260.コカ博士の眼

 それから二時間――。


 ステラはバットを振り続け、ナナもまた鞭を振るってアイスクリスタルを撃退した。


 だんだんとアイスクリスタルの群れが減るにつれて、風の巻き上げは少なくなっていく。

 竜巻そのものが弱まり、青空が見え隠れしてきたのだ。


 そして、ついにアイスクリスタルの群れを追い詰めた。


「これで最後です……!」


 ステラがアイスクリスタルをフルスイングする。


 カッキーン!


 心地よい響きとともに、アイスクリスタルが吹っ飛ぶ……そして連鎖的に他のアイスクリスタルへぶつかっていく。


 カキカキカキカッキーン!!


 ここまで数が少なくなれば、復元もしない。

 衝撃で壊れたアイスクリスタルが、ポロポロと宙から落ちてきた。


 雪を舞い散らせる風がなくなり、カラッとした日差しが射しこんでくる。


 ステラの胸元にいるディアが頭をぐりぐりと動かす。


「ぴよー! おわったぴよ!?」

「気配はなくなったね。竜巻もすっかり消えたし……」


 ナナの言葉にステラも頷く。


「ええ、分離したアイスクリスタルも倒してもらったみたいですし……。皆さんとうまく連携できました!」


 もちろん地上部隊が展開してるのも、ナナは気が付いていた。


 そしてうまく彼らの動きに合わせて、アイスクリスタルの群れを分離させてたっぽいことも……。


 複数の群れを同じ箇所に解き放たない、手が空いてそうなところに分離させる。

 もちろん空を飛ぶヴィクターやイグナートへもそうである。


 ステラはそこまで考えてバットを振るっていたのだ。


「途中からあれっと思ったけど、他が攻撃しやすいように分離させてたんだね……」

「そうですね。でも闇雲に、適当にバラけさせては彼らも戦いづらくありませんか……?」

「それはそうだけど、やれやれ……。僕もまだそこまでの域にはほど遠い……」


 ナナをスノボ代わりにしつつ、他への効率も考えての戦闘。同じSランク冒険者とはいえ、隔絶した差を感じないわけにはいかない。


「物理が単純に効く相手なら、ですね。ナナも色々とため込んでいるでしょう。それにこの戦い方はナナがいないと――あっ」


 ステラが小さく叫ぶと、ディアとマルコシアスも気が付いた。


「うえからきたぴよー!?」

「空を飛んでたぴよなんだぞ」


 ステラ達の前にゆったりと降りてきたのはヴィクターとイグナートだった。


 久し振りに見る兄に、ナナは緊張した。


 ナナは実家と喧嘩別れ、絶縁というわけではないが――没交渉気味なのは確かだった。


 冒険者になることについて、イグナートはよく思っていない。それがナナの認識だ。


「に、兄さん……」

「久しいな、妹よ。怪我はないか?」

「……? な、ないけど?」


 思ったよりも優しい声音にナナは困惑する。それは子どもの日、よく遊んだ兄の声だった。


 すっとナナの背中からステラが降りる。


「俺は誤解していたようだ。冒険者とは……かくも厳しい道だったんだな……」

「ん?」


 ナナが立ち上がって首を傾げる。

 何か、何かがおかしい。


「あの? 兄さん?」

「このアイスクリスタルの群れに、腹ばいになって突撃するとは……! 空から見て気が付いていたが、必死なお前を見て……ふぐぅ!」


 イグナートはナナへと駆け寄る。

 ぽてぽてぽて。もちろん着ぐるみである。


 駆け寄ったイグナートは、ナナの着ぐるみの無事をぽんぽんと確かめる。


「本当に大丈夫か? 着ぐるみのなかでシェイクされていないだろうな?」

「だ、大丈夫だって……!」

「こんな無茶はするんじゃないぞ。命は大切に……!」

「うぅー……子ども扱いして……」


 しかし口振りとは裏腹に、ナナは悪い気がしなかった。


 なんとなく、ナナは感じていた。

 そのままイグナートと会っても、あまり上手くはいかないだろうと。


 だけど顔を合わせてみると、そんなことはなかった……。

