288.アナリアとイスカミナの花飾り

 とはいえ、ひとつひとつ案内しなければ始まらない。


 まずは――アナリアの花飾りだ。

 花飾りは背後まで回り込んで楽しめるよう、台の上に設置されている。

 そこを進入禁止の縄で囲っているのだ。


 派手に盛り付けながら、どこか落ち着いている風情があった。また直線だけでなく曲線、枝や葉の配置といった諸々の技術もまんべんなく使っている。


 テテトカの技術を忠実に活かしたのがアナリアの作品といえた。もちろん真ん中もスネアドラムがどーんと飾られている。


 しかし木製のスネアドラムはあまり浮いてはいない。スネアドラムの奇妙な存在感を、黄色や紫色の花々が巧妙に調和させているのだ。


「薬師アナリアの作品ですね」


 ステラの言葉にオードリーが頷く。


「へぇ〜……鮮やかで、でも落ち着くというか……」

「ぴよ。よこやうしろもみどころぴよ!」

「ぐるっと回って欲しいんだぞ」


 その言葉にオードリーとクラリッサがとことこ、見て回る。


「生命力が感じられるのと……それに香りがいいですね」

「うん。それにこの、絡み合っているのが楽しいというか……」


 二人とも教養として花や庭、水差しや花瓶等は習い始めている。

 貴族としてこうした知識は必須である。特に花や庭といった趣味は、多くの貴族が嗜んでいる。


「ねぇ、シスタリアはこちらの作品をどう思う?」


 シスタリアと呼ばれたハウスキーパーが、じいっと作品を見つめる。

 三十代半ば、銀縁の眼鏡を掛けたシスタリアの審美眼は厳しい。


 ハウスキーパーは執事に並ぶ最上位の使用人であり、特に彼女は代々ホールド家に仕えてきた家柄である。

 大貴族のハウスキーパーとなると下級貴族並みの権威と収入があるのだ。


 さらにシスタリアもホールド家よりオードリーとクラリッサの教育係も兼ねる身であり、その教養も並々ならないものがある。


 ごくり。シスタリアの言葉をオードリーの従者達が固唾を飲んで見守る。


「とても……よろしいかと」

「本当?」


 オードリーがじーっとシスタリアを見上げる。

 その瞳を見たシスタリアはさらに言葉を続ける。


「わたくしも園芸を趣味としておりますが――正直、驚いております。花を飾るにも様々な流派があるのですが、この花飾りはわたくしの知るいかなる流派とも異なります。それでいて、実に奥深く感じるのです」

「そうだよね、うんうん」


 オードリーが我が意を得たり、と満足そうに微笑む。


「これらの花飾りはドリアードの先生、テテトカが指導したものですね。彼女達の文化には驚かされるものがあります……!」


 ナナもステラの言葉に同意する。


「うん、独自性と彼女達の精神性――それが深く影響したのは間違いない。特にこの花飾りは全方位で楽しめるし」

「……ところで、アナリアさんって……」


 クラリッサが何かに気付いたように、花飾りをじっと見つめる。


「ぴよ! おまつりのときに、くさだんごたくさんたべてたぴよねー!」

「赤い髪のお姉さんだぞ」

「あっ……うん。なるほど……」


 クラリッサが何かを察したかのように、目をしばたたかせる。

 オードリーも続けて、


「もっもっもっ……と食べてた人だね!」

「そうぴよ! てさきがきようで、くさだんごづくりもじょうずぴよ!」

「…………」


 着ぐるみのなかのナナは何も言わない。


 アナリアはおそらく、ヒールベリーの村でトップクラスにドリアードに近い生き方をしている。

 それは彼女が選んだものでもあるし、楽しんでいるのだから別に良いのだ。

 ……ときに振り回されているかもしれないけど。

 それもまた楽しみのひとつなのである。


 ひとしきりアナリアの花飾りを楽しんだあとは、次にイスカミナの作品に移って行く。


 ちらちらと目には入っていたはずだが、改めて鑑賞すると――。


「こ、これは……! すごいねぇ!」

「うん、なんだか空っぽのようで……でも花飾りでもあって……」


 イスカミナの作品はアナリアとは全くの別物である。


 石と枯れた枝、それと苔に薄く小さな白と青の花。色彩は極端に少ない。中央にそっと置かれたスネアドラムに、花は集中している。

 エルトはこれを、侘び寂びと評するだろう。


「……ない。花はないけど……」

「石や苔、枝……。寂しいけれど、でもこの小さな花が健気だね」

「うん、考えさせられるね」


 二人ともしばらく静かにイスカミナの作品を見つめる。人によれば、これは手抜きと見なすかもしれない。

 だが、そう言わせない迫力と計算、美しさがこの作品にはあった。


「ぴよ。このえだはとくにしんちょうに、さしたぴよ」


 ディアが枝を土台に刺す仕草をする。

 ぶすっとね。

 ディアの記憶力と繊細な羽の操作により、持ち出したそのままが再現されているのだ。


「すごいね……」

「うん……」


 オードリーとクラリッサは少し夢見心地だ。

 綺麗で豪華なモノは正直、見慣れている。ゆえにここまで『空っぽ』な作品は初めてと言っていい。


「色を使わないことで、色を際立たせるんだね」


 オードリーがこの作品の本質を言い当てる。


「そうだぞ。だからちょっとした小さな花でも目立つんだぞ」

「ありがとう、勉強になったよ……!」


 イスカミナの作品を堪能した二人は、次の作品――ララトマの作品に移っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る