345.お大事にぴよ!
ヒールベリーの村。
三月も半ばになり、ヒナコカトリスもすくすくと育ってきている。すでに手のひらの上にこんもりサイズになった。
この様子だと大丈夫なようだな。
今日は休日。のんびりとしているのだが――。
「ぴよ。この前お散歩してたら、ふらふらのレイアと肩を貸しているナナぴよに会ったぴよ。宿舎のほうから歩いてきたのぴよ」
「数日前のことなんだぞ」
「ウゴ、会ったね……」
「……ほうほう」
子どもたちで散歩してた時か。なんとなく話のオチが見える気がする。
「ヒナを見て、ハートブレイクしてたとか言ってたぴよ」
「なるほど……」
あれ?
でもディアの時にはそんな反応はしてなかったが。
いや、違うな……。
俺にはそんな反応をしていると見せたくなかったのか。
「それでどうだったんだ?」
「お大事にぴよ! と言っておいたぴよよ!」
「ウゴ、完璧!」
「さすがなんだぞ!」
最近のディアは語彙力が増えてきた。
今も熱心にウッドやマルコシアスと本を読み、あれこれと語り合っている。
そんな中、そわそわしているステラと視線を交わす。
「こほん、そんな君達にプレゼントがあるぞ」
「用意しましたよ……!」
「なにぴよー?」
俺とステラは奥から箱を持ってきた。
高級筆と絵筆の詰め合わせセットだ。
「これで字を書く練習もお絵かきもできるぞ。紙もインクも絵の具も用意したし」
箱を開けて見せると、ディアがぐいっと身を乗り出す。その瞳はキラキラと輝いていた。
マルコシアスとウッドも同じだな。
「細い筆とおっきい筆ぴよ!」
「マルちゃんとウッドの分もありますからね」
「お絵かきもできるのは嬉しいんだぞ!」
「ウッドのは特別サイズだ。きちんと合うと思う」
体格が違うからな……。
ザンザスで特注品を作ってもらった。
「ウゴウゴ、ありがとう! 字も頑張る!」
絵筆を持ったディアが、さっそくウキウキと紙へと向かう。
「さっそく皆を描いちゃうぴよ!」
「楽しそうなんだぞ!」
「ウゴウゴ、俺もちゃんと描く!」
わいわいと楽しそうな子どもたち。
俺も嬉しくなってきた。ステラも同じみたいだな。
「私も久しぶりに絵を描いてみましょうか……!」
「ステラも描きたくなったのか? じゃあ、俺も……」
絵を描くなんて久しぶりだ。
前に村の看板を作ったときはアナリアが描いてくれたんだが、あれは上手だったな。
「ぴよよー! 皆でお絵かきぴよよー!」
休みの日はこんなのがあってもいい。
その日は日暮れまで、お絵かきをして遊んだのだった。
◇
ヒールベリーの村の酒場。
土風呂を浴びて全身がほぐれたシュガーとハットリが向かい合って飲んでいた。
と言っても二人とも良い年齢だ。酒はほどほど、美味しいツマミのほうが大切だった。
「やっと頭巾を取ったんだな」
「もう業務終了でござるからな」
さすがのハットリも夜の飲みでは頭巾を外す。
濃い紫の体毛、狼の獣人であるライカン族の耳がぴょこんと出てきた。
「徹底してるよな、起きてから仕事終わりまでその――忍び装束だろ」
「もう慣れたでござるよ」
「思えば初めて会ったときからそうだよな、シエイ」
紫煙(シエイ)、それが親から与えられた名前だ。
シュガーが聞いたところ、ハットリは昔から引き継ぐ役職名みたいなものらしい。日中は必ずこの名前で通しているが。
とはいえ、このことを知っている人間は少ない。
シエイもごく僅かな人間にしか明かさないからだ。
「そのときは、こうして名を明かして飲み合う者ができるとは思わなかったでござるが」
「まぁな、ツンケンしてたし」
「昔の話でござるよ」
シエイはさすらいの一家を率いて、ザンザスにやってきた。冒険者になったのは成り行きだったが、今では良かったと思っている。
今や昔のことを語り合いながら、酒とツマミが進む。そうして今のヒールベリーのことになったとき――。
「そろそろシュガーも身を固めてもいいでござるよ」
「……まぁ、そうなんだろうけどさ」
妹も結婚して子どもも生まれた。
仕事も安定して、その先の――指導員、教官役としての未来もある。
新しいヒールベリーの村の生活も良い。
「なんか踏ん切りをつけるなら、確かに今だとは思うんだけどさ……」
「そうそう、わかっているでござろう?」
でもよー、とシュガーはちょっと情けない声を出した。
見た目も良い部類に入るシュガーだが、これまで恋愛運に恵まれたことがない。
「……そもそも愛とか恋とか、わっかんねぇーよー……」
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