231.製作は進む

 打ち合わせが終わると、レイアは一度家に帰って行った。道具類を整理してくれるのだ。


 ドールハウス制作もあるが、ザンザスでも動いてるそうでそこは心配ないらしい。

 さすがレイア、抜かりない。


 夕方、レイアの家で道具類を受け取る。

 大きめのバッグがパンパンに膨らんでいる。


「材料類もありましたので、少し入れておきました。マルデコットンやそれにつかえる糸など……」

「ありがとう、助かる」


 レイアはこうした対価に金銭は受け取らない。

 それより、コカトリスとのふれあいタイムや土風呂優先使用権を欲しがる。

 それでいいのならこちらとしても……という感じだ。


 ステラがバッグを開けて、中を見つめている。


「マルデコットンは多彩な色がありますけれど、かなり揃ってますね……。糸も良さそうです」

「ぬ、俺としてはありがたいが……高いんじゃないのか?」

「品物としては希少ではありません。ザンザスのダンジョン、第一階層からマルデコットンは楽に取れるので。糸も第二階層、第三階層の岩山から取れた顔料を使っています」


 第二階層は【無限の岩山】だったか。

 ワープボールで戻されるとか、アスレチックのような場所らしいが。

 第三階層は……クイズを解かないと行けないとか?

 石畳の迷路とクイズの組み合わせで、これはこれでやり辛いそうだが。


「ダンジョンから取れる素材の価格は、有用性と希少性、それと加工性により左右されます。マルデコットンは木綿よりちょっと上の有用性なのですが……加工性が低いのです」

「品物としては楽に採集できるが……ということか」


 この世界での物の値段は人件費によるところが大きい。

 魔力を持つ人間を使うなら、相応の値段にしないと割に合わないのだ。


 しかしそれで出来上がるのが普通の木綿と大きく変わらない……それだと買う方にとっては割高に感じられるだろう。

 まぁ、耐久性があるのはこちらとしてはありがたいんだが……。この辺りは難しいところだ。


「とりあえず、家に持ち帰ってやってみましょう。他の布地もゲットして……」

「そうだな。とりあえずデザインが再現できるかも含めてやってみないと」


 とはいえ素材のメドはついたのだ。

 道具類も借りられたし。


 最悪は実用的でない素材で作るのも仕方ないと思っていたが。

 これなら――なんとかなるだろう、きっと。

 マルデ生物、ありがとう。


 ◇


 エルト達が帰ったあと、レイアは自室でコカトリスぬいぐるみをもみもみしていた。

 ふと、人の気配がする。


「何をしてるの」

「ぬいぐるみをもみもみしてます」


 ぬっと現れたのは眠そうな声のナナである。

 もちろんコカトリスの着ぐるみを身につけている。

 起き抜けらしく、ナナの足取りはいくぶんかふらついている。


「……意図を聞いたつもりだったんだけど」

「精神の均衡を保つため、です」

「さっき玄関口に来ていたのはエルト様でしょう? 何かあった?」


 ナナは着ぐるみを脱いで、丸洗い洗濯機に着ぐるみをセットする。

 縦長のヴァンパイア御用達着ぐるみ洗濯魔法具だ。


 要は大きな洗濯機なのだが。

 もう色々と面倒なナナは、レイアの家にもこれを設置していた。


 ごうんごうん……!


 唸りを上げながらコカトリス着ぐるみが回転する。


 ずごごごご……!


 ナナは気だるそうに冷蔵庫からトマトジュースを取り出して飲み始めた。


 そんな自宅同然にくつろぐナナに、レイアはかいつまんで説明する。

 野ボールのユニフォームなる物を作ることを。


 男女、身分関係のない服装。

 その説明を聞いたナナは軽くのけぞった。


「はぁー……それは、なるほど……」

「ヴァンパイアの着ぐるみも身分で違うのに、まさに驚きの発想です」

「そうそう。よくわかってるね」


 ヴァンパイアの着ぐるみも、素材やちょっとしたアクセサリーの違いで身分が明らかになっている。

 実際、ヴァンパイアの子どもがまず叩き込まれるのは着ぐるみの選別能力である。

 もちろん他の種族にはだいたい同じに見えるのだが……。

 レイアの目にはナナの着ぐるみが、上級貴族レベルの着ぐるみであるとはっきりとわかる。


「でも発想としては面白いね。誰でも着れて、使える服か……」

「普通なら無理でしょう。しかし、野ボールとあわせてならあるいは……」

「競技のルールに組み込むわけだね」


 貴族の競技としては乗馬や弓、ゴルフなどがある。

 どれも服装にはうるさく、豪奢な装束が当たり前だ。

 もちろん金もかかるのだが。


 それゆえ平民には浸透していない。貴族もそれを望んでいないからだ。


「でも野ボールの出費は少なく、平民にもやりやすいスポーツです」

「うん、今だと乗馬やゴルフが貴族では人気だけど……平民にはおいそれと手が出せない」


 ゴルフも最低限の装備一式を揃えるのに、平民の年収が軽く飛んでいく。

 プレー料も含めるととても手が出ないだろう。


 レイアもやったことはあるが、あれはお金がかかるスポーツだ。


「エルト様の知恵は恐るべきものです。ステラ様も乗り気ですが……これも追い風になるでしょうね」

「個人的人気を突破口に、ね。すでにこの村では流行ってるし」

「ここでユニフォームが完成したら……春から面白くなりそうですね」

「本当に感心するよ。同じ貴族でも発想というか創造力が違うね」


 ずずーとトマトジュースを飲むナナ。

 これは本心だった。

 十五歳とは考えられない、何度そう思ったことか。


「私も負けてられません……! コカトリスのぬいぐるみと模型の組み合わせを作らなくては!」


 瞳の奥を燃やすレイア。それを見つめるナナ。


「いいよ、頭も冴えてきた。次は何に手を付ける?」


 それにレイアは頷く。


「……そうですね。建物だけだと寂しいので、埋まっているドリアードのぬいぐるみも作りましょうか」

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