234.わたわた

 同じ頃――とある大河では、ひとりのコカトリス着ぐるみが佇んでいた。


 エルトの兄、ヴィクターである。

 ヴィクターはめったに他人には言わないが、夕陽が好きだった。

 暮れる夕陽に、黄金のコカトリス着ぐるみがよく映えるからだ。


 だが残念ながら、今日も目的である川下りをするコカトリスは現れない。


「この辺りでは駄目か」


 いささかの諦めを込めてヴィクターは呟く。

 先日のポイントから少し南に来たが、勘は外れた。


 そろそろ家に帰るか……ヴィクターがそんな風に思ったとき、見覚えのある人達がそこにいた。

 黒い全身鎧をまとった騎士が二人である。


「あ、あのぅ……」

「そ、そこの着ぐるみさん……?」


 顔は兜に覆われていて、わからない。

 だがヴィクターは知っていた。弟が団長を務める黒龍騎士団の団員である。

 そういう意味で見覚えがある人達であった。


 ……声をかけた二人は、少しびびっている。

 謎のコカトリス着ぐるみが大河のほとりに立っているのだと、通報があったのだ。

 それでとりあえず声をかけに来たのだが……。


「……なにか?」


 びくっ!

 騎士はちょっと身震いをした。


 もちろんコカトリスが得意な騎士は多くない。

 本能的に体が拒絶反応を示すのだ。


 だけど、相手は着ぐるみ……そう、着ぐるみ。

 そのはずだが騎士達は思った。


 よくできている着ぐるみだ、と。


 近くで見ると、中身の人の魔力と着ぐるみの精巧さでどうにも落ち着かなくなる。


 そしてもちろん、相手は変人である。

 なぜならほとんど毎日、大河のほとりに来ては小一時間ほど眺めて帰っていくだけなのだ。


 頭のネジが何本か飛んでいる可能性は大いにあった。

 騎士はゆっくりと言葉を選びながらヴィクターに話しかける。


「えーと、近隣からすこーし連絡がありまして……」

「ふむ。俺は見ての通り、たそがれるだけの着ぐるみだ。どうぞ、お構いなく」


 ヴィクターの受け答えは手慣れていた。

 よどみなく、うっとりする声音である。


 理由は簡単だった。

 こうして通報されるのはもう何度もあったのだ。

 なので自然に受け答えもこなれたのだ。


 ヴィクターにも理屈はわかる。

 明らかに不審なコカトリス着ぐるみが毎日定時に立っていれば、通報されるのは仕方ない。

 屋敷の近くならヴィクターもそうする。


 しかし事はコカトリスの研究なのだ。

 折れるわけにはいかない。


「まぁ、今日はもう帰ろうと思っていた」

「そ、そうですか……。ええ、特別何かあるわけではないので……」

「明日もまた来るが」

「……」


 ヴィクターが騎士の近くにのしのしと歩いていく。


「仔細は話せないが、重要なことだ。諦めてほしい」

「ど、どんなことなんですか……!?」

「話せないと言ったろう。だが、そうだな……一言だけ明らかにできる」


 ごくり、喉を鳴らす騎士達にヴィクターが辺りをうかがいながら言う。


「コカトリスの羽に関わることだ」

「……」

「もしかしたら、尾羽かもしれないが。まだその辺りはわからん。とにかく、そういうことだ」


 騎士は顔を見合わせた。

 駄目だ、目の前の着ぐるみは頭のネジが飛んでいる。


 それに間近に来るとよくわかる。

 この着ぐるみの中身は、間違いなく貴族だ。

 貴族級の魔力がある。


 今、事を荒立てるのは得策ではない。

 騎士はそう判断して、着ぐるみに答えた。


「……上司に話をしてみます」


 そう答えるのが精一杯であった。


 ◇


 ユニフォームが出来た翌日、俺とステラはそれを持ってナールに見せに行った。

 レイアに見せにいくのもいいが、まずコカトリススキー以外にも見てほしかったのだ。


