217.マルデホタテ貝
貝は続々と釣れていた。
ブラウンだけじゃなく、冒険者達の方でもだ。
銀色の貝もあれば、焦げ茶色の貝もある。
どんどん釣れているようだが……。
「貝って釣れるものなのか……?」
水上を歩きながら、俺は首を傾げる。
どうにもこの世界の水産物はまだよく分からない。
サーモンやタラのように前世と同じようなものもあれば、レインボーフィッシュのように違うものもある。
俺の手を取るステラはふんふんと頷いている。
「あれらはそんなに深くないところで取れる貝ですね。レインボーフィッシュと同じく、多少は魔力がないと生きられない貝ですが……」
「知っているのか?」
「ええ、旅の間に食べてましたから……! 結構、美味しいですよ!」
ステラがふふりと微笑む。
結構、美味しいらしい。
しかし見ていると湖の真ん中で釣れるのは貝ばかり。魚の類は誰も釣れてない。
レインボーフィッシュさえも釣れてないな。
整理すると――。
「湖の周辺部はレインボーフィッシュ、湖の中心部は貝が群生しているんだな……」
「そういうことになりますね。何か違いがあるのでしょうか」
「魔力や水質の違いや水深、底の土とか……色々とありそうだがな。まぁ、ゆっくり調べていけばいい」
「そうですね、時間はありますものね」
俺とステラの近くには、マルコシアスがいる。
彼女も水の上を歩いているわけだが……。
「どうしたんだぞ?」
「いや、この水上歩行はそれなりに魔力がないと駄目そうなのに……問題ないのか?」
「心配ありがとうなんだぞ。でも問題ないんだぞ!」
えっへんとマルコシアスが胸を張った。
そしてふと遠くを見るように、マルコシアスが続ける。
「……貝で思い出したけど、地獄でもこんなことをしてたんだぞ」
「地獄でも貝を釣っていたんですか?」
「潮干狩りでアサリを取るんだぞ。砂浜にスコップを持って……」
「ぴよ。すなはま……みたことないけど、たのしそーぴよ」
「……地獄に砂浜があるのか?」
「暇な悪魔が作ったんだぞ。悪魔は暇だからな。やりたいことは時間をかけて準備するんだぞ。それで春に潮干狩りをたくさんしてたんだぞ」
「そうなんですね……」
ステラが想像力の限界を超えたのか、わかったようでわかってない顔をしている。
俺もいまいちわからん……。でも優雅な生活と言えば優雅な生活か。
潮干狩りをしたいから砂浜を作るとは、セレブも極まっている。
「……ウッドも問題ないようですね」
ふと、ステラが俺にささやく。
視線を素早く、誰にも悟られないように動かすと――見つけた。
ウッドの脚の間にララトマが座っている。
仲良さそうじゃないか。
とりあえずはお互い、憎からず思っているということだろう。
「それにしても、どこのボートもガンガン貝が釣れているようだが……」
「にゃーん、また当たりにゃーん!」
「こっちもですぜー!」
いきなり初日で取り尽くすことはないだろうが、あんなに湖の底に貝がいたのか?
と、俺の疑問にマルコシアスがすんすんと鼻を鳴らす。
「餌に秘密があるようなんだぞ」
「つりばりのさきに、つけるやつぴよ?」
「あっ、私にもわかりました」
ステラが目を細めている。
それだけで彼女には釣り針の先が見えたらしい。すごい視力だ……。
そして、マルコシアスがぴっと指を立てる。
「……草だんごを餌に使ってるんだぞ」
なるほど……。
言われるとそれほどヒットする餌は他に考え付かないし。
でも皆(貝も含めて)、草だんごが本当に好きなんだな。
いや……俺も好きなんだけどね!
◇
それから少し湖の上を散策して、停留所へと戻った。
他のニャフ族や冒険者も一度、戻って来ているな。
「にゃん、こんなに釣れましたにゃーん!」
途中から取りすぎないよう手加減したらしいが、それでもかなりの量の貝だ。
鈍い銀色の貝が多いような気がする。
巻き貝もあるな。サザエみたいな形をしている……。
「この鈍い銀色の貝はなんて言うんだ?」
「マルデホタテ貝ですにゃん!」
「うん?」
……俺が聞き直すと、アラサー冒険者も声を上げる。
「マルデホタテ貝ですぜ!」
マルデホタテ貝……まるでホタテのような響きだが。
すすっとナールの隣に行き、こそこそと話をする。
「なんだかホタテの偽物のような名前だが……」
「誤解を招く名前ですにゃ、大丈夫ですにゃ。立派なホタテの仲間ですにゃ」
「そ、そうなのか……?」
どうりで魔物図鑑で見た記憶がなかったわけだ。
実家でもここでも、魔物関連の本は相当読み込んでいる。
でもこんな貝の記述はなかった。
本当に単なる貝なんだな。
「これは焼くとうまいんですぜー」
「おうよ、濃厚な旨味が……」
冒険者達はうきうきしながらバーベキューの用意をしている。早い。
というより躊躇なく食べるんだな。
冒険者にとってはそれなりに馴染みがある食材なのか。
ステラも止めないし、大丈夫なんだろうな。
ただ時刻はすでにお昼ぐらいか。
朝から活動していたから、それなりにお腹は空いている。
ちょうどお昼ご飯にはいいのかも知れない。
「バターやチーズ、オリーブオイルは持ってきてますにゃ。これで大丈夫にゃ?」
「それだけありゃ、最高ですぜ!」
ささっと網を用意し、火を付け始める。
サバイバルに慣れた人が多いし、あっという間に焼くまで始まるな。
俺もひとつ具材を提供するか。
貝は釣っていないしな。
「よし、野菜なら任せろ」
「おー!」
「やりましたにゃん!」
それから俺はたまねぎ、にんじん、ピーマン、トウモロコシといった野菜を生み出していった。
切るのはステラだな。
神速でぱぱぱっと切り分けていく。
「ウゴウゴ、俺は?」
ウッドができることはないかと聞いてくるが……足元にはララトマがいる。
ふむ、今日は一緒にいてもらった方がいいだろうな。
「ここは大丈夫だ。ララトマと一緒に、貝を焼くのを見てきたらどうだ? 初めて見る貝だろう?」
「です! 大っきな貝です!」
「ああ、バーベキューを楽しんでくれ」
「ウゴウゴ、ありがとう!」
そんな感じでバーベキューも楽しく終わった。
マルデホタテ貝は肉厚で、確かにまるでホタテのような味だったな……。
この貝殻も役に立つらしく、持って帰ることになった。
最後に資材置き場として大樹の家をひとつ作り、夕方前には村へと戻ることにした。
ボートに乗れた全員がほくほく顔で、ウッドとララトマの距離も縮まったように感じる。
良かった、大成功と言えるんじゃなかろうか。
領地情報
地名:ヒールベリーの村
特別施設:冒険者ギルド、大樹の塔(土風呂付き)、地下広場の宿、コカトリス大浴場、コカトリスボート係留所
総人口:243
観光レベル:B(土風呂、幻想的な地下空間、エルフ料理のレストラン)
漁業レベル:B(レインボーフィッシュ飼育、鱗の出し汁、マルデホタテ貝)
牧場レベル:C(コカトリス姉妹、目の光るコカトリス)
魔王レベル:D(悪魔マルわんちゃん、赤い超高速)
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