305.半身の虎との出会い

 その答えにヴィクターは満足したようだった。


「そうだ。大変なことになる。そうした例はここから先にもある……」

「たいへんぴよねー」

「着ぐるみにも色々と苦労があるんだぞ」


 一行はさらに奥へと進む。

 ケイトがガラスケースに入った着ぐるみを解説していく。


「……これは昔の着ぐるみ。通気性が悪くて、ヤバめ……」

「ごくり……!」


 オードリーが喉を鳴らす。

 ひそかにコカトリス着ぐるみを着たいと思っているオードリーには、興味深い内容であった。


「……コレが欲しいなら、ちゃんとしたところで入手しないとね」


 オードリーの視線を感じたのか、ひらひらと手を振るケイト。


「う、うん……。いつか、ちゃんとしたところでね……!」

「着るんだ、やっぱり……!」


 クラリッサの言葉にオードリーはしっかりと頷く。


「だってケイトお姉ちゃんも着てるし、ふわもっこしてるし……!」


 そうしてオードリーはケイトの着ぐるみのお腹をさわさわと触る。


 ……ふわふわ、もこもこ。


 ナーガシュ家の子女であるケイトの着ぐるみは最高級品である。本物のコカトリスには及ばないが、それでもかなりのふわもっこだ。


「……もう少し大人になれば、きっと着られるよ……」


 ふふりと微笑みながらケイトがオードリーの頭をぽふぽふする。


「ぴよ。みんなでふわもっこをきわめるぴよ……!」

「しっとりもあるんだぞ」

「そうぴよ! おはだつやつやもいいぴよよ!」


 シスタリアが銀縁眼鏡をくいっとして、


「確かに美容はとても大切でございます。ふわもっこかどうかは、別として……」

「ふわもっこも大切だよ?」


 すりすり。オードリーがディアの体に顔をすりすりする。


「たいせつぴよ!」

「ま、まぁ……美容も色々とあるから……!」


 クラリッサの言葉にステラが同意する。


「もちろん、石鹸やお肌の手入れだけではいけませんからね。その内側を鍛えることも必要です……!」


 ステラが腰に差したバットをさする。


「具体的には筋肉ですね!」

「「おぉー……!」」


 子ども達が一斉に頷く。

 確かにステラは物凄く綺麗で、しなやかな体つきをしていた。そして強い。


「効率的な運動は無駄な脂肪をなくして、さらなる美しさへと至るのです……!」

「「おぉぉー……!」」


 子ども達はきらきらした目でステラを見上げる。これもまた、ステラの宣伝戦略のひとつであった。


 もちろん善意しかない。

 野ボールで体を動かせば、体はひきしまるのだ。


 きっと野ボールの神様は見てくれるのだろう。

 バットを振り続けた体には、柔らかな腰とくびれが手に入るのだから……。


「……こうして野ボールが普及していくんだぞ」


 ◇


 一階部分を見終わり、二階部分へと移っていく。

 豪華絢爛な装飾も二階部分では少し落ち着いてくる。


「一階はコカトリス関連が多かったんだぞ」

「かわいいは正義だからね……!」

「……まずは推す物を決めないとね」


 二階は純粋な芸術作品や工芸品も多い。


「ここにあるのはおおよそレプリカだな」

「へぇ、出来栄えは良さそうに見えますが……」


 ステラが絵画や壺、像などに目線を走らせる。


「……その代わり、気に入ったのがあればこの場で買えるの」


 ケイトの解説にオードリーが胸を張る。


「選りすぐりの芸術家に作ってもらったレプリカですからね! お家のインテリアにぴったりです!」

「ぴよ。なかまのえがおおいぴよね」

「工芸品もそうなんだぞ」

「ヴァンパイアが多いですからね……」


 クラリッサの生まれた東方だとやはり森やエルフのモチーフが多い。ここの絵だと半分くらいはコカトリスの着ぐるみを着ている。

 特に太陽が出ているシーンでは、全員着ぐるみを着ていた。


「……太陽が苦手だから……」

「ぴよ! それもこせいぴよ!」

「……ありがとう」


 それからさらに進んていくと、段々とヴァンパイアやドワーフとは無関係な題材になっていく。


「二階の奥はモチーフ関係ない芸術品になっていきますね……! 父上が取り寄せた名品もあります!」

「ほうほう……」


 確かにこれまでとは少し趣きが違うようだ。

 いくぶんか厳重に展示されるようになっていた。


 そうして一行は、とある絵の前で立ち止まることになる。


「ぴよ。おっきなえぴよ!」

「虎さんなんだぞ」

「東方の技法、モチーフを使った絵ですね……!」


 クラリッサがステラを振り返る。これは故郷の絵と言えるだろう。

 ステラはじーっとその絵を見つめていた。


『半身の虎』、竹林から体を半分出した勇猛な虎の絵を……。


「ど、どうかしましたか?」

「いえ……」


 ステラが首を振る。


「絵から殺気を感じたような……。それだけ気迫のある絵ということですね」

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