第142話 盗み聞きの達人

 現在10時59分。

 大和からドライバーを交代した俺の運転は、まぁ何事もなく順調だった。

 ナビが示す到着時刻は11時38分。

 順調にいけばいい時間にリダたちと会えそうだ。


 車内もいい静寂で、運転に集中できるのもね、いい感じ。


 え? なんで静寂なのかって?


「いやー。みんな夜寝れなかったのかねー」

「まるで帰りみたいだなー」


 俺の運転開始こそ仕事の話やLAの話で盛り上がっていた車内だったが、15分くらい経過した頃に気づけばまずゆめの声が消えた。

 そして次第に会話する人数が減っていき、今に至る。


 絶好の快晴の中、車内に響くのは車の駆動音とクーラーの音のみ。


 あ、そういえばサングラス買い忘れたや。まぁいいけど。


「しかし、すっかり気に入られたみたいだな」

「いやー、そうなぁ……」


 みんなを起こさないようになるべく声のトーンを抑えつつ、ちらっとバックミラーに視線を送れば、大和に寄りかかってぴょんがすやすやと眠っている。

 この前のオフ会でも見た光景だけど、違和感ないのが不思議なもんだ。


「この前ぴょんとゆめが泊まってった時とか、何もなかったのか?」

「あるわけねーだろ馬鹿っ」

「そりゃそーか」


 毒づく大和だが、その反応に俺は小さく笑う。

 

 車内で起きているのは、おそらく俺と大和のみ。

 だいの姿は見えないけど、しゃべりかけてこないからきっと寝てしまったんだろう。

 ちらっと横目に確認すればゆきむらもジャックも窓側に寄りかかって眠っているし、俺の安全運転レベルが高いってことだな!

 助手席で寝るとかちょっと職務放棄だけど、まぁナビあるし、ゆきむらは眠っててもらったほうが色々安心である。


 大和が初めて参加したオフ会後の話は職場でも簡単には聞いたんだけど、あえてまた聞いたのはちょっとした嫌がらせなのは言うまでもない。

 やっぱり大和とぴょんがどうなっていくかは気になるところだし、何かあったら面白いよなとかね、思っちゃうからね。


「そういやさ」

「ん?」

「大和って最後に彼女いたのいつなの?」

「この状況で聞くかね君」

「いや、お前いつも俺の話ばっか聞いて、自分の話しないじゃん?」

「そりゃ倫が色々話してくれるからだろ」

「え、俺のせいなの?」

「まー、俺の話しても面白いもんじゃねーしなー」

「え、まさか今までいたことないとかかー?」

「この男前に対してなんてことを言うんだお前」

「いや、それ自分で言うのかよ」


 眠り姫たちに囲まれたこの状況で、会話するおっさん二人。

 いやぁ、シュールな状況だなこれ。


「まー、最後にいたのは1担高1の担任の頃だから、2年前か」

「あ、俺が星見台来る前はいたんだ」

「おう」

「長く付き合ってたのか?」

「そうな。大学4年の卒業旅行からだったから、4年くらいか」

「おー、なげぇな」

「社会人なったらやっぱ出会いって少ないじゃん? 主顧問なってからはもう惰性感あったけど」


 4年間か、俺と亜衣菜より全然長いな。

 大和が部活の主顧問なった頃ってことは、一度LAを引退した頃、大和の教員2年目だから……もう4年前か。惰性なってったのは、仕事忙しくなったせいとかそんな感じなのかな?


「水泳ってさ、夏のプールのイメージあるだろうけど冬とかも屋内プールで大会とかあるからさ、外部でプール借りて練習とかするじゃん? 場合によっては土日つぶれたりもするからさ、やっぱ会う時間減るとダメなってくんだなー」

「まぁ、そうだよな」


 近くにいても、心が離れたらダメだけどね!


