694.トマトット後編

 もしゃもしゃもしゃ……。

 ふたりは向かい合ってまずはトマトサラダを食べていた。


「うーん、デリシャス……」


 ナナはうっとりしながらトマトとレタスを頬張っている。ちなみにトマトとレタスの割合は一対一なので、味としてはトマトのほうがずっと強い。


 レイアはそこまでトマトを愛しているわけではない――どちらかというとトマト好きな人間ではあるが、食べる全てがトマト味でいいというほどではなかった。


「トマト煮込みは……今日はベーコン入りなんですね」

「ブラウンが良いのを仕入れたからね。ちょっと奮発したんだ」

「なるほど……」


 ザンザスの肉は安くない。ダンジョンの強い魔力に惹かれてザンザス周囲では魔物が活性化しているのである――市民には伏せられているが。


 そのためザンザスが農業と畜産に使える土地は、その領有する面積に比べてかなり狭いのだ。


 レイアはナナと話しながら、トマトの煮込みをスプーンですくう。

 完璧に赤く、トマトそのものが溶けているだけにも見える。


「どう?」


 ナナに促され、レイアはトマト煮込みをすする。

 強烈なトマトの旨味と香辛料。多分、隠し味にある種のキノコの乾燥物。そしてほのかなベーコン……。


「ええ、美味しいですね……!」

「でしょ?」

「見た目は単にトマトが煮崩れしているだけなんですが……うーん、どうしてか味に深みが……」

「僕たちはトマトの煮込みについてはうるさいからね」

「それは……そうですね」


 もぐもぐもぐ……。


 ここまでトマトコーヒーにはふたりとも手を付けていない。


「僕は楽しみは後に取っておくタイプなんだ」

「……」


 対してレイアは危ないモノを最後にしておくタイプだった。

 レイアの危機感が告げている――トマトコーヒーから漂うスパイシーな香り。ちょっと香辛料とレモン果汁が多すぎたかも……!


「んじゃ、いってみよっか」

「……ですね」


 ふたりは木製のコップを持ち上げ、ぐっとトマトコーヒーに口をつけた。


「おーっ……!」

「あー……」


 ナナが目をかっと見開いた。コーヒーとトマトの酸味、さらにレモン……それらが混ざりあい、舌を刺激する。


 ガツンとくるトマト味。コーヒーとは調和していないが、ナナは気にしなかった。


「なかなかいいじゃん」

「……改良の余地がありますね」


「「……」」


 レイアがさっと目をそらす。それなりに良い味覚を持っていると自覚しているからこそであった。


 ナナはごくごくとトマトコーヒーを飲んでいる。


「んぐんぐ。僕はいいと思うけどね。もっと酸味あるコーヒー豆を使ったらさらに味わい深くなるよ。ドライトマトも増やしてね」

「も、もっと酸味を……?! それはもはやドライトマトスープにコーヒー豆の煮汁を混ぜただけでは?」

「なんかマズい? カフェオレだって牛乳との比率は一対一じゃん」

「そ、それはそうですがっ」


 しかし言われてみると、このトマトコーヒーもありな気がしてきた。コーヒーとしては雑味と酸味が邪魔しているが……スープとして考えると中々新鮮な味わいで深みもある。


「ううむ……」

「難しい顔をしてるねぇ。レイアはたまーに考えすぎる」

「性分なもので……」

「僕はトマトコーヒー、結構気に入ったよ。今度からコーヒーにドライトマトとレモン果汁、香辛料を入れようかな。紅茶にもいいかも」

「ま、まぁ気に入ってもらえてよかったです」


 レイアはそこで軽く目をつぶった。色々と改良の余地があるのは確かだが、彼我の差は大きいと認めざるを得ない。


 総合的に判断して――レイアはゆっくりと口を開いた。


「……紅茶は自分の分だけにしてくださいね」

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