156.家族のありよう

 ホールド一家の宿泊している宿。

 木々が立ち並んでいる村のおかげか、空気が澄んで心地よい。


 劇やら興業やらで飛び回るホールドは内心、舌を巻いていた。

 下級貴族の別荘と言われても納得するだろう……それくらい建物が綺麗なのだ。


 そんなホールドは今、兄ベルゼルの側近であるラダンと向かい合っていた。


「――ということです。団長からの連絡は」

「ふむ……ありがとう。確かに承った。ベルゼル兄さんも元気そうで何よりだ」


 ホールドは吐息を漏らした。

 面倒なものだな、と率直に思う。


 子どもの頃ヴィクター、ベルゼル、ホールドの三人はとても仲が良かった。

 厳しい父親だったが、自分達三人には平等に接したと思う。


 それが良かったのだろう。今でも連絡を取り合おうという間柄でいられるのだから。

 他の貴族家では中々、そうはいかない。

 家督争いの最中ではなおさらだ。


 だからこそ、エルトに対する態度や扱いは今でもうまく飲み込めない。

 子どもの頃にあった漠然とした疑問は、今ではかなり大きくなっている。


「ひとつ、お聞きしても宜しいですか?」

「ああ、構わんよ」


 ラダンの言葉にホールドは頷く。


「エルト様は、もっと小さい頃からあのような方だったのですか?」


 質問の意図はなんとなく、わかった。

 エルトが子ども離れしすぎているので、聞いてきたのだろう。


 実際、エルトと話していると――どちらが年長かわからなくなる。

 それは前からそうだったが……妙に大人びた子どもだった。


「ああ、俺が知る限りあんな感じだったな。今の方が、さらに堂々としているが」

「はぁ……あのような人が、本当におられるんですね」

「ベルゼル兄さんは稽古試合でエルトに勝てたか?」


 ホールドのふっとした質問に、ラダンが一瞬だけ顔色を変える。

 それだけでホールドには十分な答えだったが。


「ほう、君を同席させたのか。信頼しているんだな。ま、エルトに勝つ可能性は低いと思っていたが」

「……少々、意地が悪いかと」


 ラダンのため息に、ホールドがひらひらと手を振る。


「許せ、隠すことでもない――エルトの方が才能あるのはわかっていた。ベルゼル兄さんから話は聞いたし、俺だって元騎士だからな」

「なるほど……。それほど抜きん出ていたんですね」

「ああ、努力を惜しまない弟だったな」


 そう言うとホールドは、目の前に用意された紅茶に砂糖をたっぷり追加する。


「あとはヴィクター兄さんか……」


 ホールドにはわかっていた。

 誰が、家督にふさわしいのか。


 そして他の二人の兄もわかっているだろう。

 誰が、家督を得るべきなのか。


 心の底から家督を望む資格があるのは、四人の兄弟でただひとり――エルトだけ。

 彼だけが自分達とは違うのだ。


 神は彼を選んでいた。

 エルトの年齢が、他の兄達と同じならば。

 行方知れずの母親が、正室だったならば。

 魔法の適性が、ほんの少し違ったならば。


 疑問の余地などない。

 彼が当然のごとく、ナーガシュ家を継いでいただろう。


 そして王家と父親が葬った真実を欲するなら。

 自分と母親が何者であるか、確かめたいなら。

 手を伸ばす、そうあるべきなのだ。


 ◇


 ホールドの帰った後、本を読んでいるとお風呂上がりのマルコシアスが膝の上に乗ってきた。ちなみに子犬姿である。

 ステラも俺の隣で本を読んでいるな。

 ディアは……綿に包まれてウッドと遊んでいる。


「父上ー、我も少し変わったんだぞ」

「ふむ……さっきの力以外に?」

「しっとり感がアップしたぞ!」


 マルコシアスはごろんと寝転がり、前足で自分のお腹をアピールする。

 ……お、おう。


「触って確かめて欲しいんだぞ」

「わ、わかった」


 さわさわ。さらさら。


 むぅ、良い触り心地なんだけど前との違いか……。

 マルコシアスも撫でられるのが好きなので、俺もよく撫でているんだが。


 でも、言われてみると……?

 ……お風呂上がりだからしっとりしてるだけでは?


 うーん、難しい。

 しかし何も言わないわけにもいかない。


「手に吸い付くようだな……」


 ま、まぁ……ほめておこう。

 マルコシアスも自分からアピールしてるくらいなんだし。


 そうしているとディアがとことこと歩いてきて、ステラの膝にぴょんと乗る。

 かわいい。


「ぴよ、おつかれぴよ?」

「へっ……いえ、そ、そんなことは……」

「じっー……ぴよ」


 つぶらな瞳がステラを見つめる。

 ……おつかれ?


 俺も隣にいるステラをじっと見る。

 さきほどオードリーやクラリッサとお風呂に行ったが……何かあったのか?


「……クラリッサから少し話を聞いたんです」


 観念したかのように、ステラが口を開く。


「故郷のことか……?」


 クラリッサは東にあるエルフの国の生まれ。

 そのクラリッサの先祖がステラの姉なら、恐らくステラの生まれも東だろう。


 俺の知る限り、これまでステラはそこに興味を示してはいなかったが。


「おいのりのはなしぴよ?」

「ええ、はい……」

「お祈りの話……?」


 撫でる手を止めるとマルコシアスが俺にぐりぐりと頭を押し付けてくる。

 なので、俺は手を止めることが出来ない。


「ぴよ、いちねんになんかいか、クラリッサのかぞくがあつまって、おいのりしてるそうだぴよ」

「幼いクラリッサ以外の家族は、出来る限り集まっているようですね」

「ふむ……ステラの頃にもそういう習慣があったのか?」


 この世界では宗教の力はかなり弱い。

 理由は簡単で、貴族が奇跡の具現である魔法とスキルを独占しているからだ。


 貴族が魔法を使えば、病人を癒したり大地を作り替えることさえできる。

 こうなると、魔力のない宗教家が何をどう言っても支持されない。


 大昔は宗教戦争も頻発していたらしいが、やがて貴族優位の社会になり今に続いている。

 これはこの世界のどの種族でも大差ないはずだが……。


「……私が作った習慣です。それは忘れ去られているみたいでしたが」


 ぽろりとステラはこぼした。

 いい加減、ステラとの付き合いも長い。

 その声には苦悩がにじんでいる。


 何がどうだかわからないが……。

 その一言を口に出すだけでも、ステラにとっては悩みの対象なのか。


「今日はもう寝ましょう、エルト様。明日もお祭りは続きますし……」

「ああ、そうだな」


 ディアを抱えたまま、立ち上がろうとするステラ。


 その細い腕を、俺はぱっと取った。

 はっとしたステラが俺の方を向く。


「何かあるなら……なんでも相談してくれ。力になるから」


 ステラの瞳が俺を見下ろす。

 その視線は揺れているようだった。


「これは……私の家族の問題です。私が片付けるべき問題なんです。それでも力になってくれるのですか?」


 俺は力強く言った。


「君の問題なら、俺の問題だ」

「ぴよ! あたしもちからになるぴよ!」

「ウゴ、俺も!」

「もちろん、我もだぞ!」


 俺達家族の言葉をどう捉えたかはわからない。

 だがステラは柔らかく微笑んだ。


「わかりました。近い内に。とりあえずは……明日に備えてもう寝ましょう」

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