「担任入ったら平日も早く帰ること出来なくなってったし、俺は仕事楽しいからよかったけど、民間務めの彼女からすれば、寂しかったみたいでなぁ」

「急な残業とか、読めない部分あるもんなぁ」

「そうそう。だから同業者と付き合ってる倫は、羨ましいと思うよ」

「あー、まぁたしかに俺とだいみたいなのはレアケースだろうけど、仕事に対する感覚が似てるのは確かに助かるな」


 80キロちょっとで安定の左車線を走りつつ、俺は大和の言葉に同意する。

 

 俺とだいは、同業者で、趣味も同じで、部活も同じだし、家も近い。

 なんだったら合同チームで練習するだけでも俺とだいは会うことができるし、ほんと恵まれてるんだよなー。


「自分らが子どもの頃はさ、土日の部活とか当たり前だったけど、やる側とするとなかなか大変だよなぁ」

「プライベートも考えると、そうなぁ」

「恩師の先生たちはすげーわ」

「だな。俺の高校の頃とか、普通に19時くらいまで部活やってたけど、あれってサービス残業だったんだよなー」

「分かる分かる。ほんと、その恩には今の子たちに返すしかできないけど、部活やりたがらない先生の気持ちも分からなくはないよなぁ」


 あれ? 気づくとこれ仕事への愚痴ですね。

 大和のプライベート聞いてたはずなのに、あっという間に脱線してしまった。


「部活やりたい! って生徒がいるとな、ちゃんと見てやりたいもんなぁ」

「あー、そうな。うちのソフト馬鹿たちから部活取ったら、抜け殻なりそうだわ」

「赤城がほんとお世話になりました」

「今さらいいよ。俺もあいつに助けられたんだし。うちのクラスも相良さがらが大和の世話なってるしさ」

「あ、そっか。あいつも水泳馬鹿だな。見所がある」

「よろしく頼むよ」

「って言っても、卒業まではみれねーんだよなー」


 あ、相良ってのは俺のクラスの男子生徒ね。水泳部に入ってる、筋トレ大好きな生真面目なやつだぞ。


「大和は次どこいくのかねー」

「んー、島の学校も考えてたけど、お前らと遊ぶの楽しいからなー」

 

 まだ異動の内示なんか出てないけれど、今年大和が異動するのはほぼ確定的なのは分かっていた。


 都立高校採用の教員は、基本的に初任校は4年間で異動することになっている。例外は、4年目が高2の担任をもっているか、よほど特殊な部活顧問をしている時くらい。

 高2の担任が途中で異動すると生徒に与える影響が大きいから、管理職が教育庁に具申すれば初任校でも5年間在籍できるのだ。

 俺は前の学校の2年目に担任に入ったから、すんなり4年で異動したけど、大和は2年間生活指導部にいたらしいから、3年目からの担任だったため今年で星見台5年目って感じだな。


「島じゃないと、定時制とかなるかもよ?」

「あー、それはそれで面白そうだけど、そうなると火曜の活動は行けなくなるか」

「そうなぁ。そこはリアル優先しかないだろうけど」

「倫みたいに全日制に異動されること願うしかないかねー」


 今年で大和がいなくなってしまうのは俺としても寂しいけど、こればかりは制度だからしょうがない。

 だいも来年で月見ヶ丘から異動だし、遠く行っちゃったらやだなぁ。


「ま、とりあえずどこ行っても一緒に飲みに行ったりはしてこーぜ」

「そうだな」


 しかしなんだか空気が落ち着いてしまった。

 大和と二人で飲むとだいたい後半はこんな空気になりがちなんだけど……ほんと、女性陣が起きていた頃からすれば大違いだな。


「この旅行が終わったら、仕事がんばんねーとなー」

「進路かー。大変だよな、マジで」

「そうそう。自分が高校生の頃は東京行くつもりだったから、偏差値に合わせて大学探したけど、就職も専門学校もあるってマジわかんねーわ」

「俺もそうだったわー」

「この辺はほんと、ベテランにマジ感謝」

「適材適所だなー」


 だいのいる月見ヶ丘は進学校だから、ほとんどの生徒が大学進学だから進路選びは経験を活かせるだろうけど、俺と大和の星見台はそうはいかない。

 星見台は某教育出版系の会社によれば偏差値は50には届かない。勉強嫌いな子もたくさんいるし、家庭によって経済状況も大きく異なるから、生徒によって進む先が大きく異なるのだ。

