第53話 天才軍師:俺

 時間いっぱいまでもふもふたちを可愛がり続け、まもなく触れ合いコーナー終了の時間。


「あ、こいつう〇こしやがってた!」

「別に、生き物はみんなするわよ」


 そっと膝の上の子を戻そうと持ち上げたら、俺の膝の上に転がる小さい黒い粒たち。

 そりゃ、犬とか猫とかに比べたら、草食のこいつらの糞は大したことはないけどさ!


「そんなおっきな声出さなくてもいいのにねぇ? またね、ばいばい」


 そんな俺に呆れるように優しい声を出しながら、俺に続いてだいもそっともふもふを抱きかかえて地面に下ろす。

 ばいばい、とモルモットに小さく手を振るときも、もちろん笑顔だ。


 いやぁ……動物に優しいだい、良い!


「付き合ってくれて、ありがと」

「え、ああ。可愛かったし、むしろ誘ってくれてありがとう?」

「ありがとうの言い合いとか、変な感じね」

「そうだな」


 自然と笑い合う俺たち。

 ナイスだぞもふもふ! 

 だいの笑顔を引き出してくれた、MVPはお前らだ!


 しっかりと手を洗ってからふれあいコーナーを離れ、俺たちは園内を適当に歩き始めた。

 閑散としているからこそ、好きに見られて、やっぱ平日はいいなぁ。

 平日に遊べるとか、学生までの特権だよなー。

 しかも隣に美人。うん、仕事頑張ってる甲斐があるよ……!


「そういや、夜は行きたいお店あるんだっけ?」

「え、うん。でもまだけっこう時間あるわね」

「まぁ、まだ夕方なったばっかだしな」

「2件行くって手もあるけど……」

「え、本気で?」

「え? あ、じょ、冗談よ!」


 いや、今のは絶対本気だった。

 垣間見るだいの食欲。こいつの身体の、どこに吸収されて……あ、胸か?

 あ、こんなこと考えてるのは、絶対に秘密だからな。


「じゃー」


 そして俺のある名案が浮かぶ。

 きっとこの案にだいは乗るだろう。

 そして俺の策にハマるがいい!


「猫カフェでもいくか?」

「え!?」


 予想通り。

 いつもより高い声で、嬉しそうに目を輝かせやがった。

 思った以上に、ちょろかった……。


「この辺なら何件かあるし、適当に行ってみようぜ」


 まぁこれも昔亜衣菜と行ったことがあるから言える言葉だけど、スマホで「猫カフェ 吉祥寺」と検索し、駅の方面に何件かの猫カフェがあるところを発見する。

 あ、昔よりも件数増えてるなー。


「あ、里親募集型もあるって」

「うーん、でもまだもらってあげられないわよ」

「そりゃそうか。じゃあ、普通のとこいくか。……って、?」

「あ、べ、べつに深い意味はないわよ!」

「え、あ、そ、そうか」

「ほ、ほら、行きましょ」


 前のめりになっただいに心の中でにやにやしつつ、俺は地図が示す方向へ進む。

 どういう意味で「まだ」って言ったんだろうか……? いつかそういう予定でもあるのか?

 ちょっとした疑問はあったが、まぁとりあえず作戦成功だ。

 だいが猫たちにどう話しかけるのかを楽しみにこの提案したのは、秘密だぞ。




「いらっしゃいませー」

「予約とかしてないですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよー、どうぞ」


 俺たちが訪れたのは、いわゆる定番の猫カフェで、猫たちが遊ぶのを見ながら一応読書とかもできるタイプの店だ。

 店内にはママ友感あるグループとか、女子大生っぽいグループとか、カップルとか、予想通り女性客が多めだったが、俺たちが入る余裕はあったみたいで、すんなりと入ることができた。


 だいといえば、店に着く前からわくわくそわそわが止まらないようで、ほんと、見ていて楽しい状態になっている。

 そして店内に入って猫たちを見るや否や、今にも破顔しそうな勢いだ。


「ワンドリンク制ですので、注文お願いします」

「あー、アイスコーヒー一つ」

「私はアイスティーで」

「かしこまりました。猫ちゃんのおやつも売ってますので、お気軽にお申しつけください」


 感じのいいお姉さんスタッフの接客もそこそこに、だいは店内をずっと見まわし、お気に入りの子をお探し中だ。


「あ、マンチカン……あ、スコテッィシュ……ああ、みんな可愛い」

「……幸せそーだな」

「うん、幸せ」


 ぷっ、と俺が思わず笑ってしまったが、今ばかりはだいは俺のことなど眼中にないようだ。

 てか、即答で「幸せ」って……いやぁ、マジで来てよかった!


