353.草原の川
ゲートを越えて二人はまっすぐと歩いていく。
シュガーが先導し、ナールが付いていく。
ナールは薄茶色の草をかきわけながら、感慨深そうにつぶやいた。
「にゃ。本で読んだそのままにゃ……!」
「この国より、さらに南の気候なんですってね。背の高い草に、葉が少ない樹……」
第一層はいわゆるサバンナみたいな世界である。
すいすいと手慣れた様子で進むシュガーが、足を止める。
「おっと……またか」
「にゃ?」
「ちょいと静かに、まぁ……めったなことでは起きないんですがね」
「まさかにゃ……」
「コカトリスですぜ」
「……にゃ……!」
二人がそろりと進むと、早くもコカトリスがいた。
コカトリスは倒した草の上にうつ伏せに寝ている。
ヒールベリーの村のコカトリスより、だいぶ太ましい。
「ぷやー……ぴよー……ぷにゃー……ぴよー」
気持ち良さそうにすやすやと寝ている。
ふぅ、とシュガーは軽く息を吐いた。
「寝惚すけくんは、たまーにゲートの近くでこうしているんすよね。起きるとまた戻っていくみたいなんですが……」
シュガーは十五年前のことを思い出していた。
雪の降る日にゲートを越えて現れたのが、このコカトリスだ。
「群れないのにゃ?」
「こいつはちょっと違うみたいで……どうやら名誉ある偵察役みたいなんすよね」
コカトリスは群れで行動する。仮に群れから離れても、半日以上離れることはめったにない。
しかしごくまれに、大きな群れだと偵察役として群れを長時間離れる個体がいる。
それがこの寝惚けコカトリスなのだ。
「ぷやー……ぴよー……」
ごろんと寝返りを打つ寝惚けコカトリス。
「なるほどにゃ……。だからゲートの近くにいるにゃんね」
「そういうことですねぃ。でもいきなり見られるなんて、運がいいですぜ」
「ほんとにゃ? 幸先いいにゃ……!」
寝ているコカトリスの邪魔をしないよう、二人はゆっくりと先に進む。
しばらくすると背の高い草が減り、少し見通しが良くなる。
ナールは初めて訪れる世界をにゃんにゃんと興味深く味わっていた。
「あとちょっとで川ですぜ。そこでちょっと休みましょうや」
「了解にゃ!」
第一層にはいくつかの川がある。一番綺麗な川は、第二層への道からは少し離れていた。
草をかきわけて川辺に出ると、ナールが瞬時に瞳を輝かせる。
「にゃ……! 綺麗にゃ!」
川幅は十メートル程度。
しかし魔力が染み渡り、光を虹のように反射させていた。
「虹が川になった……とでも言うんですかね。宝石箱みたいでしょ?」
「本当にそうにゃ……。穏やかな七色がとってもいいのにゃ……」
うっとりするナール。シュガーも見慣れているが、いつ来てもここは素晴らしい。
「ここは死鳥の平原なんて言われてますがね、とっても綺麗でいいところなんでさ」
「にゃ。むかしむかしはザンザスも荒れ果ててたなんて思えないのにゃ……」
伝説にはこうある。
千年近く昔、ザンザスのダンジョンが発見された。
それを聞きつけたある貴族は、大軍を率いて第一層に侵攻した。目的はコカトリスと魔力ある植物。
それらをまとめて持ち去ろうとしたのだ。
しかし侵攻は大失敗した。
コカトリスにもみくちゃにされ、大軍は逃げ帰る羽目になったのだ。
死傷者こそ出なかったが、大金をつぎ込んだ装備も食料も権威も失った。
その貴族はコカトリスから遊んでくれたお礼に、木の実をプレゼントされたらしい。それが唯一の収穫になったのだ。
それ以降、この第一層は死鳥の平原と呼ばれることになったという。
警戒していたシュガーが、嬉しそうに上流を指差す。
「ほら、見てくだせえ。本当に運がいいや。コカトリスの川流れですぜ」
「にゃ……! 本当に流れてきてるにゃ!」
どんぶらこ、どんぶらこ。
脚を折りたたんだコカトリスが、川に浮かんで下流へと流されている。流されているコカトリスは、どれもうとうとと半分寝ていた。
「この川は林へと繋がってますからね。たまーにこうして川流れしてくコカトリスがいるんでさぁ」
どんぶらこ、どんぶらこ。
コカトリスが流されていく光景を尻目に、シュガーが言う。
「んじゃ、ちょうどいいや。俺達も昼ご飯にしやしょうぜ!」
「はいですにゃー!」
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