188.前哨戦

 ヒールベリーの村。


 俺が家で本を読んでいると、ディアとウッドがなにやら遊んでいる。

 周りに綿をしきつめているな。


 そしてディアが専用の小さなバットをきゅっと握っている。


 ふむ……野ボールか。

 もとい、野球だ。


「こうぴよ?」

「ウゴウゴ、そんな感じ……」

「かあさまがやったのは、こうぴよ?」


 ディアがぴょんと片脚を上げる。

 かわいい。


「ウゴウゴ、そう!」


 というより、バットを持ってそれをやるということは……。

 俺は本を置いて二人に近付いた。


「それは……一本足打法か?」

「ウゴ、母さんはそう言ってたかも」


 一本足打法は難易度が高い。

 強靭な下半身がないと不可能だからな。

 しかもバランス感覚も並外れたモノが要求される。


 理論的には、一本足打法が特別優れているわけではないという。

 単に、化物級の選手の力を引き出す方法の一つ。

 それが一本足打法だ。


「にしてもどうしたんだ、いきなり」


 野ボールの練習なら、ステラがいる時でもいい気がする。

 彼女自身は感覚派だけど、どんな人間の一挙手一投足でも見抜く力があるし。


「ぴよ。のぼーるでも、がんばりたいぴよ。かあさまがいなくても、やってみるぴよ」

「ウゴ、母さんを驚かせたいんだって」

「ぴよ! ちゃんとできたら、きっとかあさまびっくりするぴよ!」


 ……うっ、泣きそうだ。

 そうだな、ステラがいなくても野ボールはできる。

 誰かがいなければ出来ないものじゃない。


 ご飯づくりだけじゃなく、遊びでも成長しようとしているわけだ。


「よしよし……。それで一本足打法か」


 なでなで。


 ディアの頭をふもふもと撫でる。


「そうぴよ! かあさまはよくやってるぴよ!」

「ふむ……そうだな」


 本来ならディアには早すぎるかもと思うが……。

 でもさっきの片脚を上げたときもバランスは崩れていなかった。


 コカトリスはタフなのは知られている。

 下半身もものすごく強いかもしれない。


「ぴよ!」


 すっとバットを構えて片脚を上げるディア。

 かわいい。


「できてるぴよ? それともこうぴよ?」


 ちょっとずつディアが体を動かす。

 試しているようだな。


 よし……ディアの言う通りだ。

 一つだけじゃない。

 色んな成長をしてもいいはずだ。


 何よりディアがやる気になっている。


「こっちの方に脚をもっとな……」

「なるぴよ!」

「ウゴ……綿を打ってみる?」

「そうだな、それも悪くない」


 室内だけど綿なら大丈夫だろう。

 スイングチェックみたいなもんだし。


「ぴよ。せんぼんのっく、というのもやってみたいぴよ。たのしそーだったぴよ」


 ……お、おう。

 ステラはどういう順序でディアに野ボールを伝えているんだ……?

 それはまだ、早いんじゃないかな……。


 ◇


 東の国。


 その燕は、巨大だった。

 ゆうに五メートルはある。


 伝承通りなら、おそらく数百年振りに姿を現したのだ。

 女王達が息を飲んだ。


「これが、燕!」

「なんという魔力。女王様、これは……」

「お母様……!」


 マルコシアスもテンションが上がっている。


「大きいんだぞ!」

「なかなかの魔力だ……。思った以上の化け物だね」


 貯め込んだ魔力だろうか。

 凄まじいプレッシャーを感じる。


「来ます……!」


 燕はじろっとステラを見下ろすと、翼を震わせた。

 ゆらめく魔力が羽と結合し、いくつも塊になる。


 第一段階。

 羽による爆撃だ。


「クエエエエッ!」


 燕が甲高く叫ぶ。

 同時に羽に集中させた魔力弾がいくつも放たれ、ステラに襲いかかる。


 だが、ステラにとっては初見ではない。

 すでに数百年前に攻略済みだ。


 魔力弾は見た目こそ派手だが、実際に当たる危険があるのは一つか二つ。

 こうして一人で立ち向かえば、他を巻き込むことはない。


 そしてステラの動体視力は、魔力弾の軌道を見切っていた。

 最小の動きでコンパクトにデュランダルを振り抜く。


 ステラはさっと片脚を上げて、引き付けてスイングする。


 ゴッ!!


 重苦しい音が鳴り、ステラは魔力弾を弾き返す。

 この程度なら、フラワースナイパーと同程度の弾速と重さだ。

 難なく打ち返せる。

 そして、魔力弾はそのまま燕に命中する。


「キエエエッ!?」


 思わぬ反撃に燕が身悶える。

 ステラの周囲に魔力弾が着弾し、水しぶきが上がる。


 クラリッサの目にもステラの凄さがひと目でわかった。

 魔力弾の軌道を見切り、当たるであろう一つだけを打ち返す。

 言うのは簡単だが、すでに神業である。


 燕は身悶えから立ち直ると、翼をばたばたとはためかせる。

 青い魔力で覆われていた体が段々と、さらに青白く染まっていく。

 第二段階へと移行しているのだ。


 燕から放たれる魔力はさらに、鋭くなる。

 だが反面、体のサイズは小さくなっていく。


「ナナッ! 発火ポーションを!」

「はいよー!」


 ナナがお腹をごそごそとやり、収納していた発火ポーションを取り出す。

 それは丸っこい木の筒に入れられていた。


「ほいっと」


 ナナがふんわりと、発火ポーションを下手投げでステラの方向へと投げる。

 それをステラは絶妙なスイングで燕へと打ち込む。


 カーン!


 打ち込まれた発火ポーションは燕へと命中した。

 水筒が壊れ、中身の発火ポーションと燕の魔力が激しく反応する。


「キエエッ!?」


 そして、そのまま燕は発火ポーションが巻き起こした炎へと包まれる。


「まだまだお願いします!」

「あいよー」


 ナナがお腹をごそごそとして、いくつもの発火ポーションを取り出す。


「マルちゃんも投げて」

「わかったぞ!」


 そのままナナとマルコシアスは交互にステラへと発火ポーションを投げる。

 それを寸分違わず、燕へと打ち込むステラ。


 カーン!

 カーン!!


「キエ、キエエッ!!」


 燕の様子を見た女王達が意気込む。


「効いています! あの打ち込んだ水筒に効果ありです!」

「す、すごいですな……。よくあんな真似が……」

「あのバットとやらで打った物は、自動的に当たるんじゃろか」

「多分、そうであろう……。なんとも優れた魔法具よ」


 うんうんと女王達は頷き合う。

 まさかバットが単なる木の棒のはずがないと思っている。


「クエエエエッ!!」


 青白く体を変色させた燕が、ゆらりと身を翻す。

 そのまま上空を旋回し、発火ポーションを避け始める。

 いつの間にか、羽を広げた姿は三メートルほどになっていた。


 ナナは静かに呟く。


「……小さくなってるけど、魔力はそれほど減ってないね。むしろ凝縮された感じだ」

「その通りです。ここからが本番です」


 ぐっぐっステラが右手でデュランダルを握り込む。

 気合も体力も万全。


「というか、本当にやるのかい?」

「ええ」


 短くステラが答えた。

 次の段階もステラは知っている。


 あの燕が突撃してくる。

 それを打ち返すのだ。

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