「あ、寄ってきてくれた!」

「お、ほんとだ」


 俺の方には全く寄ってこないが、椅子に腰かけるだいの方に一匹寄ってくる。やや緑がかった感じの毛をした、長毛種。ええと、たしかノルウェージャンフォレストキャットだっけ。

 よく覚えてたな俺。


 その子が、ぴょんとだいの膝の上に乗ってくる。

 当のだいさんは、声も出ないほど幸せそうに……あ、破顔されてます。ご馳走様です。


「気持ちいいかにゃ~?」

 

 乗ってきた猫の喉元をくすぐってあげるだい。

 猫も気持ちよさそうに、だいの膝の上で丸くなる。


 はいいただきました! だいさんの猫語です! 待ってました!


「君猫は可愛いにゃ~」


 君も可愛いにゃ~!

 あ、キモい? うるせえ黙ってろ!


 パシャッ。


 俺はどうしても我慢できなくなって、猫をあやすだいの写真を撮ってしまった。

 も、もちろん中心は猫だぞ、念のため!


 だがなんということでしょう。

 猫ちゃんに夢中なだいは、全く気付いた様子がありません!

 俺がいることすら、忘れてそうなレベルである。


「ほんとに猫ラブなんだな……」

「にゃ~」

「お、お前は俺に寄ってきてくれるのかー」


 こそこそスマホをしまう俺の足元に寄ってきたのは、しましま模様の茶色いとら猫だった。

 まだ割と小さいのか、うまく俺に登れず俺の足をひっかいてくる。

 その可愛さに俺は優しく茶とらを抱え、ひざの上においてやった。


 あ、ちゃんと抱っこOKのお店に来てるからな!

 抱っこNGのお店もあるから、ちゃんと入る前にルールは確認するんだぞ!


「あ、可愛い……」


 反応した!

 俺の動きなんか無視なのに、猫には即だぞこいつ!


「だろ~?」

「この子も可愛いけど、その子も可愛い……ああ、もう、みんな可愛い……!」

「お姉さん、ボクも抱っこしてにゃ」

「……くっ、卑怯ね。可愛いと思ってしまった私に後悔するわ」


 俺は茶とらを抱きかかえてだいの視線に合わせ、裏声でちょっとふざけてみたのだが、すごいぞにゃんこ。お前らいればあのだいもメロメロだぞ!

 だいが最初の子をそっと床に下ろしたのを見て、俺は目を輝かせるだいに茶とらを渡す。

 だいの方に行くや茶とらは元気にだいのおなかあたりをひっかきだした。


「君は元気だにゃ~」


 僕も元気になるにゃ~。

 しかしあれだな、こいつはさすが俺に寄ってきただけある。

 きっと、あの二つの山に登りたいんだろうな……!


「よろしければ餌をあげますか~?」


 茶とらにメロメロになっただいと、それを眺める俺のところにやってくる店員さん。


「お願いします」


 こんなメロメロ状態にそんなこと言われたら、買っちゃうよね!

 だいさん即答です。

 いやぁ、商売上手だなぁ。


「はい、こちらどうぞ。……よろしければ、お二人と猫ちゃんでお写真お撮りしますか?」

「え?」

「餌を買ってくださったカップルへのサービスですっ」

「カ、カップル……!?」


 店員さんのまさかのサービスに、俺は思わず赤面してその言葉に聞き直してしまったのだが。

 なんとびっくり。


「おねがいします」

「はぁい」


 自分のスマホを取り出して、店員さんに差し出すだい。

 え、いいの!? 俺なんかとツーショット、いいの!?

 カップルって思われてるけどいいの!?


「どうぞ、お近づきになってくださいっ」

「「は、はい」」


 二人して少し緊張した返事になったが、俺とだいは言われるがまま、肩が触れるくらいの距離まで近づく。

 だいが茶とらを抱きかかえると、空いた膝に飛び乗ってくるさっきの長毛にゃんこ。

 人気者だなこいつ!


「はーい、撮りまーす」


 パシャッ


「はい、どうぞっ」

「あ、ありがとうございます……」

「お姉さん、猫ちゃんに人気ですね~」

「え、そ、そうですか?」

「ええ、そのノルウェージャンフォレストキャット、セシルちゃんって言うんですけど、普通の子と違ってあんまり膝に乗ってきたりはしないんですよー?」


 っ!!

 危うくアイスコーヒーを吹き出しかける俺。

 なんだと、まさかのだと!?


 さすがに、その名を聞いただいも苦笑いをしている。

 そうだよな、まさかこんなところでセシルの名を聞くなんて思わないよな。


「可愛がってあげてくださいねっ」


 先ほど渡された猫の餌をあげつつ、俺たちはその後も2時間ほど、にゃんこたちを満喫した。


 しかし、カップルか、カップル……ふふふふ。


 あー、猫語のだい、可愛かったにゃ~。

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