227.アイデアはある
翌日――。
大樹の塔では花飾りの製作がせっせと進んでいた。
とはいえ、今作業しているのはララトマだけだったが。
そのララトマが胸を張りながら、テテトカへと聞く。
ひとつ、花飾りが完成したのだ。
「どうです!? これは……!」
その花飾りは大きめの丸太を中心にして、その前にドラムを置いていた。
丸太のそばに、ちょこちょこっと濃い目の紫の花を添える。
手前側には派手な赤や黄色い花を敷き詰め、コントラストを生み出す。
丸太はウッド、紫の花はララトマ自身の見立てである。
前は遠慮がちにしかできなかったモチーフで、それゆえにテテトカからは高評価を得られなかった。
そのこと自体はララトマも自覚していた――そして、湖で二人きりになれてから吹っ切れたのだ。
この想いは迷いじゃない。
さらにウッドもきっと、似たような想いを持ってくれていると確信できたのだ。
「思い切りましたです……!」
「いいねー」
テテトカが屈みながら、ララトマの作品を見つめる。テテトカの手には草だんごがあり、もちろん食べながらの鑑賞である。
もぐもぐ。ごっきゅん。
「迷いがなくなったねー」
「はいです……! でもわかるんですか、テテトカおねーちゃん?」
「わかるよー」
テテトカが立ち上がり、ララトマの頬をぷにぷにとっつく。
それを目を細めて、ララトマは受け入れる。
「花飾りは心の合わせ鏡だからね。揺れる心がそのまま出ちゃう」
「……はいです」
ぷにぷに。
テテトカはララトマの頬をつんつんし続ける。
「でも悪いことじゃないよ。大抵、作ってる人自身が揺れていることを自覚するから。そうすると――もう一段、成長できるきっかけが掴めるし」
「その通りです……!」
ララトマは力強く頷いた。
それを聞いて、テテトカはララトマの頬から手を離す。
「よしよし。それじゃそろそろもっと大きく、本番用を作ってみようかー」
「わかりましたです!」
テテトカも微笑みながら頷く。
少なくとも、ララトマから今の段階での悩みはなくなったようだ。
それがテテトカにも嬉しかった。
◇
俺は悩んでいた。
野ボール用の出展物のことだ。
「うーん……」
あとあとレイアとの話し合いを終えて家に戻ってから、俺はとことん悩んでいた。
一日経過し、さらに夜になっても俺は決断を下せなかった。
遠くでホーホーとフクロウが鳴いている。
風で大樹の葉が揺らされているのがわかる。
そのざわめきは俺の心に似ているように思えた。
「お悩みですね、エルト様?」
ちなみにステラは俺の膝に頭を乗せて、小さめの本を読んでいた。
冒険者用のハンドブックみたいなものらしい。
「まぁな……」
実を言うと何を出展するか、答えは俺の中でもう出ていた。
バット、グローブ、ボール……野球に欠くべからざる三種の神器。
だけどこれは実用品であり、芸術品とはまた違う。
価値が出るのはおおむね、有名選手が使ったりサインをしたりするからだ。
デザインも大切だが、それ以上に実用性が問われるている。
しかし芸術祭で求められるのは、デザインのはずである。実用性は二の次。
そこを間違えてはいけない――さらには発展性と商業性も欲しい。
例えば日本刀のような。
現代日本では、本来の殺傷目的で振り回す奴はいない。つまり実用性はないのだ。
だが刀はちゃんとした芸術品であり、海外にも輸出されている。
だとすると、前世の知識に照らし合わせて……野ボールで出展すべきものは、今作るべきものはひとつに思えた。
「ユニフォーム……」
「ゆにふぉーむ?」
ステラが俺を見上げてくる。
「なんでしょうか、それは」
「野ボールは近くで見ると危ないよな?」
「そうですね。バットを振りますし、ボールも飛びますし……」
「遠くから人を識別する目印が必要だと思うんだ」
「それが――ゆにふぉーむ、ですか」
ステラはいまいちピンときていないようだ。
だが、そうだろうと思った。
この世界には俺の知る限り、制服文化はほとんどない。村人も冒険者も思い思いの服を着ている。
おそらく騎士団や軍隊――軍事関係にだけ、一部制服文化がある。
黒竜騎士団が来たときも、完全に統一はされていなかったからな。
制服も限定的なものだろう。
レクリェーションの類で服装を揃える、という発想そのものがないのだ。
だけど野球にユニフォームは必要不可欠である。
選手も必ず着てプレーするし、熱心なファンは着て応援する。グッズでもユニフォームやキャップは常に人気商品である。
いつかは作らないといけないのだ。
「ああ、軽くて動きやすい服装だな。あとは背中に番号を付けてプレイヤーと紐付けするんだ」
「なるほど、遠くからもわかるようにですね?」
明晰なステラはすぐに理解する。そうしてふむふむと頷いていた。
「その通りだ。あとは胸側にチームというか陣営のロゴマークを付けたりする……」
これも不可欠な要素だ。
ロゴマークはどのプロチームも持っている。
そのロゴマークにはチームの歴史と誇りの代名詞なのだ。
あとはなにかあったかな……?
俺はちょっと天井を見上げて考える。
そこで、ステラがばっと起き上がった。
「おおう!?」
「いいですね……! とってもいいです!」
ステラが俺の両手を取って、ものすごく顔を近付けてくる。
なんだ?
スイッチ入った?
「少し思っていました。遠くから見ると、誰が何をしているか分かりづらくないかなぁ……と。私は視力がいいのですが、全員がそうではありませんしね……!」
「お、おう……そ、そうだろ」
「視覚的に服装を揃える! 素晴らしい解決策です!」
ステラの瞳にキラキラした星が浮かんでいた。
それは野ボールの星を見出した輝きだったのかもしれない。
「……しかしだ」
意図はわかってもらえた。
もしかしたら納得してもらうのに時間がかかるかもと思ったのは、杞憂だったのだ。
それは良かった……まずはひとつクリアだ。
だけども、もうひとつ悩みはある。
これは実際的な問題である。
「俺は服作りの知識がないんだが……」
率直に、俺には貴族用の服装程度しか知識がない。
それも儀礼面が主で、運動用ではない。
ユニフォームも買うだけで、作る側になったこともないしな。
具体的な道筋はさっぱりわからないのである。
アイデアはあるが、実現にはまったく知識と経験が足りない……それが二点目の問題だ。
そこで、ステラが俺の前に立った。ぐっと拳を握っているな。
「大丈夫です……!」
さらに彼女は両手を広げて、断言する。
「全身全霊をこめて、素晴らしいゆにふぉーむを仕立てます! エルト様にはおおまかなデザインと監修をして頂ければ!」
「お、おう……」
凄い熱量だ。
というかちょっと魔力も溢れ出してる。
ヤバい。ステラのやる気に火を付けてしまったようだな。
もしかしたら過去最大級の火かもしれない。
それくらいの気迫だ。
「私の本能が叫んでいます――ゆにふぉーむは、これから野ボールに絶対必要なものだと!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます