344.【シュガーの物語】運命の繋がり

 十五年前、ザンザス。


 男の誘いを受けたシュガーは、翌日待ち合わせをして郊外へと出掛けていた。


 朝からしんしんと雪が降っている。昨日から降り続いた雪はかなり積もっていた。


「すまないね、助かるよ」


 雪を踏みしめながら、二人は歩く。


「いえ。お力になれて良かったです……」


 シュガーは白い息を吐きながら答えた。


「『燃えがらの墓地』は市街地から少し歩きます。住人でないとわかりづらいかもです」

「そのようだな。墓が墓地のどのあたりかは聞いていたが、肝心の墓地の場所は手抜かりだった」


 男が軽く苦笑する。

 彼が行きたいと望んでいたのは、墓地。『燃えがらの墓地』という、ザンザスでもそこそこ裕福だった人間が葬られている場所だ。


 そこは市街地から歩いて三十分くらい。雪が降っていなければ、馬を借りてすぐに行けるのだが。


「昨日からの雪で、どこもお休みですものね……」

「そういう意味では、君との出会いはまさに幸運だったよ」


『燃えがらの墓地』は小高い丘の上にある。整えられた墓石の間を静かに進む。

 墓地への道には足跡が少しだけあった。誰か来たらしいが、人影は見当たらない。


 男は手紙らしきものを見ながら、墓石の場所を指示してくる。


「……お墓参りですか?」

「ああ、その通りだ。なかなか良い場所じゃないか。静かで眺めも良い」


 見渡せばザンザスの市街地のいくぶんかが目に入る。王国でも有数の、交易都市の姿だ。


「もうすぐ、もうすぐだ」


 男は手紙に集中しているようだった。

 シュガーも男の言葉に意識を傾けており――そのせいで、気付くのが遅れた。


「そこだ」


 目当ての墓にはすでに先客がいたのだ。

 コートを羽織っている、ミリーであった。


 ◇


 まず言葉を発したのは、ミリーだった。普段にはない警戒心がにじんでいる。


「あははー……シュガー、どうしてここへ?」

「私が案内を頼んだからだよ」


 男が機先を制すように、穏やかに言った。


「あなたは昨晩、ダンジョンの門前から出てきたね。冒険者のご同輩かな?」

「え、ええ――そうです。先輩冒険者のミリーです」


 シュガーは男の洞察力に驚いた。ひと目見て、昨日の記憶から繋げて考察できるとは。


 ミリーは男とシュガーの言葉を聞くと、納得したように頷いた。


「なーんだ。同じお墓参りか」

「そうだ。邪魔はしない、すぐに終わる」


 男は懐から細長い、小さな酒瓶を取り出した。蓋を開けてそのまま墓石へと注ぐ。


 平民の墓参りは簡素なものだ。野花か酒か。

 今は冬だから酒しかない。

 周囲の墓にも、酒の容器らしきものがそこかしこに置かれている。


「いい匂い、上等のお酒ね」

「ああ……君はこの男とは、どんな関係だったのかな?」

「んー、冒険者として師匠というか、そんな感じの人でしたよ」


 ミリーの師匠。

 シュガーは言うほど、ミリーのことを知らなかった。冒険者はお尋ね者でなければ、生まれも育ちも問われない。

 そして冒険者も自分の過去をそうそう口にはしないものなのだ。


 ただ――確か、ミリーの師匠はそこそこの冒険者と聞いていた。直接の面識はなかったが。


 酒を注ぎ終えると、男は瓶を墓の前に置く。

 ミリーはいつになく真剣な目で、その男を見つめた。


「ところであなたはどんな関係なのか、聞いてもいいです?」

「知らないほうがいい」


 男は予期していたように、有無を言わさず早口で答えた。


「……君達のためだ」

「ふーん、そんな感じですか」


 ミリーは軽く頷くと、それ以上は追求しなかった。


「んじゃ、体も冷えてきましたし! 街に戻りましょうか!」


 ミリーがシュガーの肩に手を回すと快活に笑った。


「また飲むの……?」

「飲むよ! それにちょっと遠出の仕事があるからね。ザンザスのお酒を飲み溜めしておかないと……!」


 そこでミリーは不意に男へと向き直った。


「どうです? あなたも一緒に来ます?」

「……いや、私は……」


 男は軽く首を振る。しかしミリーは引き下がらなかった。


「ここで会ったのも運命だと思うんです。師匠の話、出来る範囲でいいからしましょうよ」

「そう、だね。俺も聞きたい」


 シュガーも続けてそう言った。

 ミリーの過去に繋がる話題が、シュガーの好奇心を刺激したのだ。


 二人の視線を受けた男は目を閉じて――ゆっくり開いた。その瞳には故人を懐かしむ気持ちと、ミリーと師匠への興味が見て取れた。


「……わかった。だが、私は飲まないぞ」

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