 いわゆる進路多様校。

 去年の卒業生の感じ、大学5割専門4割就職1割って感じ。


 約240人いる生徒たちどころか、担任してる約40人をそれぞれの進路に進めていくことらすら一人じゃ厳しい。

 だから分担するんだけど、それでもやっぱなかなかね、難しいよね。


 市原みたいに担任にべったりな奴は話もしやすいけど、やっぱ合わない奴は面談してもなかなか話進まないからなー。


 きっと大和も、初めての高3担任に悩んでいるのだろう。

 うん、ぜひとも頑張って欲しいところである。


「卒業式はご褒美タイムだからさ、それ目指して頑張れよ」

「いやぁ、ほんと俺もう入場で泣きそうだわ」

「生徒大好きだもんな、お前」


 そんな会話をしていると。


「トイレ!!」

「うおっ!?」

「いきなり!?」


 完全にまったりした空気の中、車内に響き渡るぴょんの大声。

 完全に油断していた俺も大和も、その声に驚いたあと、笑ってしまった。


 だが幸いに、あと1キロくらいで宇都宮到着前最後の大谷PAがあるようで。


「あんなにコーヒー飲むからだろー?」

「うっせーな! 生理現象だ!」

「あとちょっと我慢しろよー?」


 寄りかかっていたことには何も言わず、いつも通りの口調でぴょんをからかう大和は、ミラー越しにいい笑顔だった。

 それに返すぴょんの喧嘩腰な口調も、まるで長い付き合いを感じさせるような、そんな雰囲気。


 ぴょんの大声に他の奴らも少しずつ起き始める中、俺は左ウィンカーを出し、2度目のトイレ休憩へと車を動かすのだった。




「いや~、やっぱあちーなー」

「そうね」


 睡魔に勝てないというゆきむらとゆめのため、エンジンはつけたまま二人を車内に残しつつ、ぴょんが降りるために下車しなければならないジャックと大和、そして俺とだいの5人で俺たちは臨時のトイレ休憩へと向かった。


 足早に走っていったぴょんを大和とジャックが追いかけ、俺とだいはゆっくりとトイレへと向かう。


 俺はさりげなく二人になろうとしたわけだけど、だいも同じこと考えててくれた、かな?

 しかし照り付ける日差しとコンクリートからの反射熱で、体感温度はものすごい高い。


「ねぇ」

「うん?」

「私は忙しくなっても、分かってあげるからね」

「……え?」

「だから、私が忙しくなっても拗ねないでね」

 

 唐突に切り出された話の意図が、最初は分からなかった。

 だが車内で大和と話していた内容を思い出し、その言葉の意味を理解する。


「あー。なんだ、起きてたのか?」

「うん。ずっと」

「マジかよ」


 静かすぎるだろおい。

 盗み聞きとは趣味が悪いぞ!


 いや、でもあれだね。踏み込み過ぎた話しすぎなくてよかったわ!


「うん。私がどこに異動しても、一緒にいてくれる?」

「え、そりゃ、まぁ。どこに異動したって、別に会えないわけじゃないだろ」

「うん、そうだよね」


 急になんというか、ちょっと甘えた空気を出され、俺は困惑した。

 まさかのこのタイミングで可愛いですよ。


「なんだよ、急に?」

「ううん。……一緒に住めば、どこに異動したって毎日会えるわよ?」

「……え?」

「なーんてね」

「えっ!?」


 あのだいが、冗談を言っただと!?


 珍しく悪戯っぽく笑ったその顔に、俺の胸が高鳴る。

 しかも内容が内容だけに、暑さのせいじゃなく、顔が熱い!


 そんな俺を置き去りにしつつ、だいはさっさかトイレへと向かって行く。


 え? 同棲? 本気? 冗談? どっちだ……!?


 密かに大和との会話を聞かれていたこと以上に、まさかのだいの言葉にドキドキしたまま、俺はしばし炎天下も忘れて立ち止まるしかできず……。

 結局トイレから戻るのが1番最後になったせいで、「おせえ!」とぴょんに怒られたのは秘密だぞ!





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以下作者の声です。

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本作スピンオフシリーズである『オフ会から始まるワンダフルデイズ~Side Stories~』。現在は〈Airi〉と〈Shizuru〉のシリーズが完結しています。

 え、誰?と思った方はぜひご覧ください!

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