第37話 スーツは男の戦闘着
里見菜月『お疲れ様。私は仕事終わったけど、今日どうする?』
連絡くるかなー、と密かに待っていた俺のスマホに、待ちに待った連絡が来る。
来週火曜からの期末考査に向け、昨日から既に部活動は禁止期間に入った。
いやぁ、自由な放課後は、これはこれでありがたいんだよな……!
ちなみにこの前の合同練習の夜、LAでの活動は亜衣菜のせいで引っ掻き回される、ということもなく、安定そのものだった。
ルチアーノさんが亜衣菜のお兄さんで、もこさんがルチアーノさんの奥さんで、亜衣菜の義姉で、という衝撃のカミングアウト以降、何か【
【Vinchitore】は恐るべき早さでデータ検証を行い、この前俺が発見したギミック、銃と弓によるモンスターの行動阻害効果は、5回目の拡張データとなった「太古の呼び声」以降実装されたエリアで有効になっていたことが早くも明らかになった。
何万人というプレイヤーがいる中で、拡張データの配信から既に1年以上経っているにも関わらず、誰にも気づかなかったギミックが明らかになったのだから、それはそれは皆驚いたものだ。
いやしかし、【Vinchitore】の検証スピードこそ、俺からすれば一番驚きなんだけどな。
そういえば先ほど何万人というプレイヤーがいる、と言ったが、もし全てのプレイヤーが同時に同じエリアにいようものなら、プレイヤーの数が多すぎて何もできなくなりかねないため、他のMMO同様LAも一定数、だいたい5000人のプレイヤーごとにプレイヤーサーバーが分けられている。
このサーバー間の移動は移動を希望するサーバーのプレイヤーとの交代、という形でのみ認められており、移動を希望する双方のプレイヤーが同じタイミングでサーバー間移動用の神殿に行き、専用NPCに移動希望のプレイヤー名を入力し合うことで、移動が完了する仕様となっている。
そのため運営会社が用意した移動希望掲示板では、日夜プレイヤー同士の移動希望のやり取りが行われているのである。
俺は古参プレイヤーだから、ナンバリングだと01サーバーに所属していて他サーバーには行ったことがないが、どうやら最近亜衣菜に聞いた話だと、現在稼働している全48サーバーそれぞれに、【Vinchitore】の支部があるらしい。
01サーバーには200人ほどのギルドメンバーがいるそうだが、それの48倍。単純計算して9600人。それだけ廃人ギルドに所属する人がいることにも驚きだが、その中でも支部リーダーでなく、ギルド本家のリーダーや、その嫁、妹が自分の知り合いとか、もはや冗談みたいな話だよな。
この話を聞いた時の俺が驚きまくったのは言うまでもない。
ちなみに新規プレイヤーでも01サーバーに配属されることがあるのは、引退したりしてアカウント削除するプレイヤーも頻繁に出るからだ。
空席がでたら、適宜そこに当てはめていく自動配置システムみたいなのがきっとあるんだろう。
っと、説明が長すぎたな。
ちなみに【Teachers】は無事にこの前の合同練習後の土曜も昨日も、無事にキングサウルス討伐を達成したぞ。リダが盾&片手剣を手に入れたから、今後さらに我がギルドは安定攻略を進めていくだろう。
早くだいの短剣は、取ってやりたいしな。
でもまずは先にメッセージメッセージっと。
北条倫『俺も今日はもう帰れる。どこの駅行けばいい?』
なんかいいなぁ、このやりとり。
社会人カップルみたいだよなぁ!
密かに先週の約束から、今日を楽しみにしていたのは秘密だ。
里見菜月『今日はちょっと時間があるから、神田駅まで行かない?』
神田か。家とは逆方向だが、まだ日も高いし、遠くても行きたいってそれだけおススメってことなんだろうな。
北条倫『了解。乗れそうな電車分かったら連絡してくれ』
里見菜月『わかった』
さて、じゃあ俺は先に駅で待ってるとしますか。
いつもは東中野から電車に乗るのだが、だいは阿佐ヶ谷から来るだろうから、少し歩いて中野まで移動することにする。
そして中野駅に到着して、少し経った頃。
里見菜月『快速に乗ったわ』
北条倫『何号車?』
里見菜月『5号車』
北条倫『了解』
阿佐ヶ谷から中野は電車なら数分の距離。
Talkの連絡を受け、次に来た電車に乗ると、つり革を掴む、白シャツにネイビーのワイドパンツ姿のだいが小さく俺に手を振ってくれた。
おっつ、可愛い。
お前そういう可愛いのは、ギャップなんだから、ダメだって!
