187.鳴かねば燕も打たれまい

 ヒールベリーの村にて。


 今日は休日だな。

 ディアを抱えながら、ウッドと散歩をする。


 朝は冷えるが、日中は過ごしやすい。

 やはり霜がおりる土地ではないようだ。農作物も青々と茂っている。


 大樹の家の葉も緑が色濃い。

 どうやら冬でも、緑の葉は変わらないようだ。

 気温を別にすれば、村は常に春か夏のような感じである。


「かあさまはいま、ふるさとぴよねー……」

「そうだな。順調ならそのはずだ」

「ウゴウゴ。大丈夫かなぁ……」


 ぽりぽりとウッドが頬をかく。


「ウゴ……母さんはちょっと迂闊……。クラリッサのお母さんと揉めないといいけど」

「……大丈夫だろう、うん」


 ウッドは最近、視野が広くなってきた。

 見たり聞いたりした体験だけでなく、本などから予測できるようになっている。


 ウッドの懸念はもっともだが、あまり心配はしていない。


 ステラとナナは紛れもないSランク冒険者。ステラの出自はどうあれ、その事実は揺らがない。


 そしてSランク冒険者の肩書は絶大なものだ。

 Sランク冒険者が正式に訪ねてきたら、どんな王侯貴族も無下にはできない。


 門前払いしたら、それこそ冒険者ギルドと揉めるからな。

 冒険者の忠告を無視して破滅した貴族の話も、枚挙に暇がないし。


「ぴよ、クラリッサのかあさま? なぜぴよ?」

「ウゴウゴ……。王位を奪う者とみられるかも……」

「ぴよ? かあさまはおうさまになりたいのぴよ……?」

「ウゴ、違う……。でもそう捉えるかも……」


 ウッドはかなり読めてるな。

 まぁ、ターラの妹がひょっこり現れたら警戒もするだろう。


 しかしディアにはまだ難しいようだ。

 しきりに首をひねっている。


「ぴよ? ぴよ……?」

「いいんだぞ。まだ早いからな」


 なでなで。

 ディアのふわもこな頭を撫でる。 

 そうするとディアは喜んで、ぐいぐいと頭を押し付けてくる。


「……はやぴよ?」

「いずれわかるようになるさ」


 そんな感じで歩いていくと、色々な人と行き交う。

 二匹のコカトリスが並んでお散歩してたり、バットとボールを担ぐ冒険者がいたり……。


 村での生活サイクルも安定してきて、個々に好きなことをやり始めている。

 今のところ、野ボールがかなり人気なようだな。


 冒険者達は体を動かすのがやはりいいらしい。

 あとは釣りだろうか。

 湖にはレインボーフィッシュしかいないが、森の泉や小川には魚が少しいるようだ。


「らんらーん」

「あ、テテトカぴよ」


 上機嫌で歩いているのは、色々な種類の枝を抱えたテテトカである。


「おや、ご機嫌うるわしゅー」

「ごきげんよう、テテトカ。その枝は……花を飾るのに使うのかな?」

「そですー」


 ふりふりと枝をこちらに見せてくる。

 選ばれたのがどういう基準なのかはよくわからないな。

 鑑賞するのはよくても、俺自身が作るのは難しそうだ。


「いくつか作ってみますー」

「悪いな。手間をかけるが、よろしく頼む」

「いえいえー。あ、でも……」


 そこでテテトカの目がきらりと光った気がした。


「ドラムをできれば、たくさん欲しいですー」


 お、おう……。


 ◇


 東の国。

 ステラとナナ、マルコシアスと女王達は朝早くに白き泉へと向かった。


 白き泉は王都にほど近い森の中にある。

 その森は禁制区として、住民の立ち入りは禁止されていた。


 森には重苦しいほどの魔力が渦巻いている。

 一行は獣道のような、荒々しい自然の道を歩いていた。


 ステラは朝から気合が入り、めらめらと瞳が燃えている。


「小川が白くなってきましたね」


 ステラは道の脇を流れる、薄い白色の小川を見下ろした。


 地脈から溢れる魔力が水と混じり、白く濁ったのがこの小川だ。

 これを辿ったところに白き泉がある。


「そうですね……。もうすぐでございます、ステラ様」


 女王は簡素な服装で豪壮な輿に乗っている。

 周りを固めるのは側近達だ。その中にはクラリッサもいた。


「……これより先はいささか危険ですよ」


 ステラが振り返り、女王達に念を押す。

