195.春はやがて近づいて

 コカトリスぬいぐるみ……。

 レイアがよく作っているやつだな。この執務室にもつぶらな瞳のコカトリスぬいぐるみが何体も置いてあるし。


 ぬいぐるみも、もちろん芸術品になりうる。

 現代の地球でも熊のぬいぐるみは根強い人気があるしな。


 貴族の子ども向けぬいぐるみになると、かなりの高級品が出回っているのは調査済みだ。

 まぁ、問題ないだろう。


「それは大丈夫だが……」

「本当ですか……!」


 果たして出展品がどれくらいなのか、まだわからんしな。

 テテトカの生花は確定として、今からぬいぐるみを推すのは大丈夫だろう。


 この村には本物のコカトリスがいる。

 コカトリスグッズの宣伝も兼ねて、ぬいぐるみ出展はありだろうし。


「……北の国のぬいぐるみはレベルが高いよ」


 ナナがレイアに向けてぼそっと言う。

 咎めるという風ではなく、わかっていると思うけど……と言わんばかりの口振りだな。


「着ぐるみ先進国ですからね。しかし、ゆえにやりがいがあります……!」

「おー、やる気だな」

「はい、このお腹も私が作りましたし……!」


 そう言うと、レイアがナナの着ぐるみのお腹をさわさわする。

 うん?

 どういう意味だ?


 しかしステラは意味がわかったらしい。

 ふむふむと頷いている。


「魔力を流すとグッドな触り心地になるんですね。確かにそれをぬいぐるみでうまく出来れば……」

「グッドな触り心地……」

「中々の触り心地ですよ。エルト様も触ってみられては……」


 ステラがすすっとナナの隣に屈んで、早くも着ぐるみのお腹をさわさわしてる。


「やはり……なかなかのふわもこ……!」

「お、おう……」


 俺もナナの隣に行って、着ぐるみのお腹にそっと触る。

 何気にナナの着ぐるみをじっくり触るのって初めてだな。


 どこをどう触っていいのかわからんが……。

 とりあえず、ステラの手のすぐ近くのお腹を触ってみる。


 ふわふわ……もちもち……。


「おお……!」

「どうですか、エルト様? ナナのお腹のレベルは大したものです」

「……言い方」


 ナナが少し恥ずかしそうに言う。

 まぁ……ステラの言い方はアレだが。言わんとしていることはわかるぞ。


 確かにコカトリスよりももちもち感があるが、悪くない。かなりのレベルだ。


「わかった。この仕組みをぬいぐるみにも使いたいということだな。もし出来たら高評価を得られると思うぞ」

「ええ、課題はありますが――ぜひ!」


 お腹をもみもみしながら、ステラもサムズアップする。いい笑顔だ。

 ……ステラもコカトリス大好き側だからな。


「私も応援しますよ!」


 というわけで、テテトカの生花とレイアのぬいぐるみ。この二つが目下の出展物になりそうだな。


 よしよし。植物とコカトリス。

 まさに村の名物を広める好機だ……!


 ◇


 一方、エルトの家。

 リビングではウッドの膝の上でディアとマルコシアスが絵本を読んでいた。

 マルコシアスが朗々と謳い上げる。


「そうすると黄金のコカトリスがどんぶらこ、どんぶらこー」

「どんぶらぴよ、どんぶらぴよ」

「王子様と臣下は黄金のコカトリス達に掴まるとそのまま岸へと運ばれていきましたとさ」

「たすかったぴよ!」

「ウゴウゴ、良かったね」

「よかったぴよ!」


 エルトとステラが冒険者ギルドの仕事に出掛けている間、子どもたちは子どもたちでお勉強中だ。

 もちろん仕事が終わり次第、エルトもステラもさっさと帰っては来るのだが。


「次のページは我が主が読むか?」

「よむぴよ!」


 むむむっとディアが目を細めながら、絵本を見る。


「ぴよ。たすかったおうじたちは、ぶじにくにへもどりました。そして、たすかったきねんにコカトリスのどーぞーをたてました……ぴよ」

「素晴らしいぞ、よく読めたぞ」


 なでなでなで。


 マルコシアスがディアを撫でて褒める。

 ディアも嬉しそうだ。


「ありがとぴよ!」

「ウゴ、母さんがいない間もちゃんとディアは読んでた。それで、だんだんと読めるようになってきてる」

「凄いんだぞ……!」


 生まれてまだ数ヶ月だけど、ぐんぐんと成長している。

 この調子だと本格的な本を読めるようになるまで、そんなにかからないかもしれない。


 と、三人で色々絵本をチョイスして読んでいた時のこと……。


「こんにちはです!」

「ララトマぴよ」

「また綿かな、だぞ」


 ノックして現れたのはララトマであった。

 ツタで編んだ手作りカバンを持っている。


 ウッドがマルコシアスとディアを膝から降ろして、応対に出た。

 最近、数日おきにララトマはこうして綿を受け取りに来るのだ。


「ウゴウゴ、綿いる?」

「はいです。これは本当にいいです!」

「ウゴ、どうぞ」


 腕からふわふわな綿を出すウッド。

 それを見て、楽しそうに手を振るララトマ。


「ありがとうございますです!」

「ウゴウゴ、気にしないで」


 ウッドが言うと、ララトマはカバンからさらに小さなカバンを取り出した。


「ウゴ……?」

「こちら、お礼です! 草だんごが入っていますので、どうぞ皆さんで食べてくださいです!」

「……ウゴ、ありがとう!」

「えへへーです」


 ララトマはにっこり微笑むと、少し立ち話をしていく。そして一礼して去っていった。


 その様子を見ながら、マルコシアスはつぶやいた。


「春は近いんだぞ」

「ぴよ?」

「……まだわからなくていいんだぞ」

「わかったぴよ。わからないことをわかったぴよ……! ぴよ!? なんかすごいことをわかったぴよ!」

「偉いぞ」


 マルコシアスがディアを撫でる。


 日常の歯車は回っていく。

 木はやがて寄り集まって、初めて森になっていくのだ。

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