 ……ちょっとユニフォームがしわになっているのは、仕方ない。

 ステラの要望で、ユニフォームを着たまま寝たからだ。


 汚れや洗濯のテストは余った布地でできる。しかし伸縮や耐久性は、長時間着ないとわからないらしい。


 ……寝てる間、妙に頭をこすりつけられたのは、気のせいだと思うが。

 ちなみにちゃんと洗濯したので問題ない。

 しわが取り切れないのは、この世界ではやむなしだな。


 冒険者ギルドの執務室でユニフォームを見せて説明すると、ナールが即座に驚いた。


「にゃ! 素晴らしい刺繍ですにゃ……!」

「そうですか、良かったです……!」

「コカトリスにヒールベリー、それと……ヴィレッジ・コカトニアですにゃ。これがち~む名ですにゃ? ちゃんと読めますにゃ」


 良かった、そこが心配だったのだ。


「ちょっと触らしてもらってもいいですかにゃ?」

「ああ、ぜひ触ってくれ」


 ユニフォームを手に取ったナールが、ふむふむともにもにとした手で触って確かめる。

 ひっくり返したり、本格的だな。


「薬用品に布は不可欠ですにゃ。にゃ……マルデコットンをよくここまで仕上げましたですにゃ……!」

「マルデコットンの服はやはり珍しいですか」

「裁断にも刺繍にも魔法具が必要で、そこがやはり一番のネックですにゃ。簡素な肌着や作業服にはいいのですにゃ……」

「ナールもマルデコットンを取り扱っているのか?」


 そう聞くと、ナールは遠慮がちに頷いた。


「北部にいた頃にたまにですにゃ。地方ではお金のない魔力持ちの人が、たまにマルデコットンの布地を売りにきたりしますのにゃ」

「こちらに来てからは、あまりないのですね」

「にゃ。ザンザスには物がたくさんありますにゃ。マルデコットンも……衣料品としては、あまり出番がないのですにゃ」

「マルデコットン自体は高くはないのか?」

「人件費と道具代を除けば、高くはありませんにゃ」


 なるほどなぁ……。


「にゃーん……」


 もにもにとナールがユニフォームを揉んでいる。

 こころなしか、かなり嬉しそうだ。

 手触りが気に入ったのか?


「だいぶ、気に入ったみたいですね」


 ステラも同じことを思ったようだ。


「にゃ! にゃ……ウッド様の綿によく似ているにゃと思ったのですにゃ」

「……ウッドの綿?」

「そうですにゃ。最近遊んでもらっているから、なんとなくそんな気がするのですにゃ」

「言われてみると……」


 ステラも気になったのか、ユニフォームに近付いてふにふにと触る。

 俺もつられて触ってみるが……わからん。

 同じと言われれば同じというか、綿だからな。


「ここにウッド様からもらった綿で作った、ハンカチがありますにゃ」


 ナールが懐から取り出したのは、真っ白なハンカチ。

 どうやら遊んだあとの綿をリサイクルしているらしい。


 しかし触り比べて見ても、わからん。

 だが、ステラは違ったようだ。


「確かに……凄く良く似てますね。ソックリじゃないですか?」

「にゃ。ここまで近ければ……もしかすると相性はいいかもしれませんにゃ」


 綿の違いはよくわからんが、言いたいことはわかった。

 マルデコットンには糸にも相性があり、簡単に刺繍ができない。


「組み合わせるのか?」


 そうすぐに言えたのは、もしかしたらウッドの綿が売れるかもと思っていたからだ。


 後回しにしていたのは、産業になるほど量が確保できないから。

 そしてうまく付加価値を与える方法が思い当たらなかったからだが……。


 ユニフォームなら、アリなのか?


「……糸か布地、どこかにうまくハマるかもしれませんね!」

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