245.とある村、ふたたび

 そして、ついに芸術祭へと出立する日になった。

 二月も終わりに近づき、外も温かくなりつつある。


 俺の家族とナナが家の屋上に集まっていた。


「とはいえ、まだ北は寒いらしいが……」

「ええ、もっこもっこで頑張ります……!」


 マフラーを巻き、ふわふわもこもこコートを着たステラが意気込んでいる。

 ナナは着ぐるみで大丈夫らしい。すでにナナはステラに背負われていた。


「……でもコートの下にユニフォームを着ているような……」

「ぎくっ」

「ウゴウゴ……かあさん、暑いのも寒いのも大丈夫なんだよね?」

「そ、そうですね……」


 じゃあ、なんでコートを……?

 ふむ……ユニフォームを着るためか。


 そしてステラの胸元には子犬姿のマルコシアスとディアが固定されていた。


「ぴよ。あたしはマルちゃんがいるから、だいじょうぶぴよ! あったかぴよ!」

「わう。実を言うと我、寒がりなんだぞ。期待してるんだぞ」

「がびーんぴよ……! しょーげきのしんじつぴよ!」


 割と本気で驚いているディア。俺も初めて知った真実だった。


「……リビングでよく綿にくるまっていたり、ディアともふもふしてたのは寒かったからなのか……?」

「わふー。その通り、だぞ!」


 ぐっとサムズアップするマルコシアス。


「そのとおりなら、しかたないぴよね……」

「そうですね、仕方ないですね……」

「僕が言うのもなんだけど、それでいいのかい?」


 背負われているナナが言うのだが、まぁ……マルコシアスだしな。マルちゃんだし。

 フリーダムなのである。


「寒かったら、温めてもらうんだぞ……!」


 むぎゅーとディアに抱きつくマルコシアス。

 もにもにもに……。


「ぴよ。わかったぴよ……!」


 まんざらでもない顔で、ディアが抱きつき返す。


「とおさま、おにいちゃん、いってきますぴよ!」

「いってくるんだぞー」


 俺とウッドはディアとマルコシアスに近付き、ふにっと軽く頭を撫でる。

 これは儀式のようなものだ。

 無事に帰ってこれますように、という……。


 ちなみにレイアはもうすでに、ザンザス代表としてで芸術祭へと出立している。彼女も彼女で大変である。


「ステラ、ナナ……二人を頼む。全員の安全を願ってる」

「ウゴ、気をつけてね!」


 俺達の言葉に、ステラとナナが力強く頷く。

 今回は二度目だからな。

 そういう意味では不安はない。


 ……北国なら地面は雪に覆われている。ばびゅん輸送ではむしろ安全かもと思ったのは内緒だ。


「はい、また元気に再会できるように……!」

「気を付けて行ってくるよ」

「では行って参ります……!」


 俺とウッドはすすっと後ろに下がる。

 ぐっとステラが踏み込むと、そのまま大きく跳躍した。この前と同じ、大ジャンプだ。


 そして高さが頂点に達したとき、赤い閃光がほとばしった。


「ぴーーよーーー……!」


 きらっ!


 そのままステラ達は北の方角へと飛んでいく。


「ウゴウゴ……行ったね……」

「ああ、そうだな……」


 ぽん、とウッドの大きな手が俺の頭の上に置かれる。木の温もりを感じる。


「ウゴ……ちょっと寂しい」

「ふふ、俺もだ……」


 ウッドとは長い仲だ。飾る必要もない。

 俺は素直に、そう呟いたのだった。


 ◇


 ステラ達からヒールベリーの村はあっという間に遠ざかり、大樹の塔も見えなくなる。


 数時間後。

 ばびゅん輸送は問題なく進んでいた。


 何十回目かになる着地をすると、ディアが興奮気味に喋り出す。


「すごぴよねー……。なんだか、まわりのもりもちがうぴよ」

「そうですね……。落葉樹が圧倒的に多いです」

「ここら辺でちょっと位置計測をしようか。ズレてないと思うけど、念の為にね」


 よっとナナが地面に降りる。

 そしてお腹からごそごそと方位磁石やら六分儀、地図を出すとふむふむと計測を開始した。


「小休憩なんだぞ」

「ぴよ。どーしてこのあたりのきは、はっぱないぴよ? のろわれてるぴよ?」

「呪われているわけではないですが……」

「寒いところは、この方が効率いいんだぞ。ずっと葉っぱを持つのはちょっと大変なんだぞ」

「たいへん、ぴよ?」

「葉っぱは冷たいのと乾燥に弱いんだぞ。だからいっそ、自分から葉っぱを持つのを辞めてるんだぞ」

「そーなのぴよ……!」

「温かいところの葉っぱは落ちたりしませんからね。これも植物の不思議な習性です」

「な〜るぴよ……」


 ディアがうなると、マルコシアスがぶるっと震える。


「そしていよいよ寒くなってきたんだぞ」

「国境まではまだ距離があるけど、この辺りはたまに雪が降るからね」

「ふむふむ」


 ステラが地面に足を何度か上げては下ろして、感触を確かめる。


「この雰囲気だと、最近は降っていない感じですね」

「……わかるの?」

「雪が降ると、地面がちょっとアレになりません? 霜的な意味で……」


 ふむ、とナナが着ぐるみの足でトントンと地面を叩いてみる。


「なるほど……言われてみると、故郷の北国とは地面の固さが違うね。本当だ」

「ええ、本当ですとも……!」


 意味が通じて嬉しくなるステラ。

 そしてナナが道具をごそごそと着ぐるみに戻す。


「方角も距離も問題なし。ズレてない。あっちの山を目指して飛んでいけばオッケーだ」

「ありがとうございます……!」

「あの山を超えると、さすがに雪も降ってるね。いよいよ積雪地帯になると思う」

「我も雪を見るのは久しぶりなんだぞ」

「ちょっとたのしみになってきたぴよ!」


 ぴよとわふのテンションが上がり気味になるなかで、ナナがステラに再び背負われる。


「そしてもうちょっと進んだら、今夜泊まるところだね。行ったことはないけど、多分普通の村だ」

「ぴよ。ふつーのむらぴよね!」

「普通ですか。普通はいいですね」


 ステラもうんうんと頷く。


「うん……。村の名前もよくある普通の名前だ。けど……そう、ちょっと今気になったんだけど」

「普通の村がですか?」


 そこでナナがぼそっと呟く。


「スティーブンの村、と言うんだけど」

「…………」


 ステラが固まる。北を駆け抜けながら、魔物をぽかぽかした記憶が薄ぼんやりと蘇る……!


「ほら、なんかやっぱり覚えがあるんでしょー!?」

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