第134話 溢れた感情は
「ん~、眠いな~」
「んー……」
店外へと出ると、やはり月曜前ということもあり、もうすでに人影は少なくなっていた。
とは言ってもそれなりに人はいるけど。流石新宿。
寝起き状態のゆめはまだ眠そうに目をこすりつつ、ぴょんはまだほとんど寝ているに近い感じで、大和に寄りかかったりしてる。
一番安定感があるからだろうけど、はたから見ると、もはやすでにいい感じにも見える。
ちなみにゆきむらはしっかりとだいと俺の間にいて、俺の真横をキープ。
「ぴょん、一人で帰れるかしら?」
そんなぴょんの様子に心配そうな顔を向けるだい。
たしかにこのまま電車に乗せたら、どこまでも行ってしまうような気もしてしまう。
「ぴょんって、どこに住んでんだ?」
「えっと、たしか町田って言ってたはずよ」
「うわ、ってなると小田急か。一緒の奴っているの?」
「俺は総武線」
「私も」
「私は埼京線です」
「わたしは湘南新宿ラインだよ~」
「完全にバラバラかよ」
ぴょんに寄りかかられる大和はみんな答えに絶句。
新宿から近いのは、圧倒的に俺だし、これは俺がまた面倒見るパターンか……?
いやぁ、さすがに今日はだいと二人で帰りたいんだけど……。
「よしっ、じゃあわたしとぴょんはせんかんちにいこ~」
「はっ!?」
酔っぱらってんのか眠いのか、よくわからないテンションのゆめが、まさかの一言。
笑顔で言われた大和はもう驚きに驚いてた。そのせいで転びかけたぴょんを慌てて支える羽目になってたけど。
「いや、うちそんな近くねーぞ? つーか、俺明日出勤だし!?」
「だいじょ~ぶ、わたしは休み取ってるから~」
「いや、休み取ってるの意味わかんねーよっ!?」
ゆめに振り回される大和の姿に俺は苦笑い。
これはあれだな、きっと押し切られるな。
「だってさ~、ぴょん心配じゃん? でもゼロやんはこのあとだいから怒られるじゃん? そしたらそれしかないじゃ~ん?」
「いや、なんだその理屈!?」
「あ、ゆっきーもくる~?」
「え、あ、私は明日学校ですので」
「そっか~、よし、じゃあいこ~。せんかんのおうちどこ~?」
「いや、え、マジで言ってんの!?」
大和が助けを請うように俺を見てくるが、俺は諦めろという意味を込めて頷いてやった。
すまん、俺には助けられん。
「頑張れよ!」
「うん、ぴょんのことよろしくね」
「あとは若い人たちで楽しんでください」
いや、最年少は
「とりあえずほら、もう面倒だからぴょんのことおんぶしちゃえ~」
「いや、ぴょん起きろ!?」
「んー……」
焦りの表情を浮かべる大和だけど、残念ながらぴょんは起きる気配を見せない。
このぴょんの姿はほんとレアだなー。
「ああもう、分かったよ連れてけばいんだろ!? でもあれだぞ、付き合ってもない男の家とか、そんなホイホイ行くもんじゃねーぞ!?」
「だいじょーぶ、このまえみんなでゼロやんち行ったし~」
「え、マジ!?」
驚いた表情を見せる大和に俺は苦笑い。
でも、事実なので、ゆっくりと俺は大和に頷いてやった。
でも今度ちゃんと言お。決して俺の提案ではない、と。
俺の顔を見て腹をくくったのか、大和がぴょんを背負い、ゆめと並んで先に歩き出す。
その光景を眺めつつ、後ろから俺たちも歩き出す。
流石にないと思うけど、俺は後ろで手を組んで、ゆきむらの手がこないように対処です。
「私が起きなかったら、連れてってくれましたか?」
「いっ!? い、いや~、連れてくとしても、だいの家じゃないかな……さすがに」
「そうですか……」
隣を歩くゆきむらのまさかの質問に俺は苦笑い。ゆきむらの隣を歩くだいも、同じ表情だな。
俺の答えに少しゆきむらは残念そう。そんな顔しないでくれ。
「でも、やっぱり皆さんと会うと楽しいです」
「そりゃよかった」
「でもたまに二人で会ってくれてもいいですよ?」
「……いや、俺だいと付き合ってるから」
「そうですか……」
「今度3人でご飯でも行きましょ」
再び残念そうな顔を浮かべるゆきむらに、まさかのだいの一言。
え、3人って、マジすか!?
