157.エルトの望み

 家族みんなで綿に包まれて眠りにつく。

 ディアとマルコシアス、ウッドは早々にすやぁ……と寝たな。

 やはり色々と疲れていたらしい。


 まぁ、初めて劇の本番をこなしたのだ。

 観光客も多かったし、緊張しただろうな。


「すやー……ぴよ……すやー……マルちゃん……めちゃはやぴよー……」

「わふ……音の壁を超えるのだー……わふー……」


 俺とステラの間に挟まれてるディアとマルコシアスは相変わらず、抱き合って寝ている。


 ……正直、俺も少し疲れた。

 ホールドの言葉を俺は振り返る。


 死んだ母親と家のこと。

 ホールドが嘘をついているとは思わないが、真に受けるのも危険だろう。

 それはホールド自身も念を押していたが。


 どこまで本当かもわからない。

 それに……俺の母親は今も生きているのだろうか?

 俺が産まれてから、すでに十五年も経っている。


 全く関係なく死んでいる可能性もあるのだ。

 もっと可能性が高いのは、穏やかに別の家族と暮らしていることだ。

 今の俺のように。


 いまさら俺がしゃしゃり出ても、困らせるだけかも知れない。

 あるいは本当に俺を迎えに来るのだろうか。


 わからない。

 だが、考えないのも駄目だ。


 今の生活を危険にすることはあり得ない。

 ……はぁ、そう言えば俺の母親ってどんな顔しているんだろ?


