218.食物連鎖

 バーベキューが終わり、それぞれが家路につく。

 ララトマはウッドに付き添われ、大樹の塔へと戻った。

 日はまだ高い。


 塔の前でウッドと別れる。


「ウゴウゴ、それじゃまたね」

「はいです……! またです!」


 バイバイ、と手を振ったウッドが背を向ける。

 彼も家に帰るのだ。

 そしてウッドが段々と遠ざかっていく。


 物寂しいような、満ち足りているような。

 これほど彼と二人きりでいたのは初めてだった。


 彼の姿が小さくなるにつれて、胸がなんだか締め付けられる。

 今朝よりももっと、苦しいような嬉しいような気持ちなのだ。


 ウッドの後ろ姿が見えなくなってから、扉を開けて塔の中に入る。


「およ、かえってきたー」

「ただいまです……!」


 大広間で草だんごをこねこねしていたテテトカが、ぱたぱたとララトマに駆け寄る。


「やはー、どうだったー?」

「うう……ぷしゅー……」


 緊張の糸が切れたララトマがへたりこむ。


「あう、テテトカおねえちゃん、色々とあって……一言では言えないです」

「そっかー。それじゃ、まず草だんご食べよ?」


 懐から草だんごを二つ取り出すテテトカ。もちろん一つは自分が食べる用である。

 テテトカは草だんごを一つララトマに渡して、残り一つを即座に口の中に放り込む。


 ララトマも渡された草だんごをもぐもぐする。


 もぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。

 ごっくん。


「どう? ちょっとは落ち着いた?」

「は、はいです……!」

「よろしー。向こうにオレンジジュースもあるよ。どんな事があったのー?」


 テテトカは微笑みながら、ララトマを大広間へと連れて行く。


 ララトマは姉にはかなわないなぁ、と思う。

 一連の流れで、ずいぶん落ち着きを取り戻せたのが自覚できた。


「はいです、湖までボートの部品を運んで――」


 話すことは沢山ある。

 ララトマはとりあえず自分の見たこと聞いたこと、体験したことを話すことにした。


 そう、これは整理なのだ。

 口にすると少しは客観的に見れそうな気がする。


 その日、ララトマの話は夕方まで終わらなかった。

 それほど話すことがあったのだ。


 良かった、とテテトカもほっと胸を撫で下ろした。


 今のところは大丈夫そうだ。


 テテトカは草だんごを食べながら、にこにこ微笑んでその話を聞いたのであった。


 ◇


 家に帰った俺は、まず書斎からいくつか本をリビングに持って来た。水の生物図鑑や淡水について書かれた本である。


「買ってから、まだほとんど読んでなかったが……」


 しかし買っておくものである。

 すぐにマルデホタテ貝やマルデサザエ貝を探す。


「ほむ、さすが勉強熱心ですね……」


 ステラは貝のいくつかをそのまま焼かずに持って帰ってきていた。夜ご飯のおかずにするらしい。


「まぁ……俺が知らない訳にはいかないからな。輸出できる物かも知れないし」


 本に書かれている程度のことは、即座に知っておきたい。


 ゲームでもこのマルデなんとか貝はあったのか、覚えがないのだ。

 少なくともアイテムや敵の類としてなかったのは確実だ。


 ……ふむふむ。

 図鑑の目次からすぐ見つかった。


「マルデ生物とは……」

「おいしいぴよ!」

「また食べたいんだぞ」

「……ま、まぁ湖でとれるからな。また今度食べような」


 ちなみにマルコシアスは子犬姿で、ソファーに寝そべりながらディアにお腹を撫で撫でされている。

 ディアも少し眠いのかうとうとしていた。


 お昼ご飯を食べて帰ってきて、お昼寝にはちょうどいい時間だからな。


「私もマルデホタテ貝は取って食べているだけで、詳しくは知らないのですよね……。どんな風に書かれているのでしょう?」


 ステラが俺の隣に座る。

 俺は図鑑を広げて、ステラにも見やすいようにした。


「マルデ生物は魔力に影響された亜種……とあるな」


 マルデホタテ貝は、ホタテ貝が魔力のある環境下に適応した姿らしい。

 一般に色は変わるが、形は変わらない。


 図鑑に載っているマルデホタテ貝も鈍い銀色だな。

 他にも色はあるらしいが。


 確かにマルデホタテ貝の色は鈍い銀色だが、形は前世で見たホタテ貝にそっくりである。

 色合いのせいで記憶が結び付かなかったが、言われればホタテ貝だ。


 マルデ生物は特にダンジョンでは重要らしい。魔物の餌になり、長期的な環境の維持に不可欠とのこと。


 なのでマルデ生物を乱獲すると生態バランスが崩れ、結局は損をする――そんなことが書いてある。

 最悪の場合は魔物が餌を求めて、大暴走を始めることもありうるのだそうだ。


「えーと、味や毒性は元の種と変わらない。ただし餌が変わっているため、捕獲は難しい……」

「ふむ……そう言えば、さっきのバーベキューでも少し不思議そうな人がいましたね。マルデホタテ貝はなかなか釣れるものじゃないのに、とか」

「それは草だんごのおかげだろうな……」


 コカトリスもレインボーフィッシュも、草だんごが大好きである。

 そこにマルデホタテ貝が加わっても不思議ではない。


「餌が変わっているため、か……」


 しかし図鑑の記述にはそこまで書いてない。

 魔力を含む餌を食べているとか、そんな感じだ。


 しかしこのマルデホタテ貝は普段は何を餌にしてるんだろう?

 いや、レインボーフィッシュの時もそうだったが……。


「草だんごはそれほど量産できない。マルデホタテ貝の生態がわかれば、養殖もできそうなんだが……」

「ごくり。もうそこまでお考えを……?」

「レインボーフィッシュも飼育は出来ているが、卵を産んではいない。増えてくれるのとそうでないのでは、大きな違いだしな……」


 捕獲だけの生き物はかなり高く付く。

 これは前世でわかっていることだ。

 普通の肉や野菜よりも、魚の方が高いし。


 それにまだマルデ貝の生息数もわからない。

 もし生息数が少なければ、捕獲量も少なくしないといけない。


 養殖が出来れば大きな産業になりそうな気はするのだが。


 湖の底に他に餌となる生物がいるんだろうか。

 うーむ、もっと調べないと駄目か……。


 次は誰かに潜ってもらうか……?

 湖の真ん中にも危険がないのはわかった。なにせ貝しか釣れないのだ。

 魔物がいないようなら、潜水調査もありだろう。


 ん?

 あっ、もしかして……。


「どうかしましたか、エルト様?」

「いや、レインボーフィッシュの鱗なんだが」


 ぱっと思い付いた。

 今のところ、これしかない。


 レインボーフィッシュとマルデ貝。


 もしやマルデ貝達は、レインボーフィッシュの剥がれ落ちた鱗を食べているのか?

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