それを感情に出さないよう、俺はゆっくりとだいの隣に立つ。
「おつかれさん」
「ええ、おつかれさま。……今日は、何かあったの?」
「え、何かって?」
「え、だってネクタイにジャケットって、この時期に?」
ジャケットは暑いので腕にかけていたが、確かに今日の俺はこの前と違ってネクタイをしている。だいとのデート……だからというわけではなく、三者面談が入ったからなだけだけど。
ちなみにジャケットはちゃんと夏用だぞ。
「あー、三者面談」
「あら、それはおつかれさまね」
「んー、あんまし学校来てないやつでなー、今後の相談だったよ」
「そっか、星見台だと、転学する子もいるのね」
「そうそう、いやーでも2年まできたんだから、頑張ってほしいけどねぇ」
不登校に近い生徒は、きっと今の時代どこの学校にもいると思う。
俺たち教師はそういう生徒がどう頑張るか、あるいはどの道で頑張り直すか、一緒に考えてあげる仕事でもある。授業するだけじゃないのだよ。
「ちょっとジャケット羽織ってみてよ」
「えー、暑いのに?」
「冷房ですぐ寒くなるわよ」
「はいはい」
言われるがままに俺はジャケットを羽織ってみせる。
ありふれたスーツ姿だが、なんだかだいにまじまじ見られて恥ずかしい。
「……けっこう、似合うわね」
「あ? 社会人6年目だぞ俺」
「ああ、そう、ね」
「なんだよ?」
「ううん、べつに」
なんだこいつ、何が言いたかったんだ?
とりあえずよくわからんから、話題でも変えるか。
「そういや、今日はなんで神田まで?」
「おいしい洋食屋さんがあるの」
「よく知ってんな」
「べ、別に今の時代ネットですぐ見つかるでしょ!」
「そういうの、探すのが趣味なのか?」
「んー、そうね。趣味かもしれないわね」
「毎週水曜に?」
「毎週ってわけじゃないけど、基本水曜ね。水曜だけでも、年間40か所くらいは行けるし、土日とかも使えば、もっと色々行けるし」
「一人で?」
「……痴漢ですって叫んであげましょうか?」
「す、すみません」
そうか、こいつ一人で色々巡ってたのか。
すごいな、まるで孤独のグ〇メだな。
「でもやっぱり、リピートするなら、誰かに紹介したくなるから」
「俺がちょうどいいところに現れてよかったな」
「べ、別にあなたじゃなくても構わないわよ!」
「へいへい」
ちょっと照れてるのは、やはり可愛い。
まぁ俺としてもだいみたいな美人と食事に行けるなら、役得ってもんだな。
「そういや、職場には仲良い人とかいないのか?」
「うちの職場は、年齢層高いから、まず若い人がそこまで多くないわ」
「あー、さすが中堅校……」
「年が近い人がいないわけじゃないけど、女性は既婚者だし、男性と行くのは……ちょっと気が引けるというか……」
「あれ、じゃあ俺はいいのか?」
「あ、あなたは! ……昔からの知り合いだし、男性っていうより、友達って感じだから、別にいい……」
はいでたー。ダメです。これは可愛すぎです。
友達いないことをうまくいじれると、こいつ、ほんと可愛いな!
でも、友達かー。まぁそうだよな。
なんたって7年の付き合いだもんな。
俺はだいのこと男だと思ってたけど。
さぁ、今日はどんなお店なのか。
料理のおいしさよりも、美味しそうに食べる顔のだいを俺が楽しみにしているのは、もちろん秘密である。
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