 ステラのスノーボードになっていたせいだとは思うが、イグナートは心配していてくれたのだ。


「……良かったですね」


 ステラもなんだかうるっと来た。

 ……下敷きにして、クレームが入るかもというのは気にし過ぎだったようだ。


「なんだか勘違いされてる気がするんだぞ」

「そんなきがするぴよね」

「気のせいですよ。ナナボードは不可避の現象でしたので……」

「そういうことにしておくんだぞ」


 そんなステラ達の前にはもう一人のぴよがいた。

 コカ博士こと、ヴィクターである。


「ふむ……」


 少し首を傾げながら、ヴィクターはステラへと近付いてきた。


 そして、一礼する。


「ナナと同行しているということは、あなたが英雄ステラだろうか?」

「はい。英雄ではなく、ヒールベリー村の使者のステラですが……」


 この着ぐるみは空を飛んで派手に魔法を使っていたので、おそらく貴族だろうとは思う。


 だけど誰なんだろうか……?

 事前資料には名だたるヴァンパイアの名士の着ぐるみが記されていたが、記憶と合致するものがない。


 今のところ、ステラにとっては謎のぴよである。


「これは失礼。俺はさすらいのコカ博士というもの――」

「ま、まさか……月刊ぴよで連載している、あのコカ博士ですか!?」


 ステラは驚きの声を上げた。

 ヴィクターには様々な『顔』がある。


 ナーガシュ家の長男。魔物学の教授。宰相の懐刀――そしてコカ博士。


 それは月刊ぴよに連載を持つ、学識豊かなコカトリス博士のペンネームである。


 もっともヴィクターと月刊ぴよのコカ博士が同一人物と知る人間は数少ないが……。一部の同士のみが、それを知っているのである。


「ほう、俺を知っているのか? これは光栄の至り」

「ええ、もちろん! 『ぴっぴよー。おはよう、みんなー。コカ博士だよー』から始まるコラムですよね……!」

「うむ、一言一句正しい。それなら話は早いな……。俺はイグナート殿に呼ばれて、こっそり参加したのだ」

「ははぁ、お忍びですか……」

「そう。色んなしがらみがあるのが世の常だが……そのしがらみもたまには役に立つ。あなたのおかげで、芸術祭も滞りなく行えるだろう」


 丁寧なヴィクターの言葉に、ステラはぷるぷると手を振る。


「いえ……! アイスクリスタルがいたから退治しただけなので……!」

「まことに殊勝なことだ。そして――」


 実を言うと、ヴィクターは冒険者ギルドや独自の情報網によりディアのことはある程度把握していた。


 ディアの存在は公開されているので、そこは問題ではない。

 コカトリスクイーンという、希少種。

 人語を理解する高い知性……。


 しかしコカトリスの生態を乱さないのは、コカ博士のプライドである。

 なのでディアを目の前にしても、ヴィクターは平常心を保てていた。


「ぴよ?」


 そう、首を傾げるディアが可愛くとも我慢の一言である。


 ヴィクターの視線はステラの胸元のディアとマルコシアスに注がれていた。


「あたしをみてるぴよ?」

「我が主を見つめてるんだぞ?」

「あっ……!」


 ステラがはっと気が付く。

 自らの懐には、ディア以外に不思議生物がもう一人いたのだ。マルコシアスである。


 ヴィクターがさらに近付いて、好奇心をにじませながら問う。


「君は――どういう生き物なんだ? 犬なのか、魔物なのか……人間なのか?」

「マルちゃんだぞ」

「……お手」

「だぞ」


 ぽむとヴィクターの着ぐるみにお手をするマルコシアス。


「おかわり」

「だぞ」


 今度は左手でおかわりをするマルコシアス。

 それを見てヴィクターが満足そうに頷く。


「高い知性があるか……」


 それにディアが合いの手を打つ。ステラは少しドキドキしていた。


「ほめられたぴよね!」

「ほめられたんだぞ!」


 この様子を見たヴィクターはぽつりと呟く。


「やはり脅威はないか……」

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