姿は嬉しそうだけど、少し寂しそうな気もした、ような気がする。


 でも、いくつになってもこの人たちが俺と家族なのは変わらない。

 うん、やっぱりたまには帰って来るのもいいもんだな。


 その後も父さんとしばし会話をしたあと、片付けを終えた妹に急かされる形で掲示板の書き込みを確認しに、俺は再び2階の自室へと向かうことになるのだった。




「残念、何も書いてないな」

「むぅ」


 自分の部屋に戻り移転希望掲示板の書き込みを確認するも、特に連絡はなし。

 残念がる妹の肩をぽんと叩いて慰めた、その時だった。


 ブブッ、と俺のスマホに何かの通知が。

 誰だろ? だいかな? と思って俺がそれを確認すると。


武田亜衣菜>北条倫『ねーねー、ずっと放置ー?』20:24


 あれ、どういうこと?

 放置って……あ、そうか、ログインしたままだったんだ。


 まさかの亜衣菜からの連絡に、俺がブラウザを閉じてLAの画面に切り替えると。


〈Cecil〉>〈Zero〉『やっほー』

〈Cecil〉>〈Zero〉『掲示板の、りんりんの妹を名乗ってる人って、ほんものー?』

〈Cecil〉>〈Zero〉『おい、無視すんな!』

〈Cecil〉>〈Zero〉『泣くぞ!』


 と、1時間前くらいに亜衣菜からメッセージが来ていたようだった。

 え、てか、俺の妹を名乗るって……?


「え?」


 慌てて再びブラウザを開き、移転希望掲示板に書かれた真実の書き込みの備考欄を確認すると。


『01サーバーでプレイする〈Zero〉の妹です。お兄ちゃんと一緒にプレイしたく、移転を希望しています。よろしくお願いします』


 そんな書き込みが書かれていた。


「えっ、俺の名前出したの!?」

「え? ダメだった?」

「いや、え、身バレじゃん」

「んー、でもネットの書き込みだし、確かめようなぐね?」

「いや、そうだけどさ」


 確かめようとしてるやつがいるんですよね!!


 さて、どうしたものか……図らずもちょうど連絡は取ろうと思ってた相手ではあるが……。

 うーん、いいや、もうせっかくのタイミングだし、とりあえず連絡取るか!


「ちょっと俺電話するから、部屋戻っててもらっていいか?」

「え、彼女?」

「いや、違うけど」

「なーんだ。じゃ、私自分の部屋いっから、終わったら呼んでねっ」

「おう」


 ということで、真実に向かいの自分の部屋に移動してもらい、さっそく亜衣菜に電話をかける俺。


Prrrr.Prrrr.

『もっしもーし?』

「あー、ごめん、今実家にいてね。家族と飯食ってたんだわ」

『あっ、そうなの? え、電話して平気なの?』

「うん、それは大丈夫」


 電話越しの第一声は、少し不機嫌そうだったが、俺が実家にいるということを伝えると、逆に申し訳なさそうな声に変わった。


「ちょうどさ、連絡しようとは、思ってたから」

『え?』

「あ、でもまず書き込みの件だけど、あれは本物だよ。俺もさっき知ったんだけどさ、うちの妹、密かにLA始めてたんだって。で、帰省した俺を驚かせようとしたら、サーバーたくさんあるの知らなかったみたいでさ。違うサーバーって知って逆に凹んでんだよ」

『おー、妹ちゃんはりんりんのこと好きなんだねー』


 え、どっからそう思ったの?


『そういうことなら、お兄ちゃんに聞いてみようか? 誰か移転したい人いないかって』

「え、そんなことできんの?」

『うん。けっこう色んなサーバーで色んな人とプレイしたいってメンバーもいるんだよー』

「ほうほう。そうなのか」

『うん、今お兄ちゃんに連絡してみるね』

「お、おう。ありがとな」


 そういってしばし亜衣菜が静かになる。おそらく、ルチアーノさんにメッセージを送信しているのだろう。

 しかし、なんというか、こんなプライベートな話で【Vinchitore】を巻き込んでしまっていいものやら。


『よし、あとは連絡きたらまた言うね』

「おー、さんきゅ」

『うん。でもなんか、りんりんと話すの久しぶりだね』

「え、この前会ったばっかじゃねーか?」

『えー、それもう1か月以上前じゃーん』

「いや、社会人の1か月って最近だろ」

『うーん、でもあたしにとっては寂しかったけどなー』


 う。

 やばい、ちょっと可愛い。

 でも、この声に負けるわけにはいかない……!


「あのさ」

『なにー?』

「来週の日曜の昼とかって、空いてるか?」

『え、来週って、23日?』

「うん、ちょっと話せないかなって」

『うーん……23日かー……。どうしてもその日がいい?』


 あ、都合悪いのかな。となると、次の週の方がいいかな?


『でもいいよ。りんりんがその日がいいなら』

「え、ほんとに大丈夫なのか?」

『うん、他ならぬりんりんのためなら、なんとかしてしんぜよう』

「お、おう。さんきゅ」


 そう言って笑う亜衣菜の声に、ひとまずお礼を言う。


 なんだろうか、元々は他に予定あったっぽいけど。

 でもとりあえず亜衣菜の予定確保完了、か。


 あとでだいにも言わないとな。


『場所はどうするー?』

「あ、そうだな。亜衣菜が出やすいとこでいいけど」

『じゃあ、りんりんのお家は?』

「へ?」

『この前りんりんがうちには来たけど、あたしはりんりんのお家いってないよー?』

「いや、あれはお前が連れてったんだろうがっ」

『えー。でもほら、りんりんのお家なら何でも出来るじゃん?』

「おい、それどういう意味なのかなー?」

『えー、何考えてるのえっちー』

「いや、お前から――」

『ま、あたし夕方から別件があるから、そこまで時間あるわけじゃないんだけどねー。残念でしたー』

「お前なぁ……」


 相変わらず楽しそうに話す亜衣菜の声を聞いていると、どうにも昔を思い出してしまう。

 こいつはいつもそう。いつも自由で、楽しそうで。


 いや、いかんいかん。

 俺が亜衣菜と話すのは、だいとのこれからのため。

 亜衣菜とのこれからは、もうないんだから……!


