368.思惑と思惑

 ソファーに座り、改めてルイーゼと話をする。


 俺の隣にはステラがいて、正面にはルイーゼ。その隣がナナだな。


「このルイーゼには、特に悪気はないんだよ。ちょっとハチャメチャなだけで……」

「お、おう……」


 ルイーゼは借りてきた猫状態だな。

 さっきまでの勢いはどうしたのかというほど、おとなしい。


「……実害があったわけではないし、気にしないでくれ」


 悪かったと一応謝罪はあったからな。

 俺も寛容さを見せるべきだろう。


「……あたし、そこそこ偉いんだけど」

「は?」


 ナナが間髪入れずに答える。

 その声音にルイーゼがびくっと体を縮ませる。


「なんでもない……」

「よろしい」


 紅茶を飲むステラが、俺にささやく。


「思っていたのと、少し違う展開になりましたね」

「全くだ」


 というよりホールド兄さんもそうだが、ナナに頭が上がらなすぎじゃないか……?

 でも学生時代からの付き合いだそうだし。

 やはり色々とエピソードがあったんだろうな。


「こほん、それでリヴァイアサン討伐だったか? それで連携したいとのことだったな」

「そうだ。ウチも正直、アレには手を焼いている」


 飾るのを諦めたのか、ルイーゼは素直に答えた。


「そもそもリヴァイアサンはそんなに出現する魔物じゃない。普段は沖合にいるんだ」

「そうですね……。わたしが討伐したのも、浅瀬に迷い込んだ個体でしたが」

「嵐の後で海が荒れると、餌を求めて来たりする。それもたまにの話だが……最近は異常な頻度で現れるんだ」


 一度話し始めると、ルイーゼは饒舌に続ける。

 勢い、というかお喋りなタチか。


「ついに川上りをして、大きな川にまで現れ始めた。このままだと――ぶっちゃけヤバい。ウチらの懐がな」

「ふむ……説明感謝する。事情はわかった」


 ここまで一気に内情を明かしてくれるとは思わなかった。だが、おかげで判断材料は揃ったと言える。


「冒険者ギルドの本部もつついてるけど、あんまり話は進んでないんだ。さくさくっとなんとかしてくれたら、水運の利権を認めるよ」


 天井を仰いだルイーゼが、ナナ特製トマトジュースを手に取って飲む。


 ほう、とルイーゼが軽く息を吐く。


 ここで紅茶よりもトマトジュースを飲むほどには、ナナに友情を感じているんだな……。


「水棲の魔物は厄介だからね。並の冒険者を送っても無駄だろうし」

「そーいうこと。むしろ足手まといになりかねない。だからあたしが見極めるのに来たんだ」

「現場主義ですね……」


 ステラがちょっと見直したように言う。


「貴族の務めって奴だ。結局、あたしらの縄張りだからな」

「……助けを求めるのも、器量のうちだね。僕は手を貸すよ」

「うお、ありがとうー! やっぱりナナは頼りになるなー!」


 抱きつこうとするルイーゼをもふもふアームで制しながら、ナナが俺を見つめる。


「無論、こちらも協力する。水運の利権があれば、『ザンザス』はもっと伸びるからな」


 ひいては、俺の領地にも恩恵がある。


「そう、うまく行けば『ザンザス』の利益にもなるだろーな」


 俺の意を受けたルイーゼが、向き直って目を細める。


 ……確かにルイーゼはハチャメチャではあるが、馬鹿ではないな。


「先に聞いておくが、表立ってナーガシュ家とライガー家が手を組むのはまずいか?」

「正直に答えるけど、マジでヤバい」


 ルイーゼがため息をつく。表情がころころ変わるな。


「今、王都は荒れてんだ。第一王子様と第二王子様の間でな」

「少し噂は聞いている」


 通り掛かる商人やザンザスから、情報は入ってくるからな。


「まだ次期王位はどっちのものか、決まってない。国王陛下は臣下と民の声に委ねると公言してる」

「ふむ……」

「王家とは言っても、あたしらの国ではそんなに力はない。五大貴族のうち、二つか三つが組めば超えられるくらいの力だ」


 あっけらかんと言い放つルイーゼだが、驚きはない。

 この国の勢力バランスはおおむね、その通りだからだ。


「と言う訳で、五大貴族がおおっぴらに手を組むのは目立ち過ぎる。そこんところは譲れない」

「ザンザスを経由すれば問題ないのか?」

「王子の間で揉めてるのは、真王都の奪還だよ。冒険者ギルドを敵に回したら、そもそも話が成り立たない」


 真王都は魔物に奪われたかつての首都のことだ。

 貴族間の政争の果てに魔物が押し寄せ、失陥した。


 以来この真王都は聖域とも呼ばれ、厳重な監視体制が置かれている。

 冒険者ギルドももちろん、多大なサポートをしているのだ。


 今の王都はその後に作られたものである。

 貴族のいくらかは、今の王都を仮王都とさえ呼んでいるくらいにセンシティブな話だ。


 そしてときおり、この聖域奪還は大きな政治テーマになってしまう。


「大変だねぇ……」


 ちゅるちゅるとストローでトマトジュースを飲むナナ。

 彼女にとっては他国のことだからな。

 正直、俺もあんまり興味はない。


 だとしたら答えはひとつだ。


「わかった。目立つつもりはない。それでいい」

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