233.仕上がり
ちょきちょきちょき……。
ステラはリズミカルにマルデコットンを裁断していく。
側で見ている限りでは、複写した通りに綺麗に切れているな。
「良かった、切れそうだな……」
「ええ、ありがとうございます……! この石の光がなくなると切れなくなるんですよね?」
「そういう話だな。予備の魔法ハサミはあったはずだから、もう魔力入れておくか」
こうしてハサミを交代交代に使いながら、さくっとマルデコットンを切り終わる。
ユニフォーム一枚だからな、切り始めれば早い。
次が縫い合わせとロゴマーク・チーム名を入れるところ。
バッグから裁縫道具を取り出したステラが、少し渋い顔をする。
「裁縫道具にもそれぞれ、この丸い石がくっついているんですね……」
魔法ハサミとセットな感じだな。
まぁ、切るのに魔力がいるなら縫うのにも魔力がいるか。
裁縫道具はどれも小さくて可愛らしいデザインだな。貴族の子女向けセット、といった感じだろう。
服飾、刺繍は実益も兼ねた人気の趣味である。
男性でも騎士になりたい場合は冒険者同様、ある程度の裁縫技術は必須らしい。
なので道具もかなり売られているそうだ。
「俺が道具に魔力を通していくから、ステラはどんどん縫ってくれ。ステラのほうが大変な気はするが……」
「いえ、お気になさらず……! これもユニフォームのためですから!」
縫い針にも持ち手側に爪先くらいの小石が取り付けられている。
……念の為試したが、やはり魔力のない縫い針ではうまく裁縫できないようだな。
どうしても繊維に糸が入っていかないらしい。
手触りは普通の木綿のようなんだが……改めて不思議な素材である。
道具の使い勝手自体は、普通のとは変わらないみたいだ。縫うのも迷いなく、ステラの手は進む。
「しかしこれだと量産は厳しいな……」
「うーん……素材の条件は悪くないのですが。糸によっては素材に反発するのも、マルデコットンではないですし」
「そういうのがあるのか?」
「はい、魔力を持つ糸と魔力のない布地には相性があります。魔力のない糸と魔力がある布地もそうですが……最悪の場合だと、糸か布かどちらかすぐ駄目になるのです」
「なるほど……」
「しかし少しでも魔力を帯びた服は、そうでない服に比べると耐久力があります。長持ちすれば、最初高くても元は取れるかと」
「ふむ……難しいな」
やりようとしては、ワッペンを別に作って縫い合わせる方法もあるが。
だけど野球のユニフォームでそれはメジャーな方法ではない。
これも検討課題にしておくか……。
「とりあえず、まずは一枚目ですね……! 調べていくうちに解決策が見つかるかもしれませんし」
「ああ、そうだな。量産化はまた次に考えてみよう」
◇
それから少しして――。
「マルちゃんのここ、ふしぎぴよね……。いままであんまりきにしてなかったぴよ」
「肉球というんだぞ」
「にくきゅう……おぼえたぴよ!」
ディアが今度は、マルコシアスの右前脚の肉球をもみもみしていた。
「わう……。きもちいいんだぞ……」
眠そうな声を出しながら、マルコシアスがふにゃーとしている。
本当に気持ちいいらしい。
「ねてもいいぴよよ。あたしはマッサージしてるぴよ。ぷにぷにぷに、ぴよ」
「あうー……」
犬猫は肉球マッサージで気持ちよくなれるとは聞いていたが、真実らしい。
しかもコカトリスの羽マッサージなら、まさに天国だろうしな……。
「よーし、できました!」
ステラが上機嫌に宣言する。
白い布地に黄色の糸で刺繍されたコカトリスと青色の糸で描かれたヒールベリー。さらに緑の糸でヴィレッジ・コカトニアとちゃんとある。
おおー……!
「素晴らしいじゃないか……!」
「えへー、うまく出来た気がします!」
ステラもにっこにこである。
というか、普通に凄いな。この短時間でよく出来たもんだ。
とりあえずは前面の刺繍だけ。裏の背番号は後回しである。
まぁ、デザイン的には前面が重要ではあるからな。
前面が完成しないと背中側の背番号まで行きつかない。
と、ステラがユニフォームを折り畳んでテーブルに置く。
「ん……?」
ステラがわきわきと両腕を広げた。
凄く上機嫌にステラが口走る。
「ご褒美が欲しいのですが……!」
「あっ、ハグか。わかった」
この流れ、前にもあったな。
むぎゅっとステラを正面から抱きしめる。
「わかっていただけて、嬉しいです」
「こ、これくらいなら……いくらでもいいぞ」
「私の歯止めが効かなくなりそうですね」
ステラは満足したのか、すっと離れる。
「こほん。では、実際に着てみてください」
「ああ、そうだな」
ぱぱっと上半身肌着になり、ユニフォームに袖を通す。
柔らかな肌触りが心地よい。
ふむ……なんだろう、とても懐かしい物と再会した気分だ。
遥かな世界を超えて、再び野球の……。
野球……。そう、ユニフォームのない野球は野球と言えるのだろうか?
答えはわからない。すでに俺の知っているプロ野球では、必ずユニフォームを着ていたのだから。
そんな哲学的なことが頭をよぎるほど、俺はユニフォームという響きに酔いしれた。
ありがとう、ステラ。
「……満足だ」
そう言うと、俺はステラを抱きしめた。
うん、俺も変なテンションになってる。
「はわ……! ありがとうございます! とってもよく似合ってます!」
むぎゅむぎゅ。
一通り、お互いに抱きしめ合う。
……少しすると恥ずかしくなるので離れるのだが。
「着心地はばっちりだ。刺繍も良い。文句はひとつもないな」
「良かったです……! 個人的には、やはり文字部分はもう少し慣れがいるかなと思いますが」
「細い部分が難しいのは仕方ないさ。でも、これでもちゃんと読めるぞ」
目線を胸元にやり、少しユニフォームを引っ張る。
逆さまの文字が目に入る……これでも『ヴィレッジ・コカトニア』と読めるくらいだ。
正面からでも、何の問題もないだろう。
「あとは色合いの組み合わせですかね。文字は暫定的に緑にしましたが……緑でも色々とありますし、良い糸が出てくるかもしれません」
「レイアも探すと言っていたし、組み合わせのバランスは無限に等しいからな……」
わずかな色の違いがイメージを左右することもある。
うっ……不評なユニフォーム……。
「でもこれは問題ないからな。これをベースに、試していけば……」
「ええ、マルデコットンにはまだ余裕があります。糸を色々と縫ってみて、コントラストを……!」
めらめらと次の段階に燃えるステラ。
そう、次は色の細かな組み合わせを気にできる段階になったわけだ。
よしよし、着実に進んでいるぞ……!
ところでユニフォームを着てからステラの視線がなんだか熱い気がするんだが。
……本能で野球の伝統を感じ取っているのだろうか。
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