326.新たな兆し

 ホールドの言葉がよほど意外だったのか。

 ルイーゼはきょとんとした。


「心配? なんだそりゃ」

「ふむ、そのままの意味だが?」

「どーいうことだよ。文句を言いに来たんじゃないのか?」


 不審そうにホールドを見るルイーゼ。

 だがホールドはどこ吹く風でちょび髭に触れている。


「いいや。ライガー家に同じような物が他にないかどうか――あの屏風は、道楽者の先祖の収集品だろう。俺なら他にも危ないのがあるんじゃあないかと気が気じゃないと思っただけだ」

「……」


 ルイーゼは粗野でも頭の回転は悪くない。

 ホールドの言わんとしていることを即時に理解し、頭をかいた。


「そうかもなぁ……。確かに似たような、由来のよくわからん美術品は他にもある。分家にもあったはずだ」

「だろう? まぁ、普通なら貴族家の目をすり抜けて危険品が入るなどまずないが……」


 二人とも魔法具の鑑定の重要性は知っている。

 古くからあるものほど、時に暴走や予期せぬ動作をするものなのだ。


「『半身の虎』は屏風でもあり魔法具でもあった。ナナが調べたが、やはり悪魔の技術の産物だそうだ」

「……なるほど、そうくるかぁ……」


 ソファーに深く腰掛けるルイーゼが、じろっとホールドを見つめる。

 ホールドは薄く笑いながら、


「もっと直接的に言おうか? 同じようなことが起きた時に、手助けがいるんじゃないか?」

「食えねえなぁ」

「俺は『半身の虎』を売り切った。どうあれキャッシュが懐に入ったわけだ。ルイーゼも金はいるだろう? 後継争いで何かと入用のはずだ」

「わかった、わかったよ。要はもっと緊密に手を組もうってんだろ。したたかな奴だ」


 学生時代の付き合いでルイーゼもホールドの性格は知っている。

 そう、こういう時に喧嘩を吹っかけてくる奴ではないのだ。


 むしろ下手に出て、うまく巻き付く――蛇のように。その辺りは変わっていない。


 ルイーゼがそう言うと、ホールドは口角を上げる。


「良かった。ライガー家の珍品名品に危険物が混ざっていると広まれば、先祖の名前にも傷が付くだろう……。さらにSランク冒険者で事態を収拾したなどと伝われば、木っ端貴族は手を出せなくなるからな」


 しれっと言い放つホールド。

 これだ、とルイーゼは背筋が少し寒くなった。


 ナーガシュ家は直情的なアホではない。

 相手を丸呑みする度量――そして冷徹な瞳と毒の含んだ牙がある。


「それで……どーすりゃいいんだ。詫びにお金でも渡せばいいのか?」

「水運に噛ませろ」


 ぴしゃりと言い放つホールド。


「無茶だってわかってんだろ。無理無理。ありゃウチの生命線だ」

「リヴァイアサンに困っているんだろう。ザンザス経由で手を打てば、双方に利益がある」

「あたしが良くてもウチの家が納得しねーよ」

「ヴィクター兄さんも討伐に来る……と言ってもか?」


 その言葉にルイーゼがぐっと身を乗り出す。


「はぁ!? なんであの人が絡むんだ!?」

「……ふむ。どうやら――新しい論文にリヴァイアサンが少し邪魔らしい」


 ホールドがやや遠い目をした。


「コカトリスが川流れする速度を、川ごとに比較検討したいらしい……」


 ◇


 ヒールベリーの村、ギルドの執務室。


 俺は芸術祭からステラが持ち帰ってきた書状類をナールに見せていた。

 ナールはほくほく顔でそれらの書状を読み進めている。


「にゃー……ドワーフやヴァンパイア、名士の方々の書状がたくさんですにゃー!」

「良かったな。目に見える成果だ」

「はいですにゃ! あとはこれを村の発展に繋げますにゃ……!」


 びしっと敬礼するナール。


「とりあえず花の類は割とすぐに進めそうだな。花飾りの評価のおかげだ」

「この書状には鉢植え、温室魔法具付きで買いたいそうですにゃ。これならかなりのお値段になりますにゃ」


 俺の植物魔法でまず花を生み出し、それからドリアード達に増やしてもらう。それを鉢植えにするのだ。


 温室魔法具はその名の通り周囲を温める魔法具だ。

 石油ストーブみたいな外見だったと思う。


 安くはないが、この村ではザンザス経由で比較的安価に手に入る。

 これをセットにして売り出すわけだな。


 観賞用とデザイン用というわけで、高くても美しいものを――と書き添えられている。


「嬉しいことだ。これで商売が広がるな」

「テテトカも喜んでいましたのにゃ」


 うん、いいことだ。

 村人のスキルが新しい仕事を生む。この循環が大切なのだ。


 そう思っていると、コンコンと扉がノックされる。

 来客かな?


「どうぞ、入ってくれ」

「お邪魔しまーすー」


 ぽてぽてと入ってきたのはテテトカだった。


「何かあったのか、テテトカ?」

「ありましたー」


 あっさり肯定するテテトカ。俺は思わず身を乗り出した。


「……魔物か?」

「んー、魔物といえば魔物ですがー……」

「本当ですかにゃん!?」


 そこでテテトカが頷いた。テテトカの態度はのんびりとしている。


 続く言葉は驚きの報告だった。


「そーです。ぴよちゃんが卵を生んだんですー」

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