「大宮にね、行きたい中華屋さんがあるの」
「すごいな、大宮も活動範囲かよ……」
ゆきむらを挟んで聞こえてきただいの言葉に俺は苦笑い。
彼女の余裕かと思いきや、さすがの食欲に脱帽です。
「じゃあ、3人でオフ会ですね」
「そうね。あっちはあっちでこれから盛り上がっていきそうだし」
少し前を歩く3人を見ながら、だいとゆきむらは仲良さそうに話している。いや、歩いてるのは二人だったな。ぴょんは背負われてるんだし。
「何となく、ぴょんさんとせんかんさんがペアみたいになってますけど、ゆめさんはどうなんでしょうか?」
「ん~、ゆめはこの前付き合っていた人と別れたばかりだし、もう少し様子見なんじゃないかしら」
「そうなんですか」
「たぶんだけど」
隣から聞こえる普段通りのトーンの会話に一安心しつつ、俺たちはゆったりとしたペースで駅へと向かう。
たしかにゆめは今どうなんだろう?
中身はあれだけど、やっぱり可愛いんだから、作ろうと思えばすぐ彼氏の一人や二人できそうな気もするけど。
って、二人はまずいか。
そんなことを考えつつ、俺たちは新宿駅構内を目指すのだった。
「じゃあ、またね~今日はおつかれさま~」
「うん、今日は応援ありがとね」
「ぴょんさんのこと、よろしくお願いします」
「じゃあまたLAで」
「おう、みんなも気を付けてな!」
JRの改札を抜けて、俺たちは一度足を止めた。
大和たちは山手線で巣鴨に行って、そっから都営三田線に乗り換えるらしい。ゆきむらは埼京線だし、俺とだいは総武線だから、ここでお別れなのである。
一足先に離れていった大和たちを見送りつつ、俺とだいは並んで、ゆきむらと向き合った。
「だいさんとはライバル関係ですけど、私だいさんのことも好きですからね」
「うん、ありがと。私もゆっきーのこと妹みたいに思ってるわよ」
「ありがとうございます」
「ううん、じゃあ帰り気を付けてね」
穏やかな空気ではあるのだけど、やっぱりこの二人の会話は何が起きるか分からなくて怖い。
「はい。あ、ゼロさん私が一次試験受かったら、面接練習してくださいね」
「え? あ、ああ。それくらいなら……いいよな?」
「ゆっきーの合格のためだもの。それはいいわよ。私は、正直面接は得意じゃないから、ゼロやんの方が教えるのには向いてるだろうし」
「受かったらご報告しますね」
「おう、受かってるといいな」
「はい。ありがとうございます。それでは失礼しますね」
「うん、またね」
「じゃーな」
なんとも不思議な関係になってしまったが、そんな会話をして俺とだいは埼京線のホームへと向かうゆきむらを見送った。
ぴょんやゆめと違ってうちに来るとか言い出さなかったのはありがたい。
ゆきむらの考えてることってわかんないからさ、ちょっと警戒してたんだよな。
「じゃ、俺たちも帰るか」
「うん。とりあえず、ゼロやんちに行きましょ。話はそこからよ」
「あ、はい。すみません」
ゆきむらの姿が見えなくなった途端、優しい雰囲気だっただいの様子が変わる。
怒ってる、というわけではなさそうなんだけど、ツンツンしてるというか、そういう感じ。
こればかりはしょうがないんだけど、やっぱりちょっと、怒られるのが分かってるってのは、いくつになってもいいもんではないな。
先に総武線へと移動を始めただいに慌てて並び、俺はだいと二人で本日二度目の帰宅へと向かうのだった。
俺とだいが我が家に着いたのは、だいたい23時頃だった。
駅前には少しは人がいたが、俺が住む住宅街エリアへ進む途中すれ違う人はほとんどなく、その道を二人でほぼ無言で歩いたのは、ちょっとつらかった。
でも話は俺んちについてからって言ってたし、本番はこれから、なんだよな……。
「今日はほんと疲れたわね」
「そうだなぁ、おつかれさん」
「うん。試合後にオフ会は、ちょっとやるもんじゃないわ」
「あー、それは俺も思ったわ。流石に疲れたもんな」
「うん」
何気ない会話なんだけど、本題に入る前って感じがして、俺は疲れも眠気もどこかへ行っている状態。
いつものだいならけっこうくっついてきたりするんだけど、今ばかりはテーブルを挟んで、向かい合う形。
あー、緊張してきたわ。
「先に、今日の監督ありがとうって言っておくわね」
「え?」
「私じゃ、あの6回裏を立て直せなかったと思うし」
「あー……」
まずはそっちか。
もう今日の試合の記憶がだいぶ前のようなんだけど、まだ半日も経ってないんだよな。
「正直あの時はかっこよかった。あの時は」
「は、はい」
露骨に強調される分、その後のダメダメ具合が際立っちゃうね、これは!
いや、俺が悪いんです。分かってます。
俺を見るだいの表情は、褒めるでもなく、怒ってるでもない、真顔な感じなのが一番怖い。
「そのあとは0点」
「うん、すみませんでした」
「って言いたいところだけど」
「え?」
「せんかんに言わないでおいてって、頼んでおくの忘れてた私にも落ち度がないわけじゃないし」
あ、サプライズを計画してたってやつか。
たしかにそれは教えててほしかったけど……。
「それを踏まえて」
「うん」
「1点」
「いっ!?」
ひくっ! 刻み方パないな!!