『でも、日曜の昼って夜よりはどうしても目立っちゃうからさ。人の多い所よりは、少ないところがいいのは本音』

「ふむ」

『ということでよろしくっ』

「はいはい……わかりましたよ」


 押し切られる形となってしまったが、まぁ日程は譲歩してもらったので、止むを得まい。

 それにうちなら、だいも来やすい、かな。

 うん、でもこれはさっさと報告しよう、そうしよう。


『じゃあ、そういうことでよろしくっ』

「はいはい」

『あ、お兄ちゃんから連絡きた。掲示板の方に連絡してもらうってー』

「え、そんな簡単に見つかるもんなのか?」

『うんー。うちはほら、勝手に移転はできないから、こういう機会に食いつく人いるんだよー』

「あー、なるほど。メンバーも管理されてるってことなのか」

『そそ。じゃあ、妹ちゃんが移転終わったら会いにいくねー』

「おう、さんきゅーな」

『ん、じゃあ、ちゃんと親孝行するんだぞー?』

「おう。じゃあな」

『ん、ばいばーい』


 ガチャ、っと。

 いやー、すごいな、そんなあっさり見つかるもんなのか。

 でもとりあえずこれで、真実も喜ぶかな……って。


「何しとんじゃお前は」

「えっ、あっ、見つかったか!」


 亜衣菜との電話を切ってふっと扉の方を見ると、小さくドアを開けてこちらを覗く妹の姿。


「今の、女の人だよね?」

「ん? ああ。そうだけど」

「え、でも彼女じゃないって言ってたねっ」

「まぁ色々あるんだって」

「えー、何それっ」

「今の人に、移転の話頼んでたんだって」

「え、ゲームの知り合い?」

「そんなとこ。なんとかなりそうって言ってたから、掲示板確認してみよーぜ」

「えっ、ほんと!?」


 電話の相手が元カノなんて言えるわけもなく、話をはぐらかすように移転の話に切り替えたが、移転が出来そうという話を聞いて真実は嬉しそうな顔をしてくれた。

 こそこそと兄が電話をしているところを覗くとはけしからんやつだが、まぁ喜んでくれてるし、よしとしよう。


 俺のPCで移転希望掲示板を確認すると、たしかに真実の希望のところにコメントが来ていた。

 真実の〈Hitotsu〉と移転してくれるのは、〈Radio〉さん。うん、知らない名前だな。【Vinchitore】の人ってことはきっと強い人なんだろうけど。

 あ、即時移転希望ってことは、もう待っててくれてるのかな?


「ほら、この人が移転してくれるって」

「え、それで私はどーせばいいの?」

「まずは移転用の神殿に移動だ」


 あ、こいつは普通に女キャラなんだ。


 さっきはちゃんと見てなかったけど、キャラクターを移動させるためにLA内で動き回る〈Hitotsu〉の姿を確認すれば、そこには水色のローブを着た、黒髪ボブの可愛いヒュームの女キャラがいた。


 なんというか、自分に似せて作ったんだろう、どことなく顔つきが俺の〈Zero〉とも似ていて、ゲーム内でも兄妹というのをアピールしてしまうようでちょっと恥ずかしい。


「ほら、ここで移転希望の人の名前を入力だよ」


 真実の横に移動し、画面を指差しながら指示を出し、移転希望用のNPCに交換希望の相手の名前を入力させる。

 あんまりゲームもパソコンも得意なイメージなかったけど、その操作やキーボードの入力に淀みはなく、知らない間に成長していたんだなーとか、時の流れを感じちゃったり。


 そして真実の入力が終わり、エンターを押した瞬間。


「おー、移転ってこんな感じなんだ」

「え、お兄ちゃんも初めて見るの?」

「まぁな。移転なんてしたことないし」


 なんというか、うよんうよんとワープするような画面がしばらく続く。

 イメージ的には引き出しの中が四次元になってる、あの国民的アニメの引き出しの中の感じ。

 

 おそらくデータ内の引継ぎとか、そういうのやってんだろうけど。


 この隙に俺も自分パソコンの前に移動し、〈Zero〉を移転希望の神殿の前に移動させて、妹を迎え入れる準備を完了。


 そして。


「これで、サーバー移ったのかな?」

「とりあえず外出てみー」

「わかったー」


 自分の椅子に座ったまま少し待つと、俺の画面へ神殿の中から出てきた〈Hitotsu〉という名のキャラクターが登場する。

 無事移転できたようで何よりだな。


〈Zero〉>〈Hitotsu〉『ようこそ01サーバーへ』

「おぉっ! お兄ちゃんだっ!」

 

 嬉しそうな声に俺が振り向くと、そこには満面の笑みの妹の姿。

 その笑顔は、小さい頃から変わらない無邪気さで、思わず俺もほっこりした気持ちになる。


「じゃ、どっか冒険行くか?」

「うんっ! 行くっ!」


 実家に帰ってきてもLAやってるなんて、ほんとゲーマーだなとか自分でも思うけど、それを望んでるやつがいるならそれもいいだろう。

 

 〈Zero〉はさっそく〈Hitotsu〉とパーティを組んで、どこにいくかを考え出すのだった。





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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

 

 3本目難航中。

 暑くなってまいりました。皆様もお体にはお気をつけください!

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