 ここまでついてきたからには、見届けるつもりだろうと思いつつ。


「わかっております。なるべく近くに行きたいだけです」

「ならば止めませんが……」


 それからは言葉少なげに獣道を進んでいく。

 一歩進むごとに緊張感が増す。


 クラリッサは輿の上の女王に小声で話しかける。


「私は燕を直接見たことがありませんが……お母様はありますので?」

「……私もありません」


 伝承では巨大な燕と伝えられている。

 青く燃え盛る羽に、冷たく魂を射抜く瞳。

 空を飛び、荒れ狂う魔力をもって街を焼き尽くす。


 しかし数百年間封じられており、その姿を見たものはいない。

 実際戦うとなると、ステラの知識と経験以外に頼れるものはないのだ。


 小川の色が段々と色濃く、乳白色になっていく。

 不気味なほど静かだ。

 森の入口で感じられた、虫や鳥の気配がない。


 そして一行は、森の開けた場所に出てきた。

 目の前には真っ白な泉。それ以外は何もない。


「変わりませんね」


 ステラの言葉には、わずかな懐かしさがあった。


「女王陛下はこちらでお待ちを。開けた場所に出てはいけません」

「……わかりました。ご武運を」


 ナナとマルコシアスがステラの一歩後ろをついていく。

 ナナは魔法具を解体する役割。


 マルコシアスはいざという時に離脱する役割。

 本当は待機でも良かったのだが、参加したいと志願したのだ。


「マルちゃん、危なくなったら逃げてくださいね」

「わかったぞ」


 そしてステラはナナへと頷く。


「ナナ、私が燕を呼び起こします。そうしたら――」

「うん。計画通りにやるよ」


 ナナが腕を一振りすると、極彩色の鞭がその手に現れた。

 フラワー種を倒すときにも使った、ナナの魔法具である。

 この光り輝く鞭は、歴代のアーティファクトマスター達が継承してきた世界屈指の魔法具だ。


「では、いきます……!」


 ステラがゆっくりと白き泉に足を踏み入れる。

 深くはない。

 足首ほど浸かりながら、歩を進める。


 マルコシアスを除く全員が固唾を飲んで見守る中、ステラは泉の中心部へと向かう。

 泉の深さはさほどでもない。すねの辺りまでだ。


 ステラは泉の真ん中で屈むと、ぐっと力を込めて左腕を振り上げる。

 彼女の腕の中には小さな燕の木像があった。

 どことなくニヒルで、不敵そうな面構えの鳥の木像である。


 泉の中から取り出された木像を、ステラがじっと見つめる。

 彼女の右手はバットに伸びていた。


「では……はじめます!」


 ステラが一喝する。

 全員が注視する中、ステラは木像をふっと軽く放り投げ――デュランダルを素早く構えて、カーンと高く打ち上げる。


「えええっ!?」


 女王が叫び、側近達も唖然とする。


「ちょ、まっ……」

「一度の衝撃では駄目ですか……!」


 木像が落ちてくるのに合わせて、またステラはスイングする。


 カーン!


 再び木像が高く打ち上がる。

 事前にステラから聞かされたマルコシアスはぽつりとナナへつぶやく。


「割と雑だぞ」

「衝撃が必要らしいんだけどね。武器を構えながらだから、理にはかなってる」


 泉の魔力も燕を抑えるのに一役買っている。

 なので泉から出して刺激を与えないといけない。


 とはいえ、豪胆極まりない。

 この方法を言ったら反対されそうなので、ステラは女王達には言わなかったのだ。


 しかしステラは雑だが合理。

 空を舞う木像から、次第に魔力が溢れ出す。

 それは内側から暴れ出さんばかりになっている。


「よいしょっと!」


 三度目のスイングは、これまでより力が込められていた。


 カーン!!


 天高く木像がくるくると舞い上がる。

 そして……青い光が空に満ちた。


「まぶしいぞっ」

「……来る!」


 ナナの瞳の先に、翼を広げた燕が姿を現した。

 青い炎に覆われているかのように、ゆらめき輝いている。


 ステラは仇敵の姿を認め、デュランダルを勇ましく掲げた。


「目指せ、甲子園……です!」

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