154.あの人だったんですか?
ご飯を食べ終わり、ホールド一家は宿に行くだけになったな。
とはいえまだ夜になったばかりだ。
しばらく俺の家で遊んでから、宿へと向かうらしい。
リビングではオードリー、クラリッサとディアが遊んでいるな。
お湯を張った大きな桶に、ディアがぷかぷか浮いている。
「うわー! 本当に浮いてるー!」
「すごい……!」
「ぴよ、らくしょーぴよね!」
ディアのマジカルボディは水に浮く。
これはコカトリス全般の性質らしいが。
……水に浮くアヒルのおもちゃみたいな感じがする。
「しずむこともできるぴよ……!」
すっとディアの体が沈んでいく。
底が浅い桶なので、すぐに足は着くんだが……。
「またうくぴよ」
ぷかぁ……。
桶からディアが浮き上がる。
「へぇー、へぇー! すっごーい!」
「不思議だねぇ……」
「うん、不思議……! 思い通りに浮き沈みできるの!?」
「できるぴよよ!」
ディアは言葉通り、浮いたり沈んだりする。
ふむ、見てるこっちも面白いのが……。
「これ、たのしいぴよね!」
「へぇー、魔法かなぁ? おもしろそー!」
「で、でも……」
言いよどむオードリーが大人達をうかがう。
ステラが微笑みながら、
「あちらに広いお風呂がありますからね……。どうでしょう、遊んでくるのは?」
「……すまない。子供たちのテンションが高くてな」
「いや、コカトリス好きなら仕方ないさ」
オードリーの持っているアクセサリーやら小物には所々コカトリスっぽい意匠がある。
さっきもコカトリスぬいぐるみを買っていたし、コカトリスが大好きなんだろうな。
というわけでオードリー達がお風呂へと向かう。付いていく大人はステラとヤヤ、それにホールドの従者だな。
うちのお風呂はウッドが入るので、かなり大きくした。
それに俺も広い湯船が欲しかったし。
ぷかぷかするディアと遊んでくるといい。
ディアもそれを楽しんでいるみたいだし、子供との遊びから学ぶこともあるだろう。
ちなみにマルコシアスは……ウッドによりかかりながら、綿に包まれて寝ていた。
食べすぎたのだ……。
◇
ホールドに向き合うと、彼はぽつりとこぼした。それは貴族というより、親としてのように思えた。
「あの子が野菜をあそこまで食べたのは、初めてかもな……。礼を言う」
「そうなのか? たくさん食べてたが」
「オードリーちゃんの野菜については、よく愚痴をこぼしてたねぇ……」
ナナがトマトジュースを飲みながら、しみじみと言う。
先程の食事だけれど、最終的にオードリーはクラリッサと同じくらい食べた。
クラリッサはエルフだから、実に美味しそうに食べているだけだったが。
なので躊躇がなくなってからは、オードリーもかなりの量を食べたと思う。
「……俺のせいでもある。オードリーがもう少し子どもの頃、サロンに連れ回してな……。子ども向けじゃない料理を食べさせてしまった。苦手な物が増えたのは、そのせいだろう」
「ああ、なるほど……」
ホールドとしては早くから英才教育を施してるつもりが、苦手な物を増やしてしまったのか。
ここら辺は難しい。
例えば前世では歌舞伎もそうだ。
四歳や五歳で初舞台を踏む。つまり、それより前の幼児期から稽古は始まっているのだ。
数百年続く芸を継承するため、生まれる前から環境が整えられている。
それは考え方によっては過酷である。
「しばらく大人向けの美食からは遠ざけて、じっくり野菜と向き合えば野菜嫌いも直るかと思ったが……なかなかそうも行かなくてな」
「僕が思うに、反発心もあったのかもね」
「手厳しい。だが、恐らくそうなのかもな……」
子育ての悩みか……。
今のところディアやウッドは手が掛からない子どもだ。
マルコシアスは……記憶が戻れば、あの劇のように勇ましい人物になるのだろうか?
「そう言えば、ベルゼル兄さんとは会ったのか。元気だったか?」
ふとホールドが懐かしさを感じさせる風に言った。
「がはは笑っていて元気だったよ。バタバタと来ては去っていったけど」
「なら良かった。独り立ちしてから中々会う機会もなくてな……」
それはそうだろうな。
ホールドは芸術サロン、ベルゼル兄さんは騎士団を率いなければならない。
もちろん妻と子どももいる。家族の時間も必要だ。
……オードリーのように、自分の後継者として育てなければならない。
顔を合わせるのは、よほどタイミングがいい時か冠婚葬祭くらいだろう。
「そうすると、エルトが後会っていないのはヴィクター兄さんか」
「そうなるね」
「宰相の懐刀、王都学院の先生としても有名だね」
ナナが感心した風に言う。
そこら辺は俺も情報収集していた。
有名人であるほど、噂や動静は意外と伝わってくるものだ。
ヴィクターは……インテリと言うのが正確か。真面目で勉強熱心な人だ。
魔力も強力だったかな……記憶の中ではだが。
「……よく体調悪そうにしていたけど、今もそうなのか?」
俺の記憶では、何回か勉強を見てもらった。
まぁ、一回一時間とかの短時間だが。
その時を思うと、いつも青白い顔をしていたと思う。病弱だったのかもしれない。
「ヴィクター兄さんの母親もそうだから、血統的なものだろう。今は……大人になったし、大丈夫じゃないかな?」
ホールドが目線を天井に向けながら話をする。
その様子だとあまりヴィクター兄さんとも会えてはいないようだな。
ふう、とホールドが軽く息を吐いた。
「あとはザンザスで冒険者ギルドのマスター・レイアと会えれば、この旅の目的は達成だな」
「……ん?」
レイア?
彼女は祭りの期間はここにいるんだけど……。
「レイアって、あのレイアか?」
「あのレイアだろうね」
ナナが頷いて同意する。
「知っているのか? マスター・レイアを?」
「……ホールドも見たはずだ。劇の語りをやっている女性を」
「あのコカトリス帽子を被って、バイオリンを引いていた女性か? まさか……」
「本当だよ、ホールド。彼女がマスター・レイアだ」
「そ、そうなのか…………」
ホールドがちょび髭を高速で撫でる。
どうやら動揺しているらしい。
まぁ、紹介のタイミングがなかったからな。
ホールドの件はごく個人的な事にすぎない。
レイアも忙しいだろうし。
明日にでも軽く挨拶すれば良い程度に思っていた。
「ま、まぁ……お祭りだからな。ああいう印象付けも大切だろう、うん」
「いつもあんな感じだぞ」
「いつもっ!? それは……まぁ、冒険者だからな。奇特な人間も……あっ、ナナ! 別に冒険者をあれこれ言うつもりはなくてだな……」
「ふーん……別に何も言ってないけど」
軽く身を乗り出して言い訳するホールド。
ナナも怒っているんじゃなくて、からかってるな。
確かにこのノリは学生の頃のノリだろう。
ちょっと面白い。
「それで、レイアがどうかしたんだ? 用があるのか?」
「う、うむ……そうだ、それ。実はだな……」
ホールドが咳払いして続ける。
「今度、北の国の貴族と合同で芸術展をやる予定なんだ。今回はそれの個人的な下見だったわけだが……。レイアとアポは取っていないにしても、ここにいるなら話は早い……。まさかザンザスではなくて、ここにいたとはな」
……なるほど。
面白そうな話だな。
「ん? 北の国って……?」
「僕の国だね、そうだろう?」
「ああ、そうだ……。コカトリス着ぐるみの先進国、ヴァンパイアの治める国だ」
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