210.結婚事情

 それからまた少し日が経った。

 暦は二月になっている。


 寒さはやはりそれほどでもなく、霜もそんなに降らない。

 村では夏野菜や果物を育てているせいで、さらに季節感がなくなっている。

 まぁ、そのおかげで豊かに暮らせるんだが。


 大樹の家も問題なく機能している。

 大地から栄養と水を貰い、緑の葉を付けていた。


 俺は今、冒険者ギルドの執務室にいる。

 お仕事は一段落して、アナリアとナールとお茶をしているのだ。

 情報交換の一種だな。


 紅茶を飲みながらアナリアが言う。


「この辺りは三月くらいからぐっと暖かくなりますからね。そうすると人の往来も多くなります」

「春や夏はもっと増えるのか」

「にゃ、ずっと多くなるはずですにゃ」


 冬至祭の時は人がとても多く感じたが。

 それともザンザスが特別なだけなのかな。


 と、ナールが俺の考えているところを察したらしく、


「冬至祭は別格のお祭り騒ぎですにゃ。王国の気候だと、やはり春夏が商売の本番になるかと思いますにゃ」

「他の国の雪解けもありますからね」

「ああ、なるほどな……。北の諸国は普通に雪が降るんだった」


 多分だけど、この辺りは沖縄を一回り寒くした程度なのだ。

 冬でも雪は降らないが、寒いは寒い。

 夏は暑く、熱中症に気を付ける必要がある。


 そしてこの国はあまり雪が降らなくても、北の諸国ではガンガンに降っているという。


「今度芸術祭をやる北の国は、今は凄い吹雪のはずですにゃ。もう少し暖かくなると秋から冬に作られた工芸品等が売りに出されるんですにゃ」

「室内で貯め込んでいた物を交易に出すわけだな」

「ドワーフ達の国々もそうですね。冬の間はひたすら作って、春になると輸出するんです。……質のいいポーション器具の争奪戦は春に行われますからね」


 きらっと目が輝くアナリア。

 これまでも春に色々と買い込んだに違いない。


 春から動く国や地域があるなら、これまでより販路を拡げる機会にもなるだろう。


「芸術祭については、そろそろホールド兄さんから連絡が来ると思う。そうなると春からの弾みにしたいものだな」

「にゃ、ザンザスと共同で野菜や果物類のルートは構築しつつありますにゃ。これまで手薄だった地域にも販売網を広げますにゃ」


 抜かりはないようだな。何よりだ。


 一方、アナリアは少し考え込んでいるようだ。

 懸念があるのだろうか。


「何か気になることがあるのかな……?」

「あっ、はい……。私は今、大樹の塔で作品作りの練習をしているのですけど……ちょっと気になることがありまして」

「ふむ……」


 先をどうぞ、と無言で促す。


「ララトマが元気ないというか、妙にテンション高かったり低かったりする時があって……。診ても特に悪いところがあるわけじゃなさそうなんですけど」

「……テテトカもこの前、意味深なことを言っていたな」


 確か自分にはわかっているだろう、とか?

 いまいち俺には意味がわからなかったが。


「にゃーん……」


 ナールを見ると、目が泳いでいる。

 心当たりがあるのだろうか。


「……何か知っているんですか、ナール?」

「にゃ!? んにゃ、知っているとも言えるし……にゃ」

「煮え切らないな」


 ナールは普段、割とはきはき答えるのだが。

 こういう受け答えは珍しい。


「……にゃーん、あちしの推測なのですがにゃ」

「ええ、ララトマに何か……」


 アナリアがずいっと身を乗り出す。

 冬至祭でも食べマスターだったアナリアにとっては、心配だろう。俺も気になる。


「にゃ、恋してるんだと思いますにゃ……」

「故意ですか?」

「発音違うにゃ、愛の方にゃ」

「なんと……」


 俺は呟いた。

 予想外だが、ううむ……同性のナールの意見だ。

 重んじるべきだろう。


 ナールの推測が正しいとなると、次はその相手だが……。

 ふと、俺は最近のララトマの様子を思い出す。


 ……まさか。


「ウッドに片思いしてるのか?」

「ええっ!?」

「多分、多分ですにゃ。そんな気がしますのにゃ」

「えっえー!?」


 アナリアが驚きまくってる。

 全然思いもよらなかったんだろうな。


 まぁ、アナリアはこの村でも浮いた話をひとつも聞かないし……。

 才色兼備という言葉がぴったりだが、恋愛沙汰には疎い。


 もちろん俺も得意ではないが、精神年齢の積み重ねでなんとか理解できる。

 ふう、前世がなかったら呆気に取られていたんだろうな。


 ……でもこの世界の恋愛事情って、どうなんだ?

 俺とステラはかなりの例外というか、普通の恋愛模様からは逸脱してるしな……。


 良い機会なので、ナールやアナリアにこの辺りの事情を聞いてみるか。


 ◇


 俺も本は読んでいるが、なかなか一般市民の恋愛や結婚事情までは把握できていない。


 実際、読書はいまだに高価な趣味である。

 この世界の識字率は高いものの、風俗史や結婚式ガイドブックみたいなのはほぼない。

 あっても貴族用のマナー本で、ザンザスとかに適用できるものではなかろう。


 この村が出来て数ヶ月、今のところ結婚式の話は来ないが……いずれ来るだろうし。


 という話をすると、ナールとアナリアは揃って頷いた。

 ギルドの要職にもある彼女達にも、俺の考えは即座に伝わったらしい。


 まさにいい機会。

 お互いの考えを擦り合わせるには適当だろう。


 ウッドとララトマの話は……まぁ、それから話題を戻しても遅くない。


 まずナールが一般論を述べる。


「世界的には晩婚化、それに簡素化が進んでいますにゃ」

「ええ、私の年代でも結婚している人はまだ少数派です」

「やはりそうか……」


 それは予想できていた。

 都市化が進んだ江戸でも、同じように晩婚化していったと言う。

 農村ではそれなりに早かったようだが。


 子どもを働き手とせず、知識や経験を積ませるようになると晩婚化する。

 これはどの世界でも共通だ。


「教会の教えみたいなので、結婚を急かされたりはしないのか?」

「ないですねー」

「ないですにゃー」


 ナールとアナリアがしみじみと紅茶を飲む。


「まぁ、この辺りは教会権力がほとんどないしな……」


 その理由は簡単だ。

 貴族が魔法やスキルにおいて優位――つまり神の代理人の役割を果たしているからだ。


 たとえば治癒魔法を極めれば、手をかざすだけで病が治る。

 あるいは手から魔法の炎を出してドラゴンを倒す。


 それに俺でさえ、植物魔法でポーション作りに貢献している。

 こういう世界で、魔力なしの聖職者が幅をきかせるのは難しい。


 なのでそういう所からの圧力も、これまたないのである。


 ……ふむ。

 そう考えると、世間では意外と結婚自体が遅れてもいいような風潮になっているのか。

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