477.ぴよは見つめる、迷える少年

「1つだけ? それは――」


 と、そこまで言って俺は口をつぐんだ。


 まずい。

 これも1つだ……!


 俺がちょっと焦ると、ヴィクターが羽をぴこぴこさせる。


「いや、そんな厳格な試験じゃない。軽いゲームみたいなものだ」

「……軽いゲーム、か」

「国家機密でもナーガシュ家の秘密でも、何でも知っていることは答えよう。ただし、聞いたことの他言は無用だ。ベルゼルやホールド、もちろんエルトの家族にも」

「わかった……」


 何でも……か。


 しかし、何を聞く?

 何を聞くのがいいんだ?


 ヴィクターはテーブルの上にあるクッキーをつまみ、ぐむぐむとくちばしに押し込んでいる。


 色々なことが頭を駆け巡る。


 村の未来、俺自身のルーツ、もっと大きな政治……。


 俺の母親についても知っているのか?

 かもしれない。

 ヴィクターはベルゼルやホールドよりも国家の中枢に近いはずだ。


 調べたのだが、学院の魔物学は貴族の必修科目であるらしい。

 ある意味当然ではある……魔物の習性や対処法を知らずに領地を治めることなど不可能だ。


 そのため、魔物学の教授陣は時に国家を動かすほどの影響力を持つ。

 平時は魔物の動向を監視し、もし有事となれば討伐や避難計画を策定する立場にあるからだ。


 さらにヴィクターはナーガシュ家の本家長男でもある。すでに宰相の懐刀であるみたいだし……。

 その影響力は底知れない。


 今は着ぐるみ博士でクッキーをくちばしに突っ込んで食べているが……。


「……」


 わからない。

 だが――多分、正解がわかった気がする。


 これは正しく、ゲームみたいなものだ。


「どうしてそんなにコカトリスにハマったんだ?」

「聞きたいことはそれでいいのか?」

「ああ、これがいい」


 俺がそう言うと、冷たい空気が和らいだ。着ぐるみの奥でヴィクターが微笑んだ気がする。


 どうやら正解を引き当てたらしい。


「少し長い話になるが――」

「構わない。なんでなんだ?」


 ……。


 ヴィクターの話は長くは感じなかった。


「貴族院で色々と壁にぶち当たったり、不安だった頃にコカトリスに出会ったと……」

「そうだ、あれは小雨の降る冬のこと……俺は貴族院の裏山を1人で散策していた。まぁ、逃避とも言うが……色々な事から逃げ出したかった」


 ヴィクターは大貴族の長男として生まれ、勉学や魔法の才能にも恵まれた。


 だが、貴族院ではヴィクターを上回る一芸を持つ子どももいる。

 もちろんヴィクターと同格以上の子どもも……。


「学院での競争、家の期待……すべてが煩わしかったが、かと言って捨てることもできなかった。そんなことを考えながら――冷たい雨が降ってきた。俺は雨避けに、目についた洞窟へ入った」


 だが、洞窟には先客がいた。

 コカトリスの集団がぴよっとご飯を食べていたらしい。


「はっきり言うが、俺はビビった。動けなくなった。洞窟にはみっちりコカトリスの群れがいたんだ……あのくりっとした目が、不用意に洞窟に入った俺を見つめた――」


 ヴィクターはしかし、親しみを込めるようにしみじみと言った。


「人生最大の恐怖だった。もし、このコカトリス達に襲われたら俺は死ぬ。洞窟にはそれだけのコカトリスがつまっていたんだ。だが、理性ではそんなことはあり得ないとわかっていた。講義や本ではそう習っていたからな。コカトリスは温厚で、人間に危害を加えるわけがない。俺は理性と感情――生と死の究極の狭間に立っていた」


 ずいぶん、壮大な話になってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る