263.たぷ

「でも……エルト様の植物魔法なら、ベリーマッシュルームも生み出せるのでは?」


 アナリアが小首を傾げる。

 ふむ……これは補足説明が必要か。


 実は俺の魔法で何が出来るか、それを事細かに教えてはいないのだ。

 これは補足説明とも関係する。


「どうもキノコの類は植物魔法の範囲外らしくてな……」

「……そう言えば村での作物にキノコはありませんね」


 植物魔法の範囲にキノコが含まれないのは、キノコ――つまり菌類が植物ではないからだろう。

 分類的には全然違うのである。なので植物魔法にキノコは含まれないのだ。


 これは前世の知識を持っていれば納得できる。

 しかし、この世界ではキノコはまだ植物と見なされていた。

 なので得意げにここまで説明することはできない。

 言えばボロが出るだろうからな……。


「魔法の範囲は時に不思議なものだが……とにかく、ベリーマッシュルームは植物魔法では無理だ。ザンザスのダンジョンが一番近く入手できる場所になる」


 だがその難易度は思ったよりも高い。


 レイアもステラもいない今、真紅のベリーマッシュルームは簡単には手に入らない。


 俺は少しの間、自分の腕を見ていた。

 悩ましい。


「どうしますー?」

「……ウッドはどう思うかな?」


 アナリアがわずかに不安を覗かせる。


「彼に決めさせるのですか?」

「もちろん彼だけに決めさせるわけにはいかない。でも彼の希望も聞きたいし……出来る限り、やってあげたいんだ」


 多分、家族相手でなければここまでのことはしないだろう。

 逆に言えば、家族だからこそ出来る限りのことをしてやりたいのだ。


「ふむー。なるほどですねー」

「それじゃ……私が知る限りのことを、エルト様にお伝えしますね」


 ぐっと身を乗り出しながら、アナリアが言う。


「第三層がどんなところなのかを……!」


 ◇


 一方、リビングでは床に座るウッドにコカトリス達が寄りかかっていた。

 草だんご作りが一段落したのだ。


「ぴよー」(ぬくいー)

「ぴぴよー」(おちつくー)


 ほわほわとコカトリスがウッドに体を擦り付ける。

 それをウッドはほのぼのと受け止めていた。


「ウゴ……たしかに柔らかい……」


 そうしていると、コカトリスがもう片方のコカトリスのお腹をたぷたぷしだした。


 たぷたぷたぷ。


「ぴよー」(しぼれてきてるねー)

「ぴよよー」(でしょー?)

「ぴよ、ぴよ」(3たぷまで大変だったでしょー?)

「ぴよっぴよ!」(運動したらあっという間だったよー!)

「ぴよっぴー」(いいなー、わたしまだ4たぷなんだよねー)

「ぴよー?」(ほんとー?)


 たぷたぷされたコカトリスが、もう一匹のコカトリスのお腹をたぷたぷし返す。


 たぷたぷたぷたぷ。

 4たぷである。


「ぴよぴっ、ぴよ!」(大丈夫だよー。限りなく3たぷに近い4たぷだよ!)

「ぴよぴ?」(ほぼ3たぷ?)

「ぴよーぴ!」(だいたい3たぷだよ!)

「ぴよぴよぴよ!」(ならいっかぁ、焦らず行こう! あはははは!)

「ぴよぴよ!」(あははは!)


 平和なコカトリス達。

 そんなぴよぴよをしていると、上の階からエルト達が降りてきた。


 ウッドはそのエルトの顔を見て、ふっと察する。

 なんだか難しい話をしてきたらしい。


「……ちょっといいか、ウッド」


 ◇


 北の大聖堂。

 そこでは三階の大広間を使って盛大な立食パーティーが行われていた。


 水晶と銀に飾られた大広間は、月の輝きに似た美しさを誇っている。


 そんな中、ステラも黒のドレスに着替えていた。


「これほどのパーティーを催してもらえるとは……恐縮です」

「いや、せめてこれぐらいはさせてくれ。あなたのお陰でアイスクリスタルを迅速に征伐できたのだからな」


 ホールドがグラスを持ちながら礼をする。


「ふぅ……どうなるかと思ったが、本当に助かった……。エルトに感謝しないとな」


 ホールドもほっとした顔をしていた。

 実際、アイスクリスタルのせいで大損害を出すところであったのだ。

 それがステラ達のおかげで早急に対処されたのである。


「そう言って頂ければ、私もここにきた甲斐があります……!」


 そしてディアはオードリーにかかえられながら、ステラの隣にいた。


「ぴよ。たくさんのひとがいるぴよねー」

「うん、色んなところから人が来ているからね」


 ふもふもとオードリーがディアを撫でる。

 友達と会えてご満悦なディアである。


「ぴよ〜」


 マルコシアスはクラリッサにかかえられていた。


「……着ぐるみがたくさんなんだぞ」

「ヴァンパイアのフォーマルな服装は着ぐるみですからね……」

「そうなんだぞ?」

「お日様を避けるのに、ずっと着ているので……」


 もちろんヴァンパイア同士の夜の会合では、その限りではないが。


「今日は是非、ゆっくりとしていってくれ。芸術祭の準備は明日からでもよかろう」

「お気遣い、ありがとうございます」

「ぴよ。このおさかなおいしーぴよー!」


 もにゅもにゅとサーモンのトマトソース掛けを食べるディア。


「こっちの岩塩トマトもおいしいよ……!」


 すっとオードリーが次のメニューを勧める。


「ぴよ。ふつーのおしおとちがうぴよ?」

「ちょっと違うみたいだね!」

「ちがうぴよ! いいぴよねー!」


 楽しそうにするディアとオードリー。

 それをステラは微笑ましく見ている。


「……そういえばイグナート殿とレイア、ナナの姿が見えませんが」

「ああ、その三人は少し話があるようだ。後でもちろん合流する」


 そこですっと目をそらすホールド。それに気付かないステラではなかった。


「色々と大変ですねぇ……」

「まぁな……。あれほど一個人にこだわるナナは初めて見た」

「似てますからね、お二人は」


 そんな話をしていると、ぞろぞろと着ぐるみヴァンパイアやドワーフの名士が集まってきた。


 先頭のドワーフの貴婦人が本を持ちながら、ステラに呼び掛ける。

 装いからしてかなりの貴族だと思われた。


「ちょ、ちょっとよろしいかしら!?」

「え、ええ……なんでしょう?」


 ステラが答えると、ドワーフの貴婦人がすっと本を差し出した。

 そこには『英雄ステラと折れた聖剣』というタイトルが書いてある。


 ドワーフの王から借りた聖剣を、魔物退治でぽっきり折りながらも勝った……という劇の台本であった。

『ステラ六番』のひとつでもある、世界的に有名な劇である。


 もっともこれはステラにとってはちょっとした黒歴史なのだが……。


「これは……!」


 ステラがぎょっとすると、ドワーフの貴婦人はずいっと身を乗り出してくる。


「わたくし、この劇の大ファンでして……! サインを頂けないかしら!」

「そ、それは……」

「実はこのぽっきり折られた聖剣の王様、わたくしの先祖ですの! こんな記念、他にないわ!」

「…………」


 まさかの末裔からの提案である。もちろんそんな流れでは断れない。


 ステラは台本を見つめながら答える。


「はい……」

「……色々と大変だな……」


 ステラを見ながら、ホールドはぽつりと呟くのであった。

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