第93話 得意不得意あっての人間
「ほんと、あの日のだいにはびびったわ」
「もう何回も聞いたわよその話」
「今でもやこぶとたまに話すぞ?」
「はいはい」
手の動きは止めずに俺たちは狩りを続ける。
既に時刻は午前1時前。
だがだいは全く時間など気にしないようで、狩りを続けている。
こいつ、まさか徹夜でやる気じゃないよな……?
明日というか、今日が日曜で、予定もないから別に問題はないのだが、こんな遅くまで自分の家に女性がいるという状況には少々戸惑いを覚えずにはいられない。
帰ってほしいわけではないが、なんというか、まだいてもいいのか? という感覚にはなる。
ほら、俺紳士だし?
「でもゼロやんがいなかったら、あのギルドには入ってないわよ」
「あー、まぁ誘ったの俺だしな」
「入ってたとしても、続けられなかったと思うし」
「え、そうか? 十分強かったと思うけど」
「覚えてる? 森林攻略」
「あー、古代トラ狩りか」
「うん。1回だけ、パーティシャッフルで私とゼロやんそれぞれパーティリーダーを任されて、攻略にいったじゃない?」
「ああ、やったな。どこのパーティが一番早く倒すか競ったんだよな」
「私は競うどころじゃなくなったけどね」
「あー、そっか。だいのパーティ失敗してたなー」
「うん。私はあの日のこと、よく覚えてる」
「たしかに、すげー凹んでた」
「……うん」
もう6年前の出来事なので茶化しても大丈夫だろうと思ったのが、予想以上にしおらしい反応が返ってきてびびった。
振り向いてどんな顔なのか見たかったけど、あいにくモニター上ではワーム型モンスターが俺たちを攻撃してきており、よそ見をすることはできない。
もう6年前か、懐かしいな。
ほんと、あの日のだいは凹んでいた。
あんなに凹んでいただいは、後にも先にもあれ以来だったからな。
1回目の拡張データである「大森林の誘い」は、今から7年前の10月、サービス開始から1年と4か月が経った頃に実装された。
追加されたバトルエリアはアバラル大森林という密林エリア。
その拡張データの配信から3か月後くらいに、この大森林の主という形で実装されたのが、Ancient Tigerという通称古代トラだ。
これもドラキュラ伯爵討伐やピラミッド攻略と同じく、45分制限のダンジョン攻略型コンテンツボスとして実装されたのだが、このコンテンツも最初まぁ、えぐかった。
今でこそかなり火力が上がっているから造作もないコンテンツになったが、当時のプレイヤーを苦しめたのは、このダンジョンの地形がランダムだったということだ。
基本的な地形は同じなのだが、大木が倒れていて進めない道がランダムに決められたり、出てくる中ボスの場所が変わったりと、かなりプレイヤー泣かせ仕様。
もこさんが率いる【Mocomococlub】の最強布陣をもってしても、古代トラまで到達できたのが3回目で、さらに古代トラの討伐に成功したのは5回目の挑戦だったくらいだしな。
ちなみに俺とだいはこの時選抜メンバーには入っていない。
だが選抜メンバーに入れなかったからといって、挑戦しなかったわけでもない。新しいコンテンツがあるのに指をくわえて待っているとか、そんなことゲーマーにはできないからね。
選抜外メンバーの中のギルドの古株が声をかけてパーティを組み、選別外メンバーでも古代トラ攻略はやっていた。
ちなみに古代トラの実装までの3か月間に、拡張データ配信に伴い上昇したスキルキャップ値である150まで、俺は銃とメイス、だいは短剣と樫の杖のスキルを上げていた。
だからギルド内でも俺とだいのメイン武器はこの2つって思われて編成されることが多かった。
挑戦を繰り返すうちに、選抜外メンバーでの編成もなんとなく固定化はしていった。
幸い俺とだいはセットのイメージを持たれてたから、選抜外メンバーで組む時も同じパーティにしてもらえたのは、当時の古株メンバーに礼を言いたい部分でもある。
残念ながら選抜外メンバーでは、もこさんたちより早い討伐はできなかったけどね!