 それも知らないんだよな……。

 DNA鑑定のないこの世界では、血縁を確定させるのも楽じゃない。


 気にはなる。

 だが、それをたぐり寄せるなら――。


 と、そこまで目を閉じて考えていた時……ふっとステラの手が俺の頬に触れた。

 俺は目をゆっくり開ける。


「んっ……ステラ?」

「……私も同じですよ」


 目を閉じているステラが、とても優しい声でささやく。


「エルト様の問題は、私の問題です」

「ありがとう……」


 ふにふに……。


 ステラの手が俺の頬をふにふにする。


「すやー……ぴよ……おにいちゃんもとぶぴよー……たかくたかくー……ぴよ……」

「わふー……ひとっとびー……わふ」

「どんな夢を見てるんでしょうね?」


 ステラが俺の頬から手を離す。

 むぅ……最近、ステラがよく俺の頬を触ってくるんだよな。


 あれかな……。

 もしかして俺の、俺の頬が……マルコシアスのお腹みたいにぷよぷよになってきたのかな……。


 ◇


 その頃、オードリーとクラリッサは二人一緒にベッドに入っていた。

 遠くから陽気な声が、ほんの少し聞こえてくる。

 きっとお祭りをずっと楽しんでいる人だろう。


 ベッドに入ってしばらく経つが、二人ともまだ全然眠くならなかった。

 旅先と村での出来事が、彼女達を寝付けさせなくしていたからだ。


「ディアちゃん、かわいかったなぁ~……」

「うん、ふわふわだったねー」


 オードリーはベッドに持ち込んだ、コカトリスのぬいぐるみのお腹をもにもにと揉む。


「ぬいぐるみも、とってもよいよー。はぁ、それにしても……」

「謎のぬいぐるみ職人?」

「うん、お風呂でステラさんに聞いたら知らないみたいだったけど……。手掛かり、何かないかなぁ……」

「明日午前中は自由時間だっけ……。その時に探してみる?」

「そうしてみよー」


 オードリーはコカトリスぬいぐるみを枕元に静かに置く。

 そしてオードリーはクラリッサにゆっくりと言い聞かせるように、


「ねぇ……本当にお祈り、行くの?」

「……うん」

「父上は危ないって言ってたよ。そんなに魔力を集めるのは……おかしいって」

「……うん。でも、お祈りしないと【燕】が暴れるから。ずっと、ずっと……私達のお役目だし」


 オードリーは唇を軽く噛んだ。


 オードリーはホールドから聞かされていた。

 クラリッサの実家近くでは【燕】が暴れる。

 かつて魔王と取引したエルフがいて、制御できなくなって残されたとか。


 抑えるには魔力を込めたお祈りが必要で、ずっとずっとクラリッサの一族がその役目を背負っている。


 ……大人になったら、クラリッサはその【燕】を抑え込むのに全力を尽くさないといけない。

 それまで、クラリッサは魔法が進んでいるこの国でなるべく強くならないといけないのだ。


 よく知らない、わからない、でも……何かが間違っている気がする。

 オードリーは軽く息を吐いてクラリッサの方に寝転がる。


「ぬいぐるみ職人、見つかるからね。そうしたら一緒に作ってもらうんだ」

「う、うん」

「格好いい騎士様が作ってるんだ、きっと」


 オードリーはクラリッサの髪を軽く撫でる。

 クラリッサの気が紛れますように。

 オードリーはそんなことを考えながら、呟く。


「……かわいいコカトリスぬいぐるみが、きっと手に入るから」


 ◇


 翌朝、ディア達は今日も舞台があるので、先に準備して出掛けていった。

 準備を整えてステラと一緒に家を出る。


 今日も天気は良い。

 お祭りの観光客は期待できるだろう。

 ホールドと合流して、レイアの家に向かう。


「マスター・レイアか……。どんな人物なんだ?」

「んー、まぁ……変人かな」

「そうですね、レイアはちょっとだけエキセントリックです……」

「まぁ、あの帽子で察しろということか」

「良い人ではあるけどね」

「安心してくれ。芸術サロンで変人と接した豊富な経験がある」


 凄い説得力だ。

 レイアの家に到着し、ベルを鳴らす。


「エルトだ。相談があるんだが……」

「エルト様っ!? 良いところに!」


 ばばーんとドアが開くと、レイアが飛び出してくる。

 いつも通り、頭にはコカトリス帽子。

 そして胸の前にふっくらとした大きなコカトリスのぬいぐるみ……。


「どうですっ!? これは新作なのですが……あっ、失礼……」


 ホールドを見たレイアはハイテンションが収まり、すっとぬいぐるみを背中に隠す。

 いや、背中からはみ出てるからね……。


 しかし、俺は大人だ。

 見て見ぬ振りをすることにする。


 ホールドも咳払いひとつで見なかったことにしたらしい。


 奥に案内された俺達は挨拶もそこそこに、話を始める。

 お祭りがあるからな、手短に進めないと。


「なるほど、エルト様のお兄様で……」

「ああ、それで少し話を聞いて欲しいんだ」


 ホールドと視線を合わせると、彼が頷く。

 ここから先は彼の仕事だ。


「こほん、実は……」


 昨夜の内容をかいつまんで、ホールドが説明する。

 ……だが、レイアの反応が薄いように思えた。


 俺もそこそこ長い付き合いかなので、間違いない。

 乗り気じゃなさそうだな……。


「……ふむふむ」


 レイアが紅茶を飲みながら、話を聞いている。

 いつもなら、いつやりますか今ですか――そんな感じなんだが。


「……お話は承りました。私の一存ではなんともお答えしかねる内容でございますね……」


 レイアの反応にホールドがちょび髭を触りながら、


「そ、そうか……。やはりザンザスに持ち帰る必要があるか」

「ええ、申し訳ありませんが……」


 それでいいですよね? という視線をレイアが俺に向けてくる。

 俺は直感した。これはお断りコースだな。


 北の国とこちらの芸術祭……俺は悪くないと思ったのだが、何かあるのだろうか。

 いや……メリットが明白ではないのか。


 ここにザンザスが絡んだとして、どういう利益があるか。

 確かに名前は売れる。だが、ホールドがどういう人間なのかもわからない。


 そしてこれまでの俺とレイアとのやり取りと違い、場所が離れている。

 うま味が少ない……レイアはそう判断しているのだろう。


 俺は心中でため息をついた。

 考えればわかることだったな。母親のことで、ホールドのこの件まで頭が回らなかった。


 さて、どうするか。

 レイアと同席した時点で、俺の義理は果たしている。


 母親の事を聞くまでなら、俺もレイアに何もしなかっただろう。

 するメリットがなかったからだ。


 だが、今は……俺にはホールドの繋がりが必要だった。

 手に入れたいと望むなら、手を伸ばすしかない。


「資金は俺が出し、バックアップする。ザンザスは作品等の面で関与してくれないか?」

「なっ」


 驚きの声を上げたのはホールドだ。

 思ってもみなかったのだろう。


 俺もだ。ついさっきまで、こうしようとは考えなかったが。


 でも一度決めれば、言葉がすらすらと出てくる。腹は決まった。


 真実がいかなるものであれ、やはり俺は出来る限り近付きたい。

 家督を継げば近付くなら、願ってもない。


「……家督を継ぐためのパイプ作りも兼ねて、だ。ホールド兄さん。それでいいんだろう?」


 俺の言葉の意味に、ホールドは重々しく頷いた。

 それはつまりホールド――兄さんが俺の傘下に入ることを認めたということだ。


 ステラを見ると、彼女も頷いている。

 わかってくれている。


「ごくり……コカトリスは空を飛びませんが、ついに羽ばたくのですね。エルト様が……!」


 レイアが答える。

 うん……まぁ、そんな感じだ。


 決めた。

 俺は家督を望む。


 必要なのは、力。

 実家の誰にも有無を言わせぬ確固たる地盤。


 これはその手始めなのだ。

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