「逆に試合でかっこよかった分、がっかりというか……」
「あー……」
「悲しかった」
「あ……」
そう言っただいの顔に浮かんだ、辛そうな顔。
今までと違う、オフ会の時には全く見せなかった、苦しそうな顔。
その顔の前に、俺は言葉を失う。
みんなの前ではクールな姿しか見せないのに。
いつも通りに振る舞い、ゆきむらの宣戦布告にも余裕を見せるくらいだったのに。
その顔を見るのは、怒られるよりも、何倍もつらかった。
その姿を前にして、今さらになって自分の情けなさに自分を殴り倒したい気持ちが湧き上がる。
一番大切な人に、こんな顔をさせるなんて。
きっとみんなといる時は抑えてくれたんだろうけど、それもきっとつらかったに違いない。
あー!!
俺はクソ野郎だ!!!
「……ごめん」
「私でいいのよね?」
「え?」
「ゆっきーにはああ言ったけど、その、ゼロやんのそばにいるの、私でいいのかなって……」
試合後の涙とは違う、別な意味で泣きそうになるだいの顔は、初めてだった。
そんな顔を浮かべて俯いた姿に、胸が痛む。
そうだよ。こいつは元々自己評価がすごく低いやつなんだ。
ゆきむらの前では、強がってただけなんだ。
ほんとはすごく、弱っちいやつなのだ。
だからずっと俺が支えてきた。
だいがみんなと遊べるように、俺が間に入って、補い合ってきたんじゃないか。
俺がだいを認めてあげなきゃいけないのに、結局だいを助けたのはゆめの力を借りてだし。
あー……マジなさけないな俺。
「情けなくて、ださくて、クズでごめん」
「え?」
顔を上げてくれただいの目には、涙が浮かんでいた。
でも、俺にはこいつが必要なんだ。
必ずそばにいてくれたのは、俺のやりたいことを、進みたい道を一緒に歩いてきてくれたのはだいだったって、この前気付いたばっかじゃないか。
ゆきむらにもそう言ったけど、あの時はまだ覚悟が足りてなかった。
だから、ちゃんと言わないと。
もうこんな顔、させないために。
「俺にはだいが必要だから、お前にそばにいて欲しいんだ」
「ほんとに?」
自分の想いが届くように、真っすぐにだいの目を見て、俺はそう言った。
嘘偽りない、俺の本心。
目の前の涙をためた表情に浮かぶのは、半信半疑の不安そうな顔。
こんな顔させてることが、本当につらい。
自分のせいということが、情けない。
俺は立ち上がり、だいの方へ近づいた。
「もうお前を泣かせたりしないから。俺のそばにいてください」
そう言って、だいを抱きしめた。
「ん……約束だよ?」
「ああ、約束する」
「絶対だよ?」
「ああ、絶対だ」
弱々しくも抱き返してくれるのが、嬉しかった。
うん、やっぱりそばにいてほしいのは、だいなんだ。
この温もりは、俺が守らなきゃいけないものなんだ。
「信じるからね?」
「大丈夫。大丈夫だから」
ほんとに、もうこんな顔はさせたくない。
だから。
俺の中に浮かぶ、ある人物。
いつかあいつにも、俺とだいの関係をちゃんと言わないと。
だいがちゃんと安心できるように。
不安にならずに、俺の隣にいれるように。
その決意が、俺の中に生まれたのだった。
―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―☆―★―
以下
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第3回オフで一番書きたかったのはこのラストなのです。
その割に文字数多いわけじゃないんですけど。
ちゃんと付き合ってから、だいこと里見菜月の性格をきちんと書くこともなかったので、このシーンが書きたかったのです。
彼女は人前で素の自分を出せない人間の典型です。
普段あえてこうした解説というか、作者の考えを書いたりはしないようにしてるのですが(コメントで書くことは多々ありますが)、あえて今回は書かせていただきました。
ちょろいって思われてるような気もしますが。笑
ちなみに意味深な決意をクズやんがしてますが、すぐにそちらの話にはいきません。
数話挟んで、宇都宮オフへと移行する予定です。
お知らせ(再掲)
本編とは別にお送りしている『オフ会から始まるワンダフルデイズ〜Side Stories〜』も更新されています。現在は2作目、episode〈Shizuru〉をお送りしています。
気になる方はそちらも是非お読みいただけると嬉しいです!
読者の皆様へ質問)
当初は1話あたりの文字数を3000ベースに考えてたんですが、最近区切りの関係でそれよりも多くなることが増えました。実はもう少し少ない方が(2000字くらい)短い時間でパッと読めて楽って思われたりしてないでしょうか?
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