でももこさんたちが討伐に成功したことで、ギルド内では攻略方法が共有され、段々と選抜外メンバーパーティによる攻略も成功し始めた。
もちろん俺とだいのいたパーティも、類に漏れず攻略をした。
そしてある程度装備がギルド内に行き渡った、もこさんの討伐成功から3週間後くらい。3月の初め頃だったかな。
プレイヤースキル向上のため、【Mocomococlub】内でのパーティシャッフルが告知された。
やはり安定して装備を取るためには安定した攻略が必要だから、古株メンバーを中心とする選抜外メンバーパーティも、この頃はほぼ固定化されていた。
いつも同じメンバーでプレイしていれば、お互いの癖などを理解した上で安定したプレイが可能になっていくからな。
でも、メンバーが変われば癖も変わる。
パーティシャッフルは今後もっと大人数でのコンテンツが実装された場合に備えて、ギルド内メンバーの誰とでも連携が取れるようにとたろさんが考案した【Mocomococlub】の伝統だ。
ちなみに俺とだいが加入する前に、ドラキュラ伯爵討伐でもパーティシャッフルは行われていたらしいぞ。
だが俺とだいにとって、それは初のパーティシャッフル。
当時の古代トラ攻略はボスが複数体の雑魚を呼ぶ仕様があったため、盾2名、アタッカー4名、後衛3名の9名編成が基本だったから、選抜メンバーの9人を除いた【Mocomococlub】のギルドメンバー45人ほどが5パーティに編成された。
普段あまり組まないメンバーと組むよう言われたのは、やっぱ緊張したな。
しかもパーティシャッフルの時は全員に多様な経験を積ませるという目的のため、古株以外のメンバーがリーダーに指名されるのだ。
そして偶然か故意かは知らないが、この時のパーティシャッフルで、俺とだいはそれぞれパーティリーダーに任命された。
そう、ずっと同じパーティだった俺とだいだったが、このパーティシャッフルにより初めて別パーティになるよう言われたのだ。
俺は前のギルドやスキル上げの主催である程度リーダー経験があったから大丈夫だったけど、だいにとってはスキル上げパーティ含めて初のリーダー。
まぁ、不安だったろうな。
「ほんと、ゼロやんがいないとダメなんだって、あの日は痛感したわ」
「いやー、まぁ俺はスキル上げでよく主催してたし、リーダー経験の差があっただけだって」
「うん、でもほんとに、私の分もゼロやんがみんなと色々話してくれてたんだなって感じた」
「まー、だいは人見知りだったもんなぁ」
背後から聞こえるだいの声は、昔を懐かしむような、穏やかな口調。
彼女が語る過去の話は、俺とだいしか知らない、あの日の記憶。
うん、俺は
きっとだいが6年前から好きだって人も知らないような過去を、知ってるはずなんだ。
……負け惜しみじゃないけどさ。
パーティシャッフルで古代トラ狩りを行う日、たろさんがみんなに言ったんだ。
〈Taro〉『一番早く攻略したパーティには、賞金がでまーすw』
〈Taro〉『もこさんの所持金より、メンバーそれぞれに100万リブラです!』
これには俺もびっくりしたね。
今でこそ100万リブラなら大した金額にも感じないが、当時プレイヤーの平均所持金は10万リブラくらいだったし、俺だって50万リブラしかもっていなかった。
100万あったら何が買えるかなとか、宝くじ当たったらみたいなことを考えたってもんだよ。
まじでもこさん、当時いくら持ってたんだろ。今はもう、想像もできないレベルだろうけど。
ちなみにパーティシャッフルは月に2回あったけど、こうして賞金が出るのはどうやらパーティシャッフルの1回目だけみたいだったぞ。
そしてその賞金目指して、各パーティの挑戦は始まった。
それぞれのパーティリーダーが同時にコンテンツ潜入手続きを取り、たろさんの合図で同時に攻略を開始。
俺のパーティメンバーは元々選抜外メンバーパーティでも組んでいた奴が1人、少しだけ話したことがある奴が2人、ほぼ話したことがないやつが5人だった。
それに対してだいのパーティには、たしか元々組んでたのが2人はいた気がする。あ、やこぶもだいのパーティにいたね。
結果だけを見れば、俺のパーティは2番目の早さにコンテンツをクリアした。
たしか1位は〈Kanachan〉が率いたパーティだった気がする。
そして3位、4位とクリアするパーティが出る中、唯一だいのパーティだけが、タイムオーバーでダンジョンから排出された。
やこぶから聞いた話だと、ダンジョン攻略中の分岐ルートで、右に行くか左に行くかでパーティメンバーが揉めたらしい。リーダーとしてだいが決断を下すべきところだったのに、その決断もなかなか下らず、タイムロスが多かったとか。
さらに中ボスとの戦闘も盾役とかみ合わず、ヘイトが上がり切る前にだいが仕掛けて攻撃を受け、回復魔法を唱えた後衛にも中ボスのタゲがいって死んだりと、なかなかのぐだぐだっぷりだったらしい。
極めつけは「ヘイト上げるのが遅い」って、だいが爆弾投下。
おかげでパーティの雰囲気は最悪になり、そのままギスギスしたまま、
排出されたあとも、だいのパーティだけなんか揉めていたのは今でも覚えてる。
あの日のだいは、ほんとかなり凹んでた。
だから、やこぶから話を聞いた俺は、だいを慰めようとメッセージを送ったんだ。
落ち込む相棒のピンチに何もしないとか